voice of mind - by ルイランノキ


 全ての始まり2…『月光』

 
吹き飛ばされたカイの体が地面を転がった。激しく咳き込み、口の中を切ったのか血の味がしてペッと地面に吐き出した。
起き上がろうとする足がガクガクと震え、不様だなと自嘲する。立ち上がっても尚、ふらついた。傷ひとつ無く退屈そうに立っているシュバルツを見て、悔し涙が滲む。──シドがいたら、心強かったのに。
そんなカイのすぐ側をヴァイスが駆け抜けた。魔銃と体術を用いてシュバルツに挑み続けている。スライムのスーだって、何度も地面を蹴って立ち向かっている。傷ひとつ与えられず、体力を奪われ攻撃を受けるばかりでも、決して手を休めない。
カイはブーメランを構えた。──と、その時だった。カイとシュバルツが立っている丁度中間あたりに魔法円が浮かび上がった。魔物でも飛び出して来るのかと思ったが、そこから現れたのはデリックとアールだった。
 
カイはアールに駆け寄ろうとしたが、アールの様子がおかしいことに気づいた。膝をついているアールを必死に立ち上がらせようとしているデリックの姿が映る。戦う気力がないアールに、戻って来てくれた歓喜の声を浴びせるなんてことは出来なかった。
 
「お嬢、立ってくれ。ボスは目の前だ」
 と、デリックはアールのツナギを掴み、無理矢理に立たせた。
 生気のないアールの目に、シュバルツの姿が映る。
「救ってくれよ、世界を……」
 と、デリックが呟く。
 
シュバルツはアールを目で捉えると、虫けらを払うようにスーとヴァイスを吹き飛ばした。
アールの瞳孔が開く。デリックを払いのけ、ネックレスに戻っていた剣を元の大きさに戻すと、一振りして聖剣に切り替えた。
 
日常 驚愕 変化 強制 不安 出会い 別れ 恐怖 苦痛 嘆き 恐れ 笑顔 涙 トラウマ 願い 夢 記憶 再生 ぬくもり 裏切り 冷酷 悲しみ 爛れ 時間 絆 支え 痛み 安堵 悲観 疑念 覚悟 迷い 失望 残酷 絶望 ……
 
「破壊」
 
アールの目が金色に染まる。上空を飛んでいた魔物たちが次々に黒い灰となって舞い散り、アールへと吸い込まれてゆく。月光を遮っていた乱雲が消滅し、満月が顔を出した。アールを照らして影を生み出す。
 
デリックは退散しようかと迷ったが、既に大ダメージを負っているカイとヴァイスを見遣り、思いとどまった。バケモノを相手に自分に何が出来るのかわからないが、サポートに回るくらいなら出来るはずだ。カイに走り寄って回復魔法をかけてやった。
 
「ありがと……」
「なにがあったのか後で説明しろな?」
「俺が訊きたいよ。ルイは?」
「後から来るんじゃねぇの? 俺はお嬢をここに連れて来るのに必死だった。引きずって来たんだ。死体を運んでるような気分だった」
「…………」
 
アールはチェレンを呼び出した。クロスケではなく、ありのままの姿で。
チェレンは肉壁となってアールをシュバルツからの攻撃から守りながら、シュバルツを地獄の底へ引きずり落とそうと試みる。アールは魔力を溜めると一気に攻撃魔法に注ぎ込み、シュバルツの体力を削った。
 
 ワルモノはどっちだ
 
シュバルツの声がアールの脳内に響く。
 
「どっちも悪者みてぇだ……」
 と、デリックはアールの背中を見遣る。「悪 対 悪。闇 対 闇」
「そんなこと言うなよ……」
「世界にはそう見えてる」
「…………」
 カイたちの頭上にいた魔物はアールに吸収されてしまったが、ドルバードが4羽ほど飛び回っている。遠目からでは判別がむずかしいが、アールに吸収されなかったところを見ると航空機なのだろう。
「光はどこにある? わかりやすく後光でも射してりゃ、どっちを応援すべきなのかわかりやすいのにな」
「少なくとも月はアールを照らしている」
 と、スーを連れたヴァイスが歩み寄る。
 
デリックは月を見上げた。──微力だが、悪くない演出だな、と思う。
 
「そういや、お前らも光のひとつだろ。弱弱しい光だな」
 デリックが煽った瞬間、アールの攻撃魔法とシュバルツの攻撃魔法がぶつかり合い、大きな波動が広がった。咄嗟にデリックが3人分の個壁結界を張り、ダメージを逃れる。
「光に俺が含まれていないのが謎すぎる。──シュバルツに弱体化魔法を仕掛ける。効いている間ならお前らの攻撃も少しは効くだろ」
 と、デリックがシュバルツに駆け寄った。
「ルイはまだー…?」
 と、カイはなるべくシュバルツに近づきすぎないように気を付けながら、遠距離攻撃を与える隙を狙う。
 
ヴァイスはシュバルツの背後に移動したが、その直後、待っていたようにシュバルツの背中から不気味な触手がうねうねと這い出てきた。大柄の男にしか見えなかったが、魔物を体内に宿しているということを思い出す。伸縮や屈曲を繰り返しながら攻撃を仕掛けてくる触手を交わしながら、銃弾を撃ち込んだ。銃弾が貫いた穴から新たに細長い触手が生えてくる。厄介だな、と思いながら脳裏に浮かぶのはシドの姿だった。彼なら一本一本斬り落としていくだろう。斬り落としたところで、すぐに再生しそうだが。
 
チェレンを連れたアールとシュバルツの戦いが続く。シュバルツの攻撃力は凄まじかった。光・聖属性以外のすべての魔法を操り、ヨグ文字を使った特殊攻撃も仕掛けてくる上、防御力も優れている。アールの戦い方は頭脳派ではないため、シュバルツの攻撃を受けた後にここぞとばかりに力任せに攻撃を繰り返す。チェレンが攻撃に回った隙にシュバルツの攻撃を真正面から食らったが、膝をつくことはなかった。しっかりと大地に立ち、焼け付く痛みを無いものとして意識は常にシュバルツに向けられたままだ。
 
アールの目にはシュバルツしか映っていなかった。一瞬の隙も逃すまいと瞬きもせずに凝視し、魔力が回復するごとに攻撃を浴びせた。
シュバルツの攻撃も止むことはなかった。何度目かの攻撃を受けた際、足元がふらついて小首を傾げる。意識はシュバルツにしか向けられていないため、防護服の効果が切れていることにも、足の筋肉が壊れていることにも、顔の皮膚が半分爛れていることにも気づけない。自然回復が間に合っていないのだ。
 
チェレンの手がシュバルツの首を捕らえ、反対側の手で頭を握りつぶしたとき、シュバルツの足元にヨグ文字があしらわれた魔法円が広がってその体を変化させた。ボコボコと皮膚が泡のように膨れ、みるみるうちに巨大化していく。背中の触手は尚も暴れ続け、ヴァイスの足に絡みついた。
 
「逃げろ!」
 と、ヴァイスは咄嗟に肩にいたスーに叫ぶ。
 
スーは逃げなかった。ヴァイスの足に絡みついた触手をどうにかほどこうと試行錯誤するが、別方向から来た触手に捕らわれてしまう。そして、更に別の触手がヴァイスの体に巻き付いた。ヴァイスはライズに変身し、触手に噛みついたがびくともしなかった。体を強く締めあげていく。バキバキと骨が折れる音がした。痛みに意識が遠のく。抵抗が出来なくなったヴァイスを触手は遠くへと投げ飛ばした。
壊れた人形のように丘を転がったヴァイス。潰されただけでは死なないスライムのスーは解放された瞬間に慌ててヴァイスに駆け寄った。
ヴァイスの胸が光り輝く。モーメルから授かった護符の力で息を吹き返した。
スーを肩に乗せて立ち上がり、丘の上を見遣った。アールが召喚したチェレンより何倍も大きいバケモノが咆哮を上げている。その風貌は角とコウモリのような羽を生やした悪魔のようであるが、目は極端に小さく、大きく開いた口には尖った無数の歯が見えた。足元にはヨグ文字が使われた黒魔法円が広がり、ムカデや蜘蛛といった虫系の魔物やアンデッドを生み出している。そしてシュバルツの周囲を渦巻く黒煙にはもがき苦しむ人間の顔が浮かんでは消え、不気味さを増していた。
 
アールの足元に湧き出た魔物が忍び寄る。逃げる様子もないアールに、カイが大声を上げた。
 
「アールッ!!」
 
カイが叫ぶ視界の端でデリックが魔物を追い払おうと長い刀を振るうも、次から次へと湧き出る数が多くて太刀打ちできない。アールを助ける余裕もなかった。
シュバルツが攻撃魔法のスペルを唱えた。地獄の死者のようなその声に応えるように頭上に魔法円が浮かび上がる。散りばめられたヨグ文字が血のように赤く色づいている。
 
デリックはアールに向かって分厚い結界を放ったが、結界は脆いガラスのように粉々に散った。
 
上空から火の雨が降り、大地を火の海に変えた。カイ、ヴァイス、デリックは身を守れずに地面に崩れ落ちる。ヴァイスは立ち上がれない体でシキンチャク袋から回復薬を取り出し、体に流し込んだ。スーを連れて丘を駆け上がる。シュバルツの前に魔物が山を作っていた。はじめはそれがなにかわからなかったが、そこにアールが立っていたことを思い出し、散弾銃を放った。
アールを覆っていた魔物が少しずつ散っていく。立ち止まっているとヴァイスを目掛けて魔物が寄って来る。動き回りながらアールの姿を捉えようと必死に立ちまわる。
 
目を見開いたまま横たわっていたカイの護符が力を発揮した。咳き込みながら体を起こし、震える手で回復薬を飲んだ。
 
「はぁ……はぁ……」
 どんなに体力を回復しても心臓が苦しい。恐れが足を震わせた。
「カイ! 結界紙持ってるか!?」
 デリックがカイに駆け寄った。
「……敵の姉ちゃんに使った」
 ムスタージュ組織のチェスターの命を奪わずに律義に結界紙まで使ってその身を守ってやったのを今になって後悔する。
「はぁ? 俺がいなかったらどうやって身を守るつもりだったんだよ!」
「……ねぇ、ルイは?」
「知るか!」
 
飛び回っているヴァイスに攻撃魔法が降りかかる。スーが体を張って攻撃を受け止めた。ボールのように地面を転がる。ヴァイスはスーを拾い上げ、アールを気にかけながらもシュバルツから距離を取った。
 
「スー、お前は自分の身を守れ」
 スーは傷を負った体でヴァイスの肩によじ登った。
「お前は生き残れ」
 スーはヴァイスを見上げた。
 
再びシュバルツが咆哮を上げ、大地を震わせた。再び頭上に魔法円が広がる。
ヴァイスは隙を見てカイとデリックの元へ移動した。
 
「デリック、スーを連れて行ってくれ」
 と、肩にいたスーを掴み、デリックに差し出した。
「連れて行けって、どこに」
「どこでもいい。ここより安全な場所にだ」
 スーはヴァイスの手の中で必死に体を引き伸ばしながら抵抗する。
「……コイツはまだ戦えるって言ってるぞ」
「頼む。私はスーを守れない」
「守ってくれなんて言ってねぇだろ。なぁ? スライム」
 デリックの声に応えようと必死にヴァイスの指の隙間からぬるっと抜き出て拍手をした。
 
上空から火の雨が降り注ぐ。デリックが全員を取り囲む二重結界を張ったが、すぐに解かされてしまった。攻撃力が高く、結界を挟んでもダメージを食らう。
スーが隙をついてアールの元へ向かった。
 
「スーちんッ!!」
 カイは地団駄を踏んだ。助けに行きたいが近づくと自分たちの身が危ない。手足が出せず、どうしようもない。
 
スーはアールを取り囲んでいた魔物の隙間をすり抜け、アールの肩に移動した。スーはアールを見上げて目をパチクリとさせた。アールが泣いている。瞬きもせずに呆然と一点を見つめ、涙を流している。肩に乗ったはいいがどうしたらいいのかわからず、手を作ってアールの涙を拭いた。
 
「スーちゃ……」
 と、アールの意識がスーに向いた。
 
──だいじょうぶ。がんばろう。ボクもがんばるから。
スーは何度もアールの涙を拭った。
 

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