ル イ ラ ン ノ キ


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3年分の命
- 3000hit 感謝記念作品 -
 
日々、同じ繰り返しでつまらなかったが、なにか新しいことをはじめようとか、今の現実から抜け出そうとか、そういう気力は湧かなかった。
ただ毎日、命が絶えず続いているから生きている。それだけだった。
 
そんなある日、俺の家を訪ねてきた一人の女性がいた。
 
「ひさか……日坂歩夢さんですよね!」
 
そう言って目を輝かせた見知らぬ女性は、胸に一冊の小説を大切そうに抱えていた。
それは俺が全身全霊で愛した、この世にたったの2冊しかない小説だった。
 
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あれは今から12年前。俺が高校一年の時だ。
俺は学校の図書室に、自宅から持ってきた一冊の本を忍ばせた。文庫本と同じサイズで、ページ数は500頁にも及ぶ、読みごたえのある本だった。
こっそりと毎日その本を、人目につきやすい本棚に忍ばせ、少し離れた場所から眺めていた。そして誰かが手に取ってくれるのを待っていた。
だけど、待てども待てども、見向きもされない。そんなに目立つカバーではないし仕方がないのかもしれないが、大きいサイズの単行本の間に入れたのだから少しは目立っていて誰かの視界には入っているはずなのに。
 
昼休みを終えるチャイムが鳴る一分前、一人の女子生徒がようやくその本に触れた。俺は思わず「あっ」と声を漏らしてしまい、近くにいた生徒の視線を感じて咳ばらいをした。ごまかせたとは思えないが。
女子生徒ははじめに本の表紙を見遣った。真っ白い表紙に、ボロボロになったスニーカーが描かれている。彼女は本を裏返し、裏表紙を見た。粗筋を見たかったのだろう。だが、この本に粗筋はない。目次もないのだ。
少し離れた場所からでも、彼女が首を傾げたのがわかった。そして最初の1頁目を開き、軽く文章に目を通したかと思うと、パタリと閉じ、本棚に戻してしまった。
 
──なんだよ……気になるなら借りればいいのに。
 
我が高校は生徒数が少なく本の数も少ないからか、今では珍しく完全にアナログ管理だ。他校では本にバーコードが貼られており、生徒手帳のバーコードと一緒にパソコンで管理されているところもあるようだが、ここでは貸出カードをはじめに作ることになっていて、本を借りるときはカードに本のタイトルや日時を記入し、カウンターで図書委員に渡すようになっている。
 
昼休みを終えるチャイムがなり、俺は人目を気にしながらこっそりとその本を回収した。
そして翌日も、そのまた次の日も、同じことを繰り返した。いつか誰かが読んでくれることを期待しながら。
だが、期待も虚しく、あるとき男子生徒がその本を手に取ったかと思うと、そのまま図書室の奥にある物置部屋に持って行ってしまった。俺は慌てて後を追う。
 
「なんか変な本があったんですけど」
 男子生徒はそう言って、物置にある本の整理をしていた図書委員に渡してしまった。
 
図書委員はまじまじと本を見て、「なんだこれ」と言いながらその辺に重ねて置かれた本の上に置いた。そして男子生徒にありがとうとだけ言うと、男子生徒は部屋から出てきた。
 
俺はどうにかあの本を回収しなければ、と、焦っていた。他の本と違うことに気づかれてしまうことは予想していたが、忍ばせておくのは少しの間だから大丈夫だと思っていた。図書室の本にはバーコードこそ貼られてはいないものの、本の背に貼ってある請求記号が書かれたシールが貼られている。その本の分野がわかるようになっているのだ。俺が忍ばせた本にはそのシールが貼られていない。そこに不審を抱いたのだろう。
 
物置に運ばれてしまった本をどうにかしようにも、あいにく図書委員に知り合いはいないし、いたとしてもこの本は何かと訊かれても説明ができない。俺が持ってきたことは内緒にしたいのだ。
どうにかしないと、昼休みが終わったら誰もいなくなったことを確認して図書委員が最後に図書室の鍵を閉めてしまう。どうにか回収出来るタイミングを見計らっていたが、そのタイミングは訪れず、結局回収できないまま俺は図書室を出てしまった。
 
最悪の事態だけは避けたかった。それは先生の手に渡ることだった。あの本を知ったらどうするだろう。持ち主でも探すだろうか。まさか校内放送で訊いたりはしないだろうな……。処分されてしまうこともあるかもしれない。いや、さすがにそれはないかな。
あの図書委員があのまま興味を示さず、先生にも言わず、適当に物置に置いといてくれたらいい。翌日、改めて回収出来るタイミングと方法を考えることにした。
 
そのタイミングは意外とすぐにやってきた。昨日とは打って変わり、今日の図書委員はやる気のない奴で、ずっとカウンターのテーブルに顔を伏せて眠っていた。
だが、油断はできない。他の人に物置部屋に勝手に入る姿を見られたらなんと言われるか。
俺は一か八か、眠っている図書委員に声をかけた。すると、昼寝を邪魔されたのが不快だったのか、酷く苛立ったように「なに」と訊いてきた。
 
「……あ、起こしてすみません。先生から《履きふるした靴》っていう本を探してくるように言われたんですけど、物置にあるみたいで」
 
出鱈目だった。だが、あの本のタイトルが「履きふるした靴」であることは事実だ。
 
「めんどくせーなぁ……」
 と、立ち上がろうとした図書委員に、俺は慌てて言った。
「あ、大丈夫です! すぐ見つかると思うんで俺が行ってきます。見つからなかったら呼びにきます」
「そう? じゃあ見つけたら勝手に持ってって」
「はい、ありがとうございます」
 
──よかった。
俺はホッと胸を撫でおろした。
 

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