ル イ ラ ン ノ キ


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聖なる夜に



──それは、星が雲のベールに隠れた空から、音もなく氷の結晶が舞い降りてくる夜でした。

寝室のベッド側の壁に掛けてある時計の針が深夜の2時をさした頃。
わたしはベッドに横になり、火が燈された暖かな暖炉の前で寛ぐ夢を見ていました。

暖炉の前に置いてあるテーブルには、緑色の糸で細かな刺繍をあしらったテーブルクロスがひかれ、その上には1ホールの丸いケーキが置かれています。生クリームでコーティングされたまるで雪のような真っ白いケーキには、赤い苺と、葉のついたブルーベリーが乗っていて、そのケーキの傍らには、小さなキャンドルが火を燈しています。
わたしはソファに座り、膝に赤色のブランケットをかけて、誰かを待っているようでした。でもそれが誰なのかは、わかりません。ただ、なんだかそわそわするような、わくわくするような、落ち着かない気持ちで待っている、そんな夢。

今わたしが住んでいる、都会から離れたこの小さな町は、人口が少なく、みんなが顔見知りです。そのせいか戸締まりの習慣が緩く、鍵を開けっ放しにしている家もチラホラとありました。

この町にやってきてまだ半年のわたしですが、もうすっかり顔なじみになりました。
決して町の住人を警戒しているわけではないけれど、長らく都会に住んでいたこともあり、念のため戸締まりはきちんとして、眠りについていました。

それなのに、真夜中にカタンと妙な音が響きました。
暖炉の上に飾ってあるフォトスタンドが倒れたような小さな音に、わたしは目を覚ましました。夢の中では暖かいリビングにいたのに、目が覚めた途端にひやりと冷たい空気を頬に感じます。

夜になると無音に近いほど静かになる町。そのせいか、その小さな音は静穏な夜に響き渡るほどわたしの耳に届きました。

「……なに?」

ベッドから体を起こし、耳を澄ませました。微かに人のいる気配が漂っています。それは、誰もいないはずのリビングから。

リビングの隣にある小さな寝室で眠っていたわたしは、あまりの寒さに身を縮めながらポールハンガーからそっとカーディガンをとって羽織りました。
部屋のドアに近づき、聞き耳を立てます。

リビングに敷いてあるカーペットになにかが擦れるような音がして、わたしの心臓は跳び上がりました。
明かりを消していた薄暗い寝室の中を慌てて見回します。

なにか、護身用になるものはないかしら。

ですが、銃や警棒といった物騒なものは置いてありません。
仕方なく小さなテーブルの上に置いていたペン立てから、物音をたてないように注意しながら物差しを掴みました。

いざとなったらこれで頭や顔を思い切り叩いてやるんだから!

物差しを握る手に力が入ります。
息を整えてから、ドアノブに手を掛けました。

こういうのは勢いが大事。怯えていたら、主導権は相手に握られてしまう。それにもしなにかあっても、大声を出せば、きっとこんなに静かな町なんですもの、誰かが助けにきてくれるわ。

そう思いながらわたしは心の中でカウントしました。
──さん、にー、いち……今よ!!

自らの合図で勢いよく部屋を飛び出しました。右手にはしかと物差しを握って。

「誰かいるの?! ──ッ?!」

それはほんの一瞬の出来事でした。
わたしが寝室を飛び出した瞬間、すぐに誰かがわたしの口を塞ぎ、身体を壁に押し当てて身動きをとれなくしたのです。
暗くてよく見えないけれど、わたしより10cmほど背の高い……男性?

「静かにしてくれ」

彼はそう言いました。わたしの口を押さえている手が微かに震えていました。
──この人は、だれ?

「……見逃してくれないか? 頼むよ」

見逃してと言われても、よほどの理由がないかぎり、泥棒を野放しになんてできません。町の住人たちのことを考えると尚更です。
握っていた物差しを振り回してやろうか、それとも、相手の足を蹴ってやろうかと思いましたが、暗闇に目が慣れてきて泥棒さんの顔が見えてきて、思い止まりました。

彼は知らない人でした。けれど、彼の目に濁りはありませんでした。
自慢ではないけれど、わたしは悪人を見抜く目を持っています。彼の目は真っ直ぐにわたしを見据え、離しませんでした。とても綺麗なライトブルーの瞳でした。

わたしは小さく頷きました。
すると彼は少し躊躇いながら、ゆっくりと手を離してくれました。

「すまない……大丈夫か?」
「えぇ……あなたは人の家でなにをしているの? わたしの家に高価な物はないわ」
「違う。盗みに入ったわけではないんだ。信じてくれ」
「じゃあ、あの袋はなあに?」

薄暗い中でも、よく見えるほど目が慣れてきたので、リビングのテーブルの横にあった見慣れない大きな袋に気づき、指を差しました。
さっき聞こえた、カーペットになにかが擦れるような音は、この大きな袋を引きずる音だったのだと気づきました。

「あれは……。気になるなら見てくれて構わないよ」

彼は観念したような表情でそう言いました。

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©Kamikawa

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