琥珀の月 | ナノ


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寮の共有スペースには冷蔵庫など生徒共用の生活必需品があるが、流生の部屋は個人用にそれらが揃えられていた。

冷蔵庫に電子レンジ、洗濯機、乾燥機、テレビ、カセット式のガスコンロ、流し場、トイレや風呂場まである。完全にこの部屋内で生活に足りる設備が整っている。


聞けば、許可を得た上で隣の空き部屋の壁を取り払い一緒にしたらしい。水回りや家具は元々あった物以外は全て自費で補填したという。1級呪術師として俸給は年齢関係無く要求しているというので、金銭面はその辺りの大人より遙かに潤っているだろう。

「めんど…いや、私は生徒ではないので」と語った流生は、その言葉通り共有の物を使うことに遠慮したのではなく、ただ相当な面倒臭がりを発揮しただけだった。わざわざ違う場所に何か取りに行くなど往復するのが面倒、というのが本人が言ったわけではなく夏油の意訳であるが恐らく正解だ。






「…本当に米とお茶漬けの素だな」

「そうだって言ったじゃん」



冷凍庫の中、五条が入れただろう棒アイス以外には袋に小分けにされた白米がいくつも重ねられており、横の棚にはお茶漬けの素だけが何袋も入っていた。冷蔵の方に紙パックの野菜ジュースが並んでいることは知っているが、どうしてこう極端なのか。


思わず呟いた夏油に返した家入は、その野菜ジュースを勝手に持ち出してローソファに座り寛いでいる。隣にいる流生は相変わらず眠ったままで、だらんと垂れた四肢や傾いた頭はさながら人形のようだ。


後で代わりを入れておくからと心の中で言って、夏油も野菜ジュースを拝借してラグの上の座椅子に腰を下ろした。

ローソファは元々あったがその両脇に置かれた二つの座椅子は五条が持ち込んだ物だ。流生の部屋が広いので昨日一昨日と食事はここでしていた。一年の溜まり場にこの部屋が確定されつつあるので、多分、というか確実にこの座椅子は部屋から出ないだろう。






「お、クーラー効いてる、涼し〜」



快適快適、と声を弾ませて部屋に入ってきた五条が真っ直ぐに冷蔵庫へ向かう。着ているものは汚れのない白いTシャツに変わり肩にタオルを引っ掛けている。


冷凍庫を開けて「うお、ほんとに米ばっか」と夏油と同じ感想を溢しながらアイスを4つ取ると、空いた座椅子に胡座をかいた。



「ん」



差し出されたそれを家入と軽く礼を言って受け取る。四角い水色のアイスは見た目通りのソーダ味だ。外側をその細かな氷で覆われて中にバニラアイスという、箱に10本程入っているよくあるタイプ。



「なんでオマエら野菜ジュース飲んでんの」

「あったから」

「とりあえず冷たいものが欲しくてね」



ズズ、と飲み終えた紙パックをテーブルに置いた家入がアイスの袋を破る。

五条は聞いたくせに興味無さげに生返事をして自分のアイスを咥えると、もう一つ袋のままのそれを流生の頬へ付けた。




「……」

「……」



まあそうだろうな、と思いながら夏油もアイスを一口齧った。シャリシャリとした食感と清涼感のある冷たさを享受する。


氷点下の温度が肌に触れても動きもしない。

流生は一度寝るとこれが中々起きない。佐野が極力起こすなと言ったこともあり夏油はこれにも何か理由があると踏んでいるが、普通に疲れている可能性もありえなくはないので聞いてはいなかった。家入が面倒を見ていることを知った佐野がならばと頼んだらしく、食事の際は起こす許可が下りた。

というか食事や訓練など目的がある時以外で起きている姿をほとんど見たことがない。猫か?



「……ぃ…」

「ん?」

「何か喋ったな」



寝ていてもいい加減冷たい刺激に耐えかねたのか、流生の口から僅かに音が漏れた。アイスが離された頬はそこだけ赤くなっている。



「…寒い」



はっきり聞こえた単語と同時、薄く開いた瞼から金色が覗く。



「……」



目の前に五条がいるが目は合っていないようで、すぐに閉じられた。静かに体勢を変え始めた流生は、結局ソファから若干はみ出ながらも五条に背を向けて丸まり、また動かなくなった。猫か?



「冷たいんじゃなくて寒いのか」

「起こしていいだろ。一応授業中? だし」

「授業中に思いっきりアイス食べてるけど」

「まぁそれはそれ」



自分のアイスを全て食べ切った五条が再び開いていないそれを構えて流生に近付ける。腕で顔を隠すようにして寝ているので、今回は首筋を狙うようだ。



「普通に起こす気ないワケ?」

「つまんないだろ」



批難めいた言葉をかけた家入に五条がチラリと視線を向ける。


その一瞬だった。





「うおっ!?」



しゃがんでいた体勢に足払いをかけられた五条の身体が斜めに傾き尻餅をつく。咄嗟に床に腕をついて倒れはしなかったが、アイスはその手から離れて宙に放り出された。


それを器用に目の前でキャッチしたのが、足払いをかけた流生である。寝起きとは思えない俊敏さだ。



「?」


「オイその顔やめろ。なんでコケてんのみたいな顔。オマエが転ばしたんだよ! なんでいきなり足払いなんかしてくんの!?」

「……首を狙われた気がしました」



間違いではない。むしろその通りである。


小首を傾げた流生は一通り周囲を見回して自分の部屋であることを理解したようで、手に持つアイスに視線を止めた。

既に夏油達は食べ終わっているので、同時に取り出されたそれは溶け始めている。かろうじて形を保っているだけの青い氷をじっと見つめる流生に、五条が急かすように促した。



「早く食わねーと溶けるぞ」

「…いただきます」



袋から出したアイスに流生が口をつければ、やはりシャクリという音もせずに消えていった。冷たさはあるのだろうが、果たして氷独特の食感をなくしたあれは美味しいと言えるのか。



「これを入れたのは先輩だったんですね」



咀嚼した様子もなくほぼ液体を飲み込んだのと同じようにして、流生が五条に言う。



「まさかアイス食ったことないとか?」

「いえ。佐野さんはこういう嗜好品はあまり入れないので、誰だろうと思っていただけです。硝子さんは基本的に消費する分しか持ち込みませんし」

「その時必要な食材だけだから。ていうか流生、レシピあれば料理作れるでしょ。なんでお茶漬け」

「……早くて美味しいので?」

「極端か」

「硝子さん、私は学びました。食事は馬鹿にできません。なので温かいご飯と程よい塩分、さらっと食べられる利便性と和の味です。お茶漬けこそ和食の真理です。あれで生きていきます」



「「「何言ってんの?」」」



何をどう学んでそうなったのか全く分からない。



「まず流生ちゃんは好き嫌いをなくさないとね」

「確かにな。オマエ多すぎだぞ」

「違います。食べられないのではなく食べないだけです」

「一緒だよ」

「……」



反応しなくなった流生は、無言でアイスを食べ進める。溶けて滴り落ちた青い雫を空の袋で受ける反射神経はさすがではあるが、夏油にはやはり美味しそうには見えなかった。


すぐに食べ終わるだろうその様子に、五条が立ち上がって身体をほぐす。



「食ったら続きやるからな。今日中に絶対一回は俺が投げ飛ばす」

「次は夏油さんからですけど」

「はぁ?」

「え、私?」

「夜蛾さんはお二人をご指名です。同等に訓練するのが筋かと。…同時にやりますか?」

「「……」」



うわぁ、と引き気味な声を出した家入。流生は食べ終えて残った薄い木の板を袋に戻してからゴミ箱に入れると、すっくと立ち上がった。


無意識ではない、わざとだ。暗に二人一緒に相手をしても問題はない、と。無表情でナチュラルに煽ってくる。口元が引き攣ったのは五条も夏油も同じだった。




「「泣かす」」




「硝子さん、いじめです。私いじめ宣告されてます」

「いや今のは自分が悪い」



結局二人がかりで向かってもこの日の内に流生を投げ飛ばすことは叶わなかった。
 
 
 


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