琥珀の月 | ナノ


▼ 溶けゆく青氷

 
 
 
 
 
夏油から見るに、廻神流生という少女は“ちぐはぐ”だった。


並の術師であればまず対峙することすらままならないだろう特級呪霊。それを怯みもせず冷静沈着にものの数秒で祓ってしまうその実力は、明らかに1級レベルで収まるものではない。



食事をしていた時、あの呪霊は赤ん坊が包丁を持ったようなものだと流生は言っていた。強大な力を突然手に入れただけの存在。制御の効かない爆弾。それも危険ではあるのだが、つまりは変に知恵を付け始める前の段階であったので祓うのも比較的難しくはないとのことらしい。五条と夏油でも倒せるとも。


そも、13歳の少女が普通に語ることではない。




夏油は様々な想像という名の推測を立てた。少女の生い立ちや現在の境遇などについて。完全に場慣れした様子や淡白な物言い、笑みの浮かばない表情。


呪術界においては、御三家のように幼少からこの世界に関わってくる人間もいる。同期の五条が最たる例だろう。そうでなくとも小さな頃から呪霊や呪力の存在に気付いていただとか。

それで慣れている可能性はあるが、だとしても高専に住み任務を与えられるだろうか? 中学にも登校していないと言うし、あの様子だと小学校時代もほとんど同様であったと考えられる。いつからかは分からないが。


何かしらの事情で高専にいることは確かで、それが呪術師として前線に出ている理由にも繋がるのだろうと単純に予測した。というかそれ以外にないだろうが、少なくとも前向きなものではないと、流生を見ていて思う。

遊びたい盛りの年齢から呪術界で任務をこなしていたとするなら、あの落ち着きについては納得出来なくもない。子供らしい元気さだとか純粋さだとかは大人になるにつれ薄れていくものだ。高専で歳上ばかりと関わっているのも要因の一つか。



しかしながら、皮肉も冗談も通じない無感情かつ機械的な性格かと思えば、そうではないことも昨日一昨日の“交流”で分かった。


それは今も続いている。





「ッんでだよ! クソッ!」



暴言と共に、五条の体が何度目か分からないが宙に放り投げられた。空中で体勢を直し着地するとまた苛立ちの絶叫を上げる。

ちなみに初回は綺麗に弧を描いて背中から地面に叩きつけられていた。

己は強いと自負する五条が納得するはずもなく、間髪入れず再戦。そして今度は投げ飛ばされた。汗と砂が混じるのが可哀想だと思ったのか、2回目以降は空中に放ることにしたらしい。



「このチビ! ゴリラかオマエは!」

「……」

「だぁぁあああああ!!」



一際高く白い頭が青空をバックに舞う。





流生は滅法体術が上手かった。


初めに五条が背負い投げされた時、夏油も家入も、五条本人も目を点にした。誰が思おうか、あの体格差でいとも容易く大きい方が投げられると。

五条が油断していたという可能性もある。炎天下の中グラウンドに呼び出した四人に「体術強化だ」と言い渡した夜蛾。誰が誰と、そう聞く五条に当然のように流生と男二人を指して戻った。

いくら何でもナメすぎだろうと不意打ちで流生へ手を伸ばした卑怯な男が、直後に地面へ伸されたという訳だ。ナメていたのは男の方だった。大体、「そのチビが強いのはもう知ってる」と言ったのは自分だろうに。

結果五条が投げられる事実は変わらず、油断していようがいまいが同じだった。

しかし気持ちは分からなくもない。あの小柄で華奢な体躯だ。術式ありきの強さだと考えるのも妥当。



「ナメてもらったままで結構です。そういう相手の方が簡単ですから」



それが実体験から出た言葉だと夏油には分かった。

子供だから、女だから。そういう扱いをするのは人間だ。呪霊は大概相手が子供だろうが女だろうが関係無く襲うのだから。これが、流生が対人間の経験もあることを示している。

おまけに「でも無限があればそもそもあたらないわけですし、余計ですかね?」と暗に負けたままでもいいのではという煽りをかました為に、五条は延々と向かっては投げられを繰り返している。



そして今日一番高く投げ飛ばされた五条が着地し、そのまま仰向けに地面に寝そべった所で、流生が夏油と家入のいる木陰に入ってきた。



「21…22? 連勝です。うぇーい」



うぇーいと言うが棒読みな上、無表情である。直射日光の下にいたのに少しの汗も見えず息の乱れもない。確かに動いていたのは五条の方で、流生はただそれを流してぽんぽん投げていただけだが、それでも汗くらいはかきそうなものだ。



「いつまでやんの、これ。私飽きた。暑いし」

「先輩に言ってください。というか硝子さんは別に戻ってもいいのでは?」

「怪我とかしたら診ろって」

「あぁ…熱中症とか、あるかもしれないしね」

「先輩は熱集まりにくいから大丈夫だと思います」

「悟の髪のこと言ってる?」



暗色の方が熱くなるのは常識だ。気になって流生の頭に触れてみると、軽く自販機のホットドリンク並みには熱を持っていた。



「硝子、これ頭すごい熱いけど、大丈夫?」

「え、流生ちょっと動くな」



家入が自分がかけていた五条のサングラスを流生へ回し、夏油と同じようにその頭に触れる。



「眩暈とか吐き気とか」

「しいて言うなら眠いです」

「眠気も症状に入るけど…まぁ大丈夫、普通に日光で温められただけ」



熱を引かせるように家入の手が黒髪を往復する。サングラスの下の目を細めて受け入れる様は猫のようだ。

補助監督の佐野の手は威嚇よろしく叩き落としていたが、流生は基本的に頭を撫でられるのが好きらしい。家入や夏油のそれを拒んだことはない。五条に限っては撫でるという表現に見合った触れ方をしている所を見たことがないが、していたらしていたで幻に思いそうでもある。


歳不相応に落ち着き払った任務時の態度を知っているからか、こういう素直で可愛らしい一面が見えると何となく嬉しくなる。恐らく家入も同じだろう。


家入の方は寮が隣部屋らしく、一昨日四人で昼食を共にし戻ってからも、流生の生活改善を試みて色々と行動しているようだ。甲斐甲斐しく世話をしてやるような性格には見えないが、この場合は見るに見兼ねた結果だろう。

連帯責務だとその日の夜も翌日の朝昼晩も四人でテーブルを囲んだ。責務など、“総合的指導”を受けるのはこちらのはずではと指摘すれば、それはそれこれはこれと一蹴された。


結果二日というこの短い時間でおおよその関係性が出来上がった訳だ。


夏油は、もし流生ではない普通の13歳の女子が相手だったら、こうもハマることはなかっただろうなと考える。そんな“普通”の人間が関わる世界でもないのであくまで想像で。


家入の圧に固まり、五条と蹴り合い、夏油をお母さんと呼ぶ。この面子に早々に馴染むような人間が、真面目で愚直な性格であるはずがない。

端的に言うと、同期三人と流生は波長が合った。そこそこにふざけるしそこそこにやり返す。場面で切り取れば、それは普通の学友達の戯れ合いと変わりない。


変わりないからこそ、“ズレ”が生じる。


多少の年齢差は置き自分達と年相応にふざけた部分を出す時と、垣間見える達観した思考や呪術師としての並外れた才。

夏油の中ではそれらがどうしても結びつかなかった。反対色をわざと繋げたような、規則正しい列の中で一つだけ逆を向いているような噛み合わなさ。

結びつかないというより、己が結びつけたくないだけなのかもしれなかった。

こうして知り合い言葉を交わしてしまったから、呪術師という枠に縛られず“自由に過ごして笑えばいいのに”と思うのだろうか。結びつけてその整合性を認めてしまったら、流生の幸福を否定してしまう気がした。
 
 
 
 


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