voice of mind - by ルイランノキ


 切望維持3…『イズルはいずこへ』

 
「少しは楽になった?」
 と、アール。「マスク買ってこようか?」
「いや、いい。だいぶ楽になった」
「よかった」
 と、二人は立ち上がる。
 ヴァイスは立ち上がるとまだ気持ち悪いようで、胸を押さえた。
「ゆっくりしてて? 私もイズルさん捜してくる」
「あぁ、すまない」
「あ、なんなら先に帰っててもいいよ? この街しばらく臭そうだし。でも帰るならメールしておいてね」
 
アールは急ぎ足でルイの元へ向かった。
ヴァイスはその場に再び座り込み、ため息をついた。あまりにもにおいが酷い。アールにはルイがついていることもあり、先に帰ることも考えた。
 
アールはイズルの顔を思い出しながら、周囲を見回した。ヴァイスのように路地裏で異臭にやられているかもしれないと思い、家と家の間も念入りに確認。ルイから連絡が入ったらすぐにわかるように、今度は武器ではなく携帯電話を片手に動き回ることにした。ルイには自分も捜すとメールを送信しておいた。
それにして臭い。蒸し暑さと臭さで次第にやる気が削がれ、歩幅が小さくなる。
 
「あー…くさい……ほんとくさい」
 イライラする。くさいと、イライラする。
 
途中、薬局を見つけてふらりと立ち寄ったが、店内も臭かった。
 
「はぁ……」
「いらっしゃい。消臭関係なら奥の棚にあるよ」
 と、男性店員。
「!」
 主に薬を置いているが、ちょっとしたお菓子や日用品も置いてあった。
 
汗の消臭スプレーを見つけ、値段を見ながら香りを選ぶ。売れ筋と書かれた紙が貼られているのはミント系の香りだ。蒸し暑い街だからさわやかな香りが人気らしく、甘ったるい香りのものは人気が無いようだ。
しゃぼんの香りと、フリージアの香りと、柑橘系の香りと、ミントの香りで悩む。値段はどれも同じだ。──ヴァイスはどれが好きだろうか。
 
「…………」
 
別に彼の好みの香りをつけたいわけじゃない。鼻が利きすぎるヴァイスを配慮してのことだ。アールはヴァイスに電話を掛けると、すぐに出た。
 
『どうした』
「ちょっと訊きたいことがあるんだけど、しゃぼんの香りと、フリージアの香りと、柑橘系の香りと、ミントの香り、どれが好き?」
『…………』
 なにかあったのかと思っていただけに、突拍子のない質問に戸惑う。
「消臭スプレー買いたくて。もう限界なの」
『あぁ……』
「で、なにが好き?」
『…………』
「しゃぼんの香りと、フリージアの香りと、柑橘系の香りと、ミントの香り」
『どれでもいいと思うが』
「え、どれも平気? 臭くない?」
『味覚同様、嗅覚も人と同じだ。人より強く匂うだけでな』
「じゃあ臭いわけではないの? でも……ミントはにおい過ぎると気持ち悪くならない?」
『…………』
「嫌いな香りってある? 苦手な香り」
『テントー』
「……あぁ、それは……多分鼻がイカレてる人以外はみんな嫌いだよ」
『ミントはお前に似合わない』
「! そっか。似合う似合わないで決めればいいんだ。しゃぼんとフリージアと柑橘系だとどれ?」
『フリージアはどんな香りかわかりかねる』
「じゃあ柑橘かなぁ。しゃぼんはルイっぽいよね」
『確かに』
「でもなぁ……柑橘系って飽きない? よし、フリージアにしよー! 嗅いでみたらちょっとシャンプーっぽい香りでもあるの。ありがと!」
『…………』
 
ヴァイスは電話が切れたのを確認し、携帯電話をポケットにしまった。
婚約者、スサンナを思い出す。彼女の買い物に付き合ったときにも似たようなことがあった。2着のワンピースで迷い、どっちが好きか訊いてくる。女性物の服はよくわからなかったため、似合う方を選んだが、「えー」と言ってしばらく悩んだ末に結局自分がいいと思った方を買っていた。──人間として生きてきてだいぶ経つが、未だに女性という生き物は理解できない部分がある。
 
「370ミルになります。ルーム用のスプレーはいいですか?」
 と、店員。
「あ、大丈夫です」
 外を旅しているため必要ないと言おうとしたが、早くイズルを捜すため、余計な会話は控え、お金を払った。
「ありがとうございました」
 
店を出て、早速体に振りかけた。すぐにまたテントーのにおいがつきそうだったが、少しの間でもいい香りに包まれると気分が変わる。
 
「よし。捜そう!」
 
気合を入れ直したとき、ルイから連絡が入った。電話だ。
 
『アールさん今どちらですか?』
「メイン通りをそのまま歩いてきて、今薬局の前だよ」
『僕とニッキさんは今街の外に出ています』
 と、外に出た経緯も説明した。
『──ですが、イズルさんの姿はありません』
「外にはいないってことか……」
『魔物を外に出した男性たちに話を聞きましたが、イズルさんは見ていないとのことです。ついでなので魔物は地中に沈めておきました』
「そっか、じゃあ……もう少しこの辺捜してみるね。見つかったら連絡する」
『わかりました。ヴァイスさんは?』
「ヴァイスはまだあまり動けないみたい」
『では今お一人ですか?』
「うん、でも大丈夫」
『…………』
 ルイは心配性だ。ここがルヴィエールでも少し心配になるというのに、罪人が送り込まれる街で尚且つ今回はスーもいないとなると不安だった。
「ルイ、そりゃあね、私はトラブルメーカーよ」
 と、アール。「普通にしていても変な人が寄って来やすいのよ」
『いえ、あの……』
「自覚したから、大丈夫。」
 とアールは言うものの、自覚したから大丈夫という定義がわからない。
『わかりました。なにかあれば必ず──』
「連絡するから。大丈夫。」
『わかりました。では後ほど。なるべく早く合流します』
 
アールはルイとの電話を切り、納得がいかない顔をした。
 
「まるで信用されてない。……くさッ」
 
風が吹くと臭い。体に振りまいたスプレーの匂いを嗅いでリセット。ふと、ヴァイスの行動を思い出す。急に顔を近づけてにおいを嗅いで来た。犬のように。たいしたことはないと言っていたが、たいしたことがあったらどうなんだろう。汗臭い女のにおいを嗅ぐ。それってデリカシーのない行動ではないか?と。
 
「……まったくもう。臭いと色々ムカついてきた」
 
時折消臭スプレーのの匂いを嗅ぎながら、イズルを捜した。イズルはなかなか見つからない。一体どこへ行ってしまったのか。魔物を捜している最中になにか危険な目に合ったとしても、姿がないのは不自然だった。
 
「イズルー?」
 と、女性の声がして目をやった。
 
自分と同じようにイズルという人物を捜している50代くらいの女性がいた。アールは女性に声を掛けた。
 
「あの、イズルさんのお知り合いですか?」
「イズルをご存知なの?」
 と、女性は不安げに訊き返す。「私はイズルの母です」
「あぁ! お母さん……。私は一度だけお会いしたことが。ニッキさんと一緒にいるときにです。逸れて連絡が取れなくなったと訊いて、捜しています」
「そうだったの……ありがとうございます」
 と、女性は頭を下げた。
「いえ。自宅に連絡は?」
「ないのよ。まったく、人様にご迷惑をかけてまでどこに行ったのかしら……」
 と、手に持っていたハンカチで口を塞ぐ。臭いらしい。
「ニッキさんと、私の仲間の一人も捜してくれています。外にはいなかったようです」
「そうですか、ありがとうございます……」
「一緒に捜しますか? もし見つかったら私のケータイに連絡が来ると思うので」
 と、携帯電話を見せた。
「助かるわ」
 

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