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  • 見惚れてんじゃねえよ 2/2

気を取り直してトイレから出ると、わざわざ違う階に来たはずなのにうちの女子社員が数人入り口に立っていた。
不思議に思ったが「お疲れ様です」と通りすぎようとした瞬間、腕をつかまれてしまった。

「少し話があるんだけど、いい?」
「…え?」
「あのさ、営業のペア、上司に変えてくれって頼んでくれない?」
「はい?」

何だその小学生みたいな要求は。
「あの子の隣ずるーい、先生に変えてって言ってよー」みないな。
突然の要求に呆然としていると、もう一人が睨みつけるように言った。

「あなただって嫌そうじゃない、だから課長に頼んでよ」
「嫌です」

咄嗟に断ってしまった。
しまった、もう少し軽く流せばいいのに、自分で発した言葉に自分が一番驚いた。

「個人的な事で上司には言えません、仕事しに来てるんですから」

これは本当。そんな事当たり前の事。
仕事をしに来てるんだから、人間関係の事は持ち込まない、仕事では常識でしょ?
模範解答のような返事に納得できなかったのか、更に詰め寄られてしまった。

さ、さすがに女子5人に囲まれると迫力あるなぁ、なんて悠長な事を考えてしまったが
この状況、ちょっとまずいんじゃないかなーなんてぼうっと考えていると
またまた想像もしていなかった人の声が聞こえた。

「こんな違う階で女子社員揃って、楽しそうっすね」

如月だった。
先輩社員もいる為か、少し敬語が混じってる。
というか、何でこいつまでこの階にいるのよ、ここ違うオフィスの階だから。

突っ込みたい衝動を抑えた。それどころじゃない。

「仕事がないなら早く帰った方がいいと思いますけど」

気のせいだろうか、いつもの愛想笑いが無い。
少し怒っているようにも見える。

「この子、如月君とペア組むの嫌なんですって」
「そうそう、一人で言うの辛いから一緒に課長の所に行ってほしいって頼まれちゃって」

おいおい、いつ誰がそんな事を頼んだ。
言いたい、すごく言いたいけど未だに囲まれたままで身動きも出来ず、正直びびってる。
女の執念は怖いんだもん。
それに、それでペア解消になったとしても、仕事に集中出来て良いことじゃないか。

いい事…だよね。

呆然と考えていた。
どうしてまたあたしは言いきれないんだろう。
どうして…

「別に、俺は最初からこの子を指名するつもりでしたけど?」
「え?」

え?
女子社員の疑問の声とシンクロしてしまった。
何で?どうして?そればかりが頭の中に残る。

「仕事、真面目にこなしてくれますから」
「そんなの、あたしだって」
「化粧直しに何度も席立たれるの、嫌いなんで」
「でも!!」

引き下がらない女子達に、ふうとため息をついてすぐににらみ付けた。

「今後、こういう事はやめて下さいね」

そう言って足早にあたしの所まで来て、すっと腕に抱きかかえられた。
背の高い彼に抱えられて、少し宙に浮いてしまう。
それでも、あの女子社員の中にいるよりは居心地が良かった。
ううん、ここが居心地良かった。

「じゃ、そういう事で」

そのまま背を向け、オフィスまで階段で向かう。

「あの、もう降ろして…」
「…あのなーもう少しうまくかわせよ、あーいうのは」
「でも如月が出てきた事で更に悪化したりして」
「はぁ?何だそれ、んなの蹴散らしてやれ」


蹴散らせって…どうやって。
そう思って彼の顔を見た。斜め下から見る彼の顔。
整った彼の顔、見ていると胸が締め付けられるように苦しかった。

あたし、もう好きになってしまったんだろうか。
心が一生懸命否定をしても、体は正直で、胸は苦しいし、心臓は高鳴ってるし。
顔だって、きっと赤い。

しばらく無言で彼の顔を眺めていたせいか、彼もそれを気づいて一言呟いた。



見惚れてんじゃねーよ




そう言った彼の顔が少し赤かったのは、絶対見間違いじゃない。



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