voice of mind - by ルイランノキ


 切望維持1…『テントー』

 
シドの目覚めを待ちながら、私たちは今できることをはじめた。
 
長く立ち往生している暇は無い。
眠り続けるシドを置いて、旅の再開も視野に入れておかなければならなかった。
 

 
アールとヴァイスが遅れてキャバリ街に辿り着くと、この街の気候である蒸し暑さと人の熱気に包まれた。蒸し暑さから元々外を出歩く者は少ないが、魔物が侵入してきたというだけあってますます人々は家の中に閉じこもり、窓から外の様子を窺う姿が見て取れた。
外を出歩いているのは武器を持っている男たちだ。腕に力がある者が侵入した魔物を捜してうろついている。
 
アールがルイに電話を掛けようと携帯電話を取り出すと、ルイからメールが来ていることに気がついた。
 
【わかりました。気をつけていらしてください。魔物はテントーですが大丈夫ですか? 情報では4匹入り込んだようです】
 
「テントーってなに? どんな魔物?」
 と、アールはヴァイスを見上げる。
「てんとう虫の魔物だ」
「虫か……」
 と、虫系が苦手なアールは苦い顔をしたが、てんとう虫はわりと平気な方だ。ただ、魔物となると大きさにもよるだろう。
「まだ住人が警戒しているところを見ると捕まえてないみたいだね」
 アールはそう言いながらルイに電話を掛けた。
 ルイはすぐに出た。
『──はい』
「今着いたよ。状況は?」
『4匹の内、2匹は捕まったようです。街の結界を張っている魔道具に不具合が生じてその隙に入り込んでしまったようです。僕は結界の修復の方を手伝っています。魔物の方を頼めますか』
「わかった。弱点とかある? 毒は無いよね?」
『強い魔物ではないので、攻撃が当たればすぐに弱まるかと。ただ、毒こそありませんが危機を感じると強烈な異臭を放つ液体を飛ばしてきますので気をつけてください。失神しないように』
「どんだけ?!」
「確かに異臭がする」
 と、ヴァイス。
「うそ。てかルイの声聞こえたの?」
 ヴァイスは鼻と耳がいいらしい。
「様子を見てくる」
 ヴァイスはそう言って、先に街の奥へと向かった。
『失神は大げさかもしれませんが、気分を悪くするかと。それに体ににおいがつくとなかなか取れません』
「最悪……気をつける。ありがとう。また連絡するね」
 
アールは電話を切り、武器を構えて逃げ回っている2匹のテントーを捜しに向かった。
魔物を捜し歩いていると、時折目にするのは“目”の絵にバツ印を描いている小さな看板と、建物の壁に貼られた闘技場で行われるイベントの告知ポスターだった。以前この街では公開処刑が行われるという話を聞いたことがあったが、ポスターには魔物同士で戦わせるモンスターバトルについて書かれていた。賞金も書かれているため、賭け事だろう。
 
「いたぞ!」
 と、街の住人の声がして、アールも足早に向かう。
 
テントーはコンクリートの建物の上にいた。体長2メートル半くらいで、紫色をしたてんとう虫だ。ガリガリと不気味な音がする。上から粉々に砕かれているコンクリートの欠片が落ちてきた。
 
「超顎発達してんじゃん」
 どこからか建物の上まで行けないかと周囲を見回すと、隣の建物の上にヴァイスが立っていた。銃口はテントーに向けられている。
「ちょっと待って……」
 もし銃弾をぶち込んだとして、異臭の液体を撒き散らかさないだろうか。
「おいお前!!」
 と、下にいた男がヴァイスに気づいた。「銃なんかだめだ!」
 ヴァイスはその声に反応し、静かに銃を下ろした。
「頭を上手く撃ち抜けるならいいが、即死できなかったらくっせー液体を飛ばしやがる!」
「問題ない」
 と、ヴァイスは銃を構え直して迷わずに引き金を引いた。
 
アールとその場にいた男たちは思わず身を縮めたが、銃弾は綺麗にテントーの頭を撃ち抜いた。テントーは力なく落下してゆき、下にいた男たちは慌てて逃げ、身を守った。
 
「…………」
 アールはヴァイスを見上げ、「ナイス」と親指を立てると、銃を下ろしたヴァイスも親指を立てた。
「次次っ」
 と、残り一体を捜す。
 
残りの一匹もすぐに見つけることが出来た。ブーンと羽の音を慣らしながら上空を飛んでいたからだ。腹部は真っ黒で、6本ある足を見て気持ち悪いとアールは眉をしかめた。
テントーはアールの頭上を飛んでどこかへ向かう。てんとう虫はあまり長く飛ぶイメージがなかったが、魔物は随分と遠くまで飛んで行けるようだった。ヴァイスは建物の上を飛び越えながら後を追う。アールは途中まで追いかけたが、ヴァイスに任せれば大丈夫かなと足を止めた。
 
「行かないのか?」
 と、背後から声を掛けられる。
 振り返ると、ニッキが立っていた。
「ニッキさん……」
 やっぱり父に似ている、と、息を飲んだ。思わずお父さん、と呼びそうになる。久しぶりに父と会った感覚。でも、目の前にいるのは父ではない。
「一人で来たのか?」
「あ、いえ……ヴァイスも。銃を持ってます。さっき一匹頭を撃ち抜いて仕留めました」
「そうか、なら出番はねぇかな」
 と、握っていた刀を鞘に納めた。
 
父と同じ顔をして、似た声をしていても、しゃべり方までは違う。父は、「出番はねぇ」とは言わない。「出番はない」と言うだろう。
 
「あの、こういうことってよくあるんですか? 街の結界が切れたりとか……」
「まぁ、その結界にもよるだろうがな。依頼した魔術師や魔導師の力にもよるだろうし、魔道具の調子にもよるだろうし、契約が切れると結界も切れるから契約更新を忘れると大変だ。さすがにそれはないだろうがな」
「契約?」
「なんだ、なにも知らないんだな。街に結界を張るには魔導師や魔術師、もしくは魔道具が必要になる。大抵は1年や半年続く結界を張ってもらうところが多いだろうな。それ以上になると多くの力が必要になるから魔導師らの負担も大きくなる」
「なるほど……それで魔導師さんたちと年間契約みたいなものを交わしてるんですね」
「そういうことだ」
 と、笑ったその笑い皺もよく似ていた。
「今回は魔道具の不具合ですよね」
「あぁ。ここ最近結界が不安定でな。新しく買い換えようかって時だった。魔道具を使えば安く済むが、こうして不具合が出たりいつ壊れるのかわからなかったりする。まぁここは罪人が送り込まれる街だ。腕っ節に自信がある奴も多い。結界が壊れてもすぐに対応できるだろう。お前たちを呼んだのは念のためだ」
 
──と、生ぬるい風に乗って異臭が漂ってきた。
 
「くさっ! なにこれ!」
 アールは袖で口元を塞いだ。
「あーあー、やらかしたか。誰かがおテントーさんをビビらせたらしい」
「ヴァイスじゃないよ。銃声聞こえなかったもん」
「誰も君の仲間の仕業だとは言ってない」
 と、ニッキは笑った。
   

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©Kamikawa
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