ル イ ラ ン ノ キ |
寝室の前からリビングに移動して、彼は袋の口を大きく開きました。
わたしは袋の中を恐る恐る覗き込むと、クマのぬいぐるみや、機関車、ハーモニカ、トランプに、フランス人形など、おもちゃが沢山入っていました。
「──僕はまだ見習いなんだ」
「見習い……? 泥棒の?」
「いや、夢を運ぶ仕事のさ」
彼はクマのぬいぐるみを手にとると、わたしに差し出しました。
そのぬいぐるみはとても新品とは言い難く、年季が入っているように思えました。
「これは君へのプレゼントだ」
「わたしに……?」
わたしはぬいぐるみを受け取ります。
触れたことでぬいぐるみの中の綿が、少しぺしゃんこになっているのがわかりました。そのせいでクマのぬいぐるみは元気を無くしたように、首が少し斜めに傾いています。
「ねぇプレゼントなんかでごまかさないで。あなたは何者なの?」
「ごまかしてなんかないさ。よく見てごらん。そのぬいぐるみに、見に覚えはないかい?」
「え……?」
そう言われ、まじまじとぬいぐるみを眺めました。
「暗いとよく見えないだろう? ランプに火を燈そう」
彼は暖炉の上に置いていたランプを手にとると、一先ずテーブルに置き、ポケットから取り出したマッチで火を燈しました。
ランプを手に持つと、そっとぬいぐるみを照らしました。
「あら? 首になにか掛けられているわ」
それは小さなプレート。よく見てみると、LIEBE≠ニ刻まれています。
リーベ。それは父と母が名付けてくれた、わたしの名前。
「まぁ! これ知っているわ! 幼い頃、父がわたしにプレゼントしてくれたぬいぐるみよ!」
わたしは思わず笑みをこぼし、ぬいぐるみを抱きしめました。すると彼もにこやかに微笑み、優しい眼差しを向けてくれました。
「あなたは……誰なの?」
「僕の師匠は、サンタクロースっていうんだ。僕はその見習いさ」
「サンタクロース?」
「やっぱり知らないよな。まだ名前が知れ渡っていないから……」
彼はそう言って、幼少期の話を聞かせてくれました。
それは彼がまだ五つのときのお話です。
凍えそうなほど寒い冬。彼の両親はパーティに出かけてしまい、広い家に彼は一人ぼっちでお留守番をさせられていました。
時折吹く強い風が窓ガラスをカタカタと揺らし、とてもこわい思いをしていました。
両親が帰ってくるのを長い時間、部屋の隅っこで毛布に包まり、待っていました。──すると、誰かが家のチャイムを鳴らしたのです。
彼は恐る恐る玄関のドアに近づきました。
「すまないが、開けてくれんかね」
それは年老いた男性の声でした。
「だめだよ。パパとママと約束したんだ。勝手にドアを開けちゃダメだって」
「ホッホッホ。良い子だ。さすがホープだ」
驚いたことに、その老人は自分の名前を知っていたのでした。
「どうしてボクの名前をしってるの?」
ドア越しにホープは尋ねます。
「君のことはなんでも知っておる。母親はマリン。父親はマイク。君はべーグルが大好きで、ハーモニカを吹くのが得意だ。寝る前にはママとパパから温かいキスをもらう。──君の好きな子の名前は確か……」
「わぁーやめて!!」
と、ホープはドアを開けました。
ホープは目を真ん丸にして驚きました。随分と大きなおじいさんが立っていたからです。大きく膨らんだお腹に、今にもはち切れそうなベルト。鮮やかな赤いコートに、綿菓子のような真っ白い髭が口の回りを覆っています。
そして老人は肩に大きな袋を抱えていました。
「心配せんでよい。わしはお前にプレゼントを持ってきたんじゃ」
「プレゼント……?」
「いつも良い子でお留守番をしているホープにな」
「ほんと……?」
「あぁ。だがすまないがちょいと家に入れてくれんかの。寒さには慣れているが、ドアを開けっ放しにしていると冷たい空気が室内に入ってしまう。これ以上君を凍えさせるわけにはいかない」
そう言ったおじいさんは、とても温かな笑みを浮かべたのでした。
──わたしの目の前に立っている彼は幼少期を思い出しながら言いました。
「袋の中にはおもちゃが沢山あって、好きなものを選んでいいと言ってくれたんだ。彼は、子供たちに夢を配っている。はじめは施設や家のない孤児たちだけを相手にしていたみたいなんだ。彼は偉大な人だよ。世界中の子供たちの笑顔を望んでいる」
「ねぇ待って。素敵な話だわ。でも、わたしはもう子供じゃないの。わたしはもう……18よ」
「ご両親からすれば君はまだまだ子供だ」
「両親……?」
「君は特別なんだ。依頼を受けてきたから」
「両親からの……依頼? わたしの両親に会ったの?」
彼は白い袋を肩にかついで、わたしの目を見据えて言いました。
「僕はあの日、両親を事故で亡くしていたんだよ。会いたくてももう会えないんだ。君の両親も、君に会いたがってる。会えなくなるまえに、会いに行ってあげて。──メリークリスマス」
そして、まだ降り続けている雪の下へと出て行きました。
わたしは引き止めることも大声を出して助けを求めることもしませんでした。
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