text

  • whisper01

「やり直し」
「…はい」

これで5回目。
5回ならまだ少ない方。
企画書を何度提出しても、「これメリットあんの?」「本気でやりたい企画?」と容赦なくツッコミが入る。
そのたびにあたしは体がびくついてしまう。

イベント企画関連の会社に入社して、かれこれ4年。
いい加減後輩を連れて引っ張っていかなきゃいけない年なのに、課長にダメ出しをくらうたびに今だに泣きそうになってる。

「先輩、大丈夫ですって、俺は最高25回ですから!」
「そうですよ、あたしだって20回はくだらない」
席の近い後輩が小声で励ましてくれた。
思わず声を大にして感謝を伝えようとしたが、はっと視線を感じて息を呑んだ。
如月課長があたしを見つめている。
まるで「話をする暇があるなら企画書やり直せ」と訴えてるようだった。

「ありがと」小声で言いながら自分のイスに座り、スクリーンセイバーになっていたパソコンを、マウスを動かしデスクトップ画面を出した。
『企画書0928』名のフォルダをクリックし、ファイルを開いてため息をつく。

「…どこ直せばいいのよ」

如月課長は、正直行って厳しい。
あたしより10歳上っていうのもあるけど、近寄りがたい雰囲気がある。
メガネをかけて、視線を向けた姿はぱっと見インテリ系にも見えるけど、近くで見ると目元は少し下がり気味で、ふと見せる笑顔にはえくぼがあり、メガネを外したらたぶん実年齢よりは若く見えるんじゃないかと思う。
外見は良いのに女子社員に人気がないのは、あのツッコミのせい。
何でも口にする、正直な人だから、立場上そうしているのかもしれないけど、いちいち一言がキツイ。
だから最初は見た目で近づく新入社員も、如月課長の最初の一言で皆疎遠になる。

あたしは、というと、正直好きだった。
仲の良い同僚に「あんたマゾでしょ」と言われてしまったが、あたしは入社した時からずっと如月課長が好きだ。
どんなにキツイ一言を言われても、企画が通ると彼はふっと一瞬だけ笑ってくれる。
えくぼが出来て、目元がすごく優しくなる。
その目に見つめられると、胸が激しく動く。顔だって、絶対赤くなってると思う程体温が上昇する。
思えば、そのたった一瞬の笑顔を見たいが為に、あたしは企画書を何度も提出しているのかもしれない。

「お疲れ様でしたー」
「あ、お疲れー」
定時になり、社員がそれぞれ帰っていく。
ダメ出しされた企画書に目を通し、深呼吸をした。
「少し、休憩しよう」
そう決めて、オフィスから離れた自動販売機が設置されている休憩所まで歩き、コーヒーを買った。
缶を開け、休憩室のソファーに一気に座り込んだ。
「はぁ、出来るだけ直してから今日は帰ろう」そう決めて、コーヒーを一気に飲み干し、タバコに火をつけた。

「お疲れ」
「あ、お疲れ様で…」
後ろから声が聞こえて、タバコを持ちながら後ろを振り返ると、何と声の主は如月課長だった。
「お、お、お疲れさまです!!」
慌てて立ち上がり、如月課長の方に体を向けた。
体中に緊張が走る。さっきまでのくつろぎ感は一気に消えうせた。

「別に、もう定時過ぎてんだから、そこまでかしこまらなくても」
そう言ってふっと笑った顔がとても若く見えた。いや、これは失礼か。
でも、如月課長は笑うと、まるで同世代みたいに思える。

「頑張ってるな」
そして、メガネをはずして、あたしの隣に座った。
「え、あ、ありがとうございます」
どうしたらいいのか分からず、隣に座っている如月課長をじっと眺めてしまう。
キレイな横顔、透き通った肌、整った鼻立ち、全てがあたしに視界に入り、まるで幻想世界にいるかのようなふわふわした感覚に陥った。

「どうした?」
うつろな目で見ていたせいか、如月課長が不思議そうな顔であたしを覗き込んできた。
その動作に慌てて首を横に振り、「何でもないです!!」と叫んだ。
「変なやつ」
あ、また笑った。嬉しい。本当に嬉しい。
如月課長の笑顔を見るだけで、疲れなんて吹き飛ぶ、頑張れる。
あたしは如月課長に元気をもらってばっかりだ。
思いを伝えられなくても、これだけで幸せな気持ちになれる。

「もう、入社して4年か…」
「はい、成長したでしょうか?」
「したに決まってる、保障するよ」
言いながら、こちらを向いて微笑んでくれた。
「ありがとうございます」
素直に嬉しかった。好きな人に認められるなんてこれほど嬉しい事はない。
だけど、今日はこれだけじゃなかった。

「企画書、直しは明日にしなさい」
「え?でも…」
「あんまり根つめても、いいものは出来ない」
「…分かりました」

本当は続きをしたかったけど、課長が言うなら仕方ない。
今日はまっすぐ家に帰り、休みながら構想でも練るとしようか、なんて考えていると、課長が突然「いや、違う」と俯いて呟いた。
そして顔を上げると、ゆっくりとあたしを見つめる。

「それは、口実で、俺が食事に誘いたいって言ったら…どうする?」
真剣な眼差しであたしを見つめている。彼の目には今あたししか写っていない。
こんな事を言われたのは初めてだった。だから驚くよりも放心状態になっている。
「あの…」
何を言っていいのか分からず、戸惑っていると、いつのまにか彼の腕はあたしの後ろにあり、押すように体を近づけさせた。
そして、彼の顔はあたしの耳元にあり、息遣いが直で聞こえてしまう。
腰に当てられた手も、彼の息遣いもあたしの血流を一気に逆流させてしまうんじゃないかと思うくらい、くらくらした。
彼の吸っている独特のたばこのせいか、甘いバニラの匂いがあたしの脳内を染み渡らせる。


好きだ




熱い、熱い囁きに、もう何も考えられない程
心が震えていた。


next

[*prev] [next#]

PageTop

.


.





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -