13.いちなんさって、


全ての後処理を終え、屯所についた頃にはもうすっかり日が暮れていた。みおも総悟の腕の中で爆睡である。朝まで起きることはなさそうだ。自身もかなり疲弊している。このまま布団を敷いて眠ってしまいたかったが、昼間の一件で体は汗と血に塗れていた。気持ち悪いことこの上ない。せめて風呂には入るか、と着替えを手にして部屋を出た。みおは起こすのも野暮だったのでそのままである。

「オイ総悟、話がある。風呂上がったら来い。」
「誰かと思えばパトカーファンファン鳴らして相手を挑発したことで有名な土方さんじゃありやせんか。あいにく疲れてるんでねィ。明日にしてもらえやせんか。」
「しょーがねぇだろ、どこぞのガキに急かされたんだからよ。…はぁ、分かってんだろ。みおのことだ。何が起こったのか説明できるのはオメーしかいねぇんだから、早いうちに報告しろっつーことだよ。」

前方に待ち構えていた土方に「へぃへぃ」と適当に返事をして、風呂場に向かった。

ざぱーん、と頭まで浸かってから、両手で髪をかきあげた。「めんどくせェ。」と呟いた声は、思いがけず風呂場に反響した。

自分としては、みおに怪我がなく、真選組にも大した損害がなかっただけで結果オーライなのである。確かにみおがやったことは不思議でならないが、あれは一朝一夕で解決できる問題でもないだろうに。

そういえば、あの場所を「ほのおのにおい」と呼んでいた原因も分かった。建物内から大量の火薬が発見されたのだ。その箱の近くには違法薬物も大量にあったらしい。詳しいことは当人たちの取り調べが終わるまで分からないが、麻薬探知犬の鼻をかいくぐろうとでも考えたのだろう。1週間後にあの辺りは一斉捜査が予定されていた。どこから情報が漏れたのかは知らないが。

そこまで考えて、総悟は息をついた。考えるのも億劫である。

今日のうちに言っておかないと、明日の朝の眠りを妨げられることが予想されたので、風呂上がりにはすぐに土方のもとを訪れて適当に報告をしておいた。食事をするのも面倒で、さっさと寝てしまおうと部屋に足を伸ばした。







すー、すー。むにゃむにゃ。

案の定みおは眠っていた。いつもはふたりで使っている布団を占領している。

「幸せそーな顔しやすねィ…。」

憎らしいほどに愛らしい。穢れを知らない少女に血を見せたのは、自分だ。

いつものように手を伸ばして頬をつねろうとしたが、どうにも気分が乗らずにそのまま引っ込めた。自分には、この少女に触れる資格が、ない。

予備の掛け布団を引っ張りだして、畳に寝転んだ。寝顔を見つめながら自分も目を閉じる。瞼の裏には、少女の笑顔が浮かんだ。

「そーご…すきぃ…。」

ふと、そんな声がした。寝言だろうか。そっと目を開けると、みおが総悟に手を伸ばしていた。

「うぉぉ、そーご、おはよーごぜーやす…。」

目を開いた自分にびっくりしたのかみおは手を引っ込めた。うぉぉ、ってなんだ、どこでそんな言葉を覚えた。

「そーご、いっしょ、ねよー?」

まさか、自分がいないことに違和感を覚えて目を覚ましたとでもいうのだろうか。掛け布団を脱ぎ捨て、みおの枕元に座った。

「…俺が、怖くないんですかィ。」
「どーして?そーごは、やさしいよ?」

きょとん、とみおは笑った。

「俺らは、真選組は、信念を貫くと言っちゃあいるが、つまるところ人斬りだ…。この手で多くの人を殺めてきた。それでも、優しいって言えるんですかィ。」
「……うー。」

のそのそとみおは起き上がり、総悟の前に正座した。その瞳は真っ直ぐと総悟を捉えている。

「あんね、みおはね、そーごも、まよも、ごりらも、じみーも、みーんなすきだよ!んでね、こわくない!」

んーと、んーと、と、必死に考えながらみおは話す。

「だってそーご、みおがケガしないよーにしてくれた!」

ほかのみんなも、だよ!とみおは言った。総悟は目を見開いた。この少女は、あの戦場でそんなことを理解していたのか。確かに、総悟を始めとするほとんどの人が、幼いみおが傷つかないように気をつけていた。だがそれはあくまで自分の身を守ったうえで、である。気づかれるほど顕著な行動をとったものはいなかった。

「ちょっぴりこわかったけど、みんながいたから、だいじょーぶ!ね!」
「…大人に気ィ遣ってんじゃねェや。震えてらァ。」

たまらず抱きしめると、小さな肩は震えていた。どれだけ無理をしていたのだろう。その健気さが、心に痛かった。

「もし、これから先、またこんなことがあって、そん時はもっとたくさんの血が流れたら、みおはどうしやすか?ここを出て行きやすか?」
「…どこにもいかない。みんなといる。」
「なんで、もっと安全なところもあるのに…!」
「みんなが、かなしいから。」

ぺち、とみおの両手が総悟の頬を挟んだ。ふたりの視線が真っ直ぐに交わる。

「しんじゃうのも、くるしいけど、きずつけるのも、かなしい、とおもう。」

ずっと、心に秘めて言わなかった思い。誰もが一度は感じたであろう感覚。殺された側もつらく悲しいが、殺した側もそれは同じなのだ。都合がいいと思われるかもしれないが、自分たちは望んで人殺しになったわけじゃない。

「…っとに、おめーは…。」

涙声を悟られないように、みおを布団に閉じ込めた。自分もはいって、再び強く抱きしめ直す。

「…って、○りきゅあが言ってたでさァ!」

みおは無邪気に笑った。感動を返せ。

総悟の部屋の外で、近藤と土方がみおの話に耳を傾けていたことを、ふたりは知らない。




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