03.キライなたべもの
「いただきやーす。」
「いたっきやすっ!」
例にもよって「いただきます」は言えないみお。あと一歩なのに。「だ」が発音できたら完璧なのに。総悟はもどかしさをお味噌汁と一緒に喉の奥に流し込んだ。なんとなく体育会系に聞こえなくもないみおの「いたっきやす」。早々にやめさせたいものである。
「ふぬぬ…。」
黙々と食べていると、隣で唸り声が聞こえた。ちらり、と視線をよこすと、みおが箸でつまんだものを睨み付けていた。そして、ぽいっ、と皿の端によけたのである。
「………(ずずずっ。)」
しばらくは総悟もお味噌汁をすすりながらその様子を見ていた。幼児用の箸を使って、綺麗にそれだけを端に追いやっていく。箸はまだ苦手なはずなのに、なぜか驚くほど上手にそれとそれ以外とが分離していった。
「みお…、お前それ、後でちゃーんとまとめて食うつもりなんですかィ?」
分かっていた。みおがそれを嫌っていることは。だからこそ、にっこりと黒い笑みを浮かべて言ってやったのだ。するとみおはギギギという音がしそうなほど首をゆっくりとこちらに捻った。彼女も笑顔である。
「んー…?えへへ…。」
汗をダラダラと流しながらみおは再び食べ始めた。よけたそれは食べてはいない。
そう、サラダから綺麗に弾かれた「トマト」だけは。
「ダメですぜ。好き嫌いしたら大きくなれやせん。さァ口を開けなせェ。」
ぶすっ、と総悟は自分の箸にみおのトマトを刺してみおの眼前に突き出した。それはもう恍惚の表情と言わんばかりの笑顔で、である。
「う、ふぇ、うぇぇぇぇんっ!」
目に涙をいっぱいに溜めたみおは、総悟の右手をつかんで遠ざけようとする。いやいやと首を振れば、その瞳からはぽろぽろと涙がこぼれた。周りの隊士たちも、何事かと総悟とみおを見たが、事情を察すると「みおちゃんがんばれー!」「ファイト!」と声を掛け始めた。みおにとっては全くもっていい迷惑である。
八方塞がり、四面楚歌、背水の陣。そんな状況のみおの元に、救いの手が差し伸べられた。
「てめーら、ウルセーからさっさと食え。」
土方十四郎である。みおは目を輝かせて土方を見た。代わりに食べてくれるのではないかという期待である。しかしそんな期待も一瞬で打ち砕かれた。
「こんなモン、マヨかけちまえば食える。なんでもうまくなる。マヨは魔法の調味料だからな。」
「土方さん、やめてくだせェ。俺はみおにトマトを全力で食わせたいが、マヨだけは摂取させたくねぇんでさァ。」
「あァ!?要はトマトの味が分からなけりゃいーんだよ、」
ぶちゅ。土方の懐から登場したマヨネーズが、総悟の箸に突き刺されたみおのトマトにかかった。それはもう大量に。マヨフォンデュ状態である。
「だぁぁぁぁぁめぇぇぇぇぇ!!!」
びぇぇぇぇ、とみおはよりいっそう泣き叫んだが、時すでに遅し。真っ赤に熟れたトマトは忌々しいマヨ色に染まっていた。
そもそもみおは普段から総悟と過ごし、総悟の考えこそが世界だと信じている身。そんな総悟が毛嫌いするマヨネーズは、天敵でしかなかったのだ。
「うげぇ、俺の箸がマヨ味に…。いっけぇみお。口に入れて俺の箸を浄化しろー。」
見事な棒読み。左手でみおの顎をぐいっと掴んで無理矢理口を開けさせると、トマト…だったはずのマヨ塊を突っ込んだ。
「もぎゅ!」
みおは吐き出そうとじたばたするが、総悟の手がそれを許さなかった。さっきまで応援していた隊士たちも真っ青。吐き気を催している者もいた。皆がそれぞれ手を合わせ、「ご愁傷さま…。」と言う有り様である。
そっとみおの口から箸を引き抜くと、みおはゆっくり咀嚼を始めた。普通なら、おいしいはずなのである。サラダにマヨネーズをかけることはよくあることであるし、むしろ一般的と言っていい。だが今回ばかりは例外なのだ。大嫌いなトマト×天敵のマヨネーズ。美味しいはずがない。
やがて、ごくり、と飲み込む音がした。それを確認すると総悟はみおの顎から手を離す。
「どうだ?うまかったろ?」
なんて誇らしげな土方の顔を一瞥すると、みおは総悟に抱きついた。さすがに厳しかったか、と背を撫でようとしたときだった。
「う…げぷ、」
耳元で、そんな小さな音がした。
「うわあああぁみおちゃん早まらないでぇ!!」
隊士たちがあたふたし始める。慌てたのは総悟も同じだった。
「てめぇ、俺の背中で吐いたら殺す…!」
そのままみおを抱っこして総悟は厠へ走った。自分の背中が幼女の△※■@で放送禁止になるのだけはなんとしても避けたい。
その時は、一瞬だった。厠に連れ込んで便器に向かわせた途端、…であった。その有り様を見た総悟はつられて…なんてことになりかけたが、なんとか持ちこたえた。一方みおはすっきりした表情である。
この日を境に、みおは気づいた。マヨをかけられるくらいなら、そのまま食べたほうがトマトは美味しく頂ける、と。
そして、総悟も気づいた。みおが「だめ」と叫んだことに。そう、「いただきます」の「だ」が言える日も近いのではないか、ということだ。
散々な食事であったが、なんとなく悪い気はしなかったのであった。