text

  • whisper02

「やり直し」
「はい…」

これで6回目。
6回ならまだ少ない方…

って、昨日と全く同じ出だし!?
今日の始まりがあまりにも昨日と酷似していたから、思わず昨日の出来事が夢だったんじゃないかと錯覚してしまう。

ううん、夢じゃなかった。

「好きだ」

そう確かに言われた。
思い出そうとすると、課長からかすかに香るアークロイヤル(*1)の匂いに酔ってしまいそうになる。

「どうした?ぼーっとして」

「いえ、何でもありません!!」

慌てて口を手で隠し、首を横に振ると「寝ぼけていないでさっさと直すこと」なんて言いながら、えくぼを見せてふと笑った。
そんな一連の流れに見とれてしまいそうになるのをおさえて、「失礼します」と落ち着いて礼をし、すぐに自分の席へと戻った。

課長の態度がいつも通り過ぎて、違和感がぬぐえない。

(慣れているのかな?それともただからかっただけ?)

一抹の不安が背中から忍びよっている気がした。
それを振り払うように首をぶんぶんと勢いよく振ってから、両手で軽く両頬を叩く。

「だ、大丈夫ですか?」

「先輩、そんなに落ち込まないで下さい!」

私の様子を見ていた後輩たちが心配そうにあたしを眺めていた。

「あ、大丈夫、気合い入れ直していただけだから」と軽く笑顔を見せると「それならいいですけど…」とまたパソコンの画面に視線を戻した。
あたしもスリープ状態になっていたパソコンを、マウスを動かして起動させ、駄目出しされた企画書のファイルをじっと眺める。
真剣に仕事に取り掛かりたいのに、どうにも落ち着かない。

当然といえば当然だ。
いくつになっても、好きな男に「好きだ」と言われて喜ばない女はいない。
だけど、問題は今思い出しても恥ずかしい上に失礼な態度をとったあたし自身だ。


「え?す、好き!?」

「そう、好き」

「え?課長が?あたしを…好き?」

「おかしいか?」

「いえ、おかしいというか、不思議な感じで…」

「なんだそれ」


好きだと囁かれ、触れるだけの優しいキスをされたあたしは、状況がつかめずに頭が混乱していた。
思考を強制終了したいくらいに、脳内がぐるぐる回って整理がつかない。
全身の体温が一気に上がっている感じがする。
心臓の音がまるで飛び出してきそうな程大きく脈打っているような気がする。

「それで?返事は?」

「へ、へ、へ、返事!?」

「俺の事、恋愛対象として見れるか?」

「あ、あ、あたし、あたしは…」


そうだ、混乱している場合じゃない。
言わなきゃ、嬉しいって、すごく嬉しいって。
なのに、胸は苦しいし、心臓の音はうるさいし、顔の赤さは気になるしで焦るばかり。
「あたしも」そう一言言えばいいだけなのに、その一言がなかなか出てこない。


「…ムリか」

まるであたしが拒否するのを予想していたかのような、納得したような、諦めたような力のない表情であたしを見つめていた。
違う、そうじゃない。
あたしも好きなんです!!


急いで言わなくちゃ。
そう思ったらいつの間にかあたしは立ち上がって、課長をじっと見つめていた。

「あ、あた、あたたたたた…」

「…ケンシロウ?」

「あ、あたしも好きですーーーーー!!」



そして走り去るあたし。
何をやってるの!?と自分でも突っ込んでた。
でも、言い終わった後足が勝手に課長とは反対方向に向かっていた。
何て告白、何て態度。
後ろを一度も振り返らずに走ったおかげで、課長の顔を見ずに済んだのは良いのか悪いのか…
わ、悪い…よね。


そう思って今日は早起きして会社に向かった。
いつもより2本も早い電車に乗って、何よりも最初に昨日の失態を詫びて、改めて「好き」と言いたかった。

でも、昨日逃げ出してしまう程臆病者のあたしは、課長が会社に来た所を捕まえて誰もいない所に呼び出し告白をする、という芸当を持ってはおらず、結局始業時間が始まってしまって、昨日と同じ出だし。

情けない…
落ち込んでいるせいか、企画書の直しをしたくても、なかなか手が動かない。
むしろ、手がキーボードに向かってくれない。
頬づえしながら右手でマウスを動かすくらいしか出来なかった。

このままの状態が続いたら、あたしはきっと、もっと「好き」と言えなくなるだろう。
そして、課長もあたしとは結ばれないと諦めてしまうかもしれない。

嫌だ、せっかく好きと言ってくれたのに、これが一度きりのチャンスなのに、棒にふるなんて絶対に嫌だ。


急いでパソコンのデスクトップ画面にあるスカイプを開き、課長とコンタクトを取るページを開く。
うちの会社は各支店の社員とも簡単に情報交換が出来るように、メールと合わせてチャット機能を持ったスカイプを導入している。
メールだと誰とどんな文章を送りあったのか、システム部にばれる可能性はあるが、スカイプまではそんなにチェックを入れていないはずだ。
仕事の道具をこんな風に使うのは嫌だけど、今回だけ、今回だけ許して下さい。

椅子に座りなおして、急いでキーボードに手を置き、文字を打ち始めた。

------------------

この通信は完全に私用の為
閲覧後は削除をお願いします。

------------------

って、用件全く書いてないのに送ってしまった!
は、早くしないと!
きっともう課長のデスクトップには、あたしからのスカイプが届いている。
用件を…と思ってまた改めてキーボードに手をおくが、全く手が動かなくなってしまった。
あぁ、内容考えてからコンタクト取ればよかったのに、後悔先に立たず。
早く送らなきゃと思うだびにまた頭が混乱して手が止まってしまう。

が、頑張れ、頑張れあたし!!

気合いを更に入れて、指に力を入れた。


-------------------

今日、食事どうですか?

-------------------


送った後、ちらっと課長の席に目をやると、パソコン画面を見て、目を見開いて驚いているようだった。
そして、すぐにキーボードに手をやり、何かを打っているようだ。
見続けていると、ふと課長と目があった。
勢いよくそらす訳にもいわず、でもじっと眺めるのも恥ずかしい、なんて思っていると、いつもの笑顔を見せてくれた。


ゆっくりと目線をそらし、自分のパソコンを見ると、課長からメッセージが届いていた。


-------------------

19:00 駅前の喫茶店で

-------------------

好きです



二人きりになったら、絶対に言おう。


(*1)煙がバニラの香りのするタバコの名称

next

[*prev] [next#]

PageTop

.


.





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -