voice of mind - by ルイランノキ


 一体分身1…『欠片の秘密』

 

 
アルバ大平原は黒く変色した血で染まっていた。広範囲に広がっている血は大地に深く吸い込まれている。匂いを嗅ぎつけてやって来た魔物が匂いの元を探そうと前足の鉤爪でいくら掘ってもその黒く染まった土が掘り出されるばかりだ。
 
「餌はねぇぞ」
 
そこに現れた一人の男は、魔物にそう声を掛けたあと、右手を翳した。その腕には魔法文字が彫られている金色の細くて平たいバングルを身に付けている。
魔物が男を目掛けて後ろ足を蹴ったが、男の手から放たれた火の魔法によってあっという間に炎に包まれ灰になった。
男は左手で右手のバングルに触れる。──なかなか使えるな、と満足げに魔法文字を指でなぞった。
 
男はコートのフードを深く被っており、口には黒いマスクを身につけて周囲を警戒していた。近くにあったテントを見遣る。テントは崩れており、風に運ばれた砂が覆っている。そしてそのすぐ脇に、ドクロが転がっていた。それを拾い上げ、“死骸”ではなく魔道具だと知る。
 
「それは俺のだ」
 
背後から声がして振り返ると、個人ゲートを使ってやってきたと思われる男が立っていた。一人だ。
 
「組織の人間か。ここで何があった?」
「そういうお前は誰なんだ」
 と歩み寄り、ドクロを奪い取った。
「旅人だよ」
「ただの旅人が組織のこと知ってるのかよ」
「興味があってね。だいぶ前になるが、組織に入らないかと誘われたが断ったことがあった。だからあんたのその首にある属印を見たことがあるんだよ」
「なるほど。だから知ってるってわけか」
 と、男は首にある属印を摩った。
 
組織の男は血に染まっているドクロを見て袖でふき取ろうとしたが表面の砂が落ちた程度だった。
 
「人の血だろう」
 フードの男は足元に広がる黒い血を見下ろした。
「オブもシシも死んでしまった。戻ってきたときには死体もなくなってた。魔物が全部平らげた」
「お前の仲間か」
「…………」
 
男はドクロを力なく地面に落とし、微かに笑った。そしてポケットからおもむろにひとつのアーム玉を取り出すと、眺めながら言った。
 
「俺は……ベストって言うんだ。第二部隊に所属してる。オブとシシとはいつも一緒だった。組織に入る前からの仲だったから」
 血で汚れた地面の中央に目を向け、ため息をこぼした。そして言葉を続けた。
「ここで異世界への扉を開けたんだ。異世界に飛べる人間は限られてる。強い魔力を持った人間じゃないと耐えられないんだよ。無事に向こうの世界に到達する前に死んでしまう」
「……その扉をくぐって死んだのか?」
「いや、扉をくぐったのはアーロンっていう男だ。戻ってきたときバケモノ化していて、その場にいたオブとシシを殺した。正確にはその場に扉を開く第一部隊もいたが、あいつらがオブとシシを食わせたんだ。その隙にアーロンを殺した」
「…………」
「俺はテントの後ろに隠れてそれを見ていただけ。その後は怖くなって逃げた。──で、やっと落ち着いて、今日忘れ物を取りに来たってわけ」
「…………」
 
フードの男はベストの話を聞きながら、内心焦っていた。もっと聞き出さなければ。恐らく時間はない。ベストという男が今握っているアーム玉は自身のものだろう。そして、このあと待ち受けている自分の運命を、既に受け入れているのが見て取れた。
 
「別世界には何をしに行ったんだ?」
「シュバルツ様のアーム玉の欠片を探しに、だよ。あれがないとシュバルツ様のすべての力が戻らない」
「手に入れたのか」
「確認してない。俺はすぐに逃げたから」
 と、ベストは全てを見届けられなかった自分に苦笑した。
「シュバルツが目覚めるのにその欠片すべてが必要なのか?」
「……あんたなんでそこまで興味があるんだよ」
 と、ベストは突然男に警戒心を向ける。
「金が必要になってね。今更だが組織に入りたいと思っている。仕事の内容を知りたい」
「…………」
 ベストは微かに笑った。「組織に入れば……二度と抜け出せない」
 
ベストがそう言った瞬間、彼の首に捺されている属印が光を放った。ベストは「これを……」と手に持っているアーム玉を差し出したが、フードの男は顔を背けた。
ベストは爆発音と共にその体は広範囲に飛び散った。
 
「…………」
 
男はベストが立っていた場所に目を遣った。自分の衣服に張り付いていたベストの頭皮がベシャリと地面に落ちる。髪の毛が風で揺れた。足元にはアーム玉が転がっていた。
男は片膝を突いて拾い上げる。ポケットに入れていた携帯電話が鳴った。
  
『生きてる?』
 電話に出ると、ローザがそう言った。
「あぁ」
『剣山島の件だけど、大したことなかったみたい。組織は関係なし』
「そうか」
 と、立ち上がったフードの男はマッティだった。
『そっちは? なにか収穫あった?』
「……まぁな」
 
そう答えたとき、10メートルほど先に魔法円が浮かび上がった。
 
「悪いが切るぞ。誰か来る」
 
男は電話を切った後、胸ポケットから取り出したゲート紙を広げてその場を後にした。
入れ違いにやって来たのは、また別の組織の人間だった。周囲を見回し、誰もいないとわかると舌打ちをして転がっていたドクロを蹴り上げた。
 

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©Kamikawa
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