ル イ ラ ン ノ キ


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本を無事に回収してから一週間は大人しく過ごしていた。あまり怪しい行動は繰り返せない。
 
そして俺はある日の放課後、人目を盗んで図書室の一番端の本棚にある、一番目立たない一冊の本に目をつけ、毎日少しずつ請求記号が書かれたシールをカリカリと剥がしていった。1週間もかけてシールを剥がし、こっそりとシールだけを持ち帰ると、あの本に貼り付けた。
 
「これでよし」
 
今度は昼休みだけでなく、一日中忍ばせておこう。
誰かの目に止まることを夢見ていたが、一日中図書室の本棚に置いていても手に取る人はほぼゼロだった。一日のはずが、二日間になり、二日間が三日間になり、とうとう一週間は図書室に置きっぱなしになってしまった。
その間、俺は毎日図書室に足を運んでは、あの本がいつもの棚のいつもの場所に置かれているのを確認した。毎日図書室に通っているのに何も読まず何も借りないのも怪しまれると思い、棚から適当に本を3冊取って図書室に設けられているテーブルで読みはじめたのだが、意外と面白くてついついあの本から長く目を離してしまうこともあった。
慌ててあの本に目をやるのだけど、なんの変化もない。今日も収穫ゼロ。俺はため息をついて席を立った。そのとき、一人の男子生徒があの本に手を伸ばした。恐らく雰囲気からして3年生だろう。男子生徒はすでに4冊ほど本を左腕に抱えていた。
右手で《履きふるした靴》を手に取ると、抱えていた4冊の本の上に、重ねた。
 
俺の心臓がバクバクと音を立てていた。思わずにやけてしまいそうな顔を伏せ、咳ばらいをしてごまかした。
その男子生徒はこれまでにも何度か図書室で見かけていた。読書家なのかもしれない。
男子生徒がレンタルカードに記入し、図書室を出ていく後ろ姿を俺は見送った。
 
──どうしよう。
まず第一関門はクリアだ。やっとあの本が人の目に触れ、人の手に渡った。
 
次は、あの本を読んでどう思うか、だ。知るには声をかけるしかない。俺は人見知りではないが、相手は3年の先輩だ。後輩としては気安く声をかけるには勇気がいった。
だけど、俺も本を読むのは好きだ。共通点はある。あの先輩が借りた本を返しに来たとき、うまく話しかけるきっかけを考えた。
 
昼休みを終えるチャイムが鳴り、結局俺はテーブルに運んでいた3冊の本を借りることにした。読むまで興味がわかなかったが、読んでみると意外と面白い本は世の中に沢山ある。表紙や、本のタイトル、文章のはじまりで損をしている本が沢山ある。あくまで自分の好みの問題なのだが。
 
俺は《履きふるした靴》が無くなった図書室にしばらく通い続けた。先輩はなかなか返しに来ず、借りパクか? と不安になった。まぁ借りられる期間は最大2週間だ。まだまだ日にちはある。
俺は借りていた本を本棚に戻し、窓から外を眺めた。先輩はあの本を読んでいるのだろうか。そんなことを思いながら。
 
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借り出した本は2週間以内に返さなければならない。まだ読み終えていなければ、一度本を返してから再び借りなければならなかった。
三年の先輩が本を返しに来たのは、ちょうど2週間後だった。この2週間が俺にとっては長く、もしかしたら返ってこないんじゃないかという不安を抱かせたが、昼休みに図書室で先輩の姿を確認できたときは心臓が飛び跳ね、心から安堵した。
 
先輩は返却箱に本を入れた。ここに入れておけば図書委員が棚へ戻してくれるのだ。
先輩は再び本棚の前に立つと、次に借りる本を探しているようだった。
俺は何度か先輩に目を向けながら、話し掛けるタイミングを見計らっていた。もともとあの本を忍ばせておいた棚の前に先輩が移動したとき、俺は大きく深呼吸をしたあと意を決して声を掛けた。
 
「すみません、ここにあった《履きふるした靴》っていうタイトルの本なんですけど、誰が借りたか知りませんか?」
 やっぱり白々しいか。そう思ったが、先輩は返却箱を指差して答えた。
「あそこにあるよ。俺が借りてたんだ」
「あ、そうなんですか。俺はここでたまに読んでいたんです。続きが気になってて。──おもしろかったですか?」
 
なるべく自然に訊こうとしたが、少し声が緊張で上ずってしまった。先輩は少し考えてから口を開いた。口を開くまで5秒もかからなかったはずなのに、つまらなかったと不評をくだされそうで随分長く感じた。
 
「まぁまぁかな」
「まぁまぁ……ですか」
「あの本、粗筋がないだろ? だからネットで調べてみたんだけどマイナーすぎる作家なのか一件もヒットしなかったんだ。内容が全くわからないどころかジャンルもわからない状態で読みはじめたから、驚きは多かったよ。でも、ジャンルがわかってて読んでいたら、驚く展開は少なかっただろうなと思う。それに最後の……あ、まだ読んでないんだったな」
 
これといって特別高い評価だったわけではないけれど、あの本について語ってくれたことがなにより嬉しい。
 
「もうすぐ読み終わるところです」
 
俺は嘘をついた。一度読んだと言えば早いが、また読んでいると思われたらこちらが面倒な質問をされそうだ。なぜまた読んでいるのか、あの本のどこを気に入ったのか、なぜ面白かったか訊いたのか。
 
「そっか。最後まで読んだらまた話そう」
 そう言って先輩はまた新たな本を求めて本棚に目をやった。
 
この人は気が利くな、と俺は思った。あの本の物語は、最後にどんでん返しがある。だけど、『この話は最後に大どんでん返しがあります』と最初に知ってしまうのと知らないまま読むのとでは、衝撃度が違う。どんでん返しが面白い! などと紹介されているミステリー小説を見掛けると少し残念に思う。先輩は敢えて言わなかったのだろうと思う。
 
俺は返却箱から《履きふるした靴》を取り出し、図書室にあるテーブルの席に腰掛けてパラパラとページをめくった。何度も読み返したし、内容は隅々まで既に頭の中に入っているが、まだ室内に先輩がいる手前、続きを読むふりをした。
 
明日にでもこっそりと請求記号シールを剥がして持ち帰らなくては。
 
 

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©Kamikawa

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