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おそまつねた
2015/12/27 22:21
ひょんなことから吸血鬼になってしまったカラ松は、食事こそ変わってしまったものの、それ以外は、特に変わることなく生活していた。そう、食事以外は……。


「うわぁっぁ!?」

ぼたり、顔に何かが落ちてきた。それは、あっという間に首筋まで流れ込んでしまい、冷たさと、眠気を一気に覚ますような強い匂いにカラ松は跳ね起きた。
ガツンッ、と額に衝撃が走る。
真っ暗な部屋の中ーーカラ松にとってはなんの障害にもならないーー枕元に、額を押さえてごろごろと悶えている一松の姿があった。

「い、一松……?」

首筋に手を当てれば、ぬるり、と滑った。血の、甘い香りが鼻の奥をついた。空腹にダイレクトアタック。ぐうう、と間抜けにも腹が鳴る。と、同時にくらりと目眩。甘い香りだけで、飲んでもいないのに、胃もたれでも起こしたかのように気持ちが悪い。

「にいさ〜ん、いま、ハラ鳴ったよねえ?」

片手で額を押さえたままの一松がゆらりと立ち上がった。
一松は半裸だった。血だらけの半裸だ。
とにかくマズイ、カラ松も布団を跳ねのけ、立ち上がる。そして、猛ダッシュで逃げ出した。
後ろから、吸血鬼になってしまった自分よりも化け物然としているというか、ゾンビ映画に出てきそうというか、「お前、ゾンビか?!」と問い詰めたくなるような一松が、ものすごいスピードで追ってくる。

「血を吸え〜〜〜」
「その!! 腕の血をとめろ、ばか、失血死でもする気か!? っていうかめっちゃ怖いから!! すと、すとっp!?」

ドッタバッタと走り回って、流石に近所迷惑か、とカラ松は元いた所、六つ子の寝室へ飛び込んだ。数秒のタイムラグもなく、カラ松に飛びつくように一松が走り込んできた。

「吸う? 吸っちゃう??」
「吸わない!! まず、血を止めろ!! そして服を着ろ!」
「カラ松が吸ったら、キズ治る」

呆気に取られているカラ松。一松は腕を差し出した。
ちなみにこれだけの騒ぎの中、残り四人は爆睡中である。

「これ、ほとんど無臭のインク」
「どういうことだよ!?」
「いやだから、カラ松兄さんに血を吸わせたい」
「俺が、血が嫌いだって知ってるくせに?!」
「だから、だっつってんだろうがああ吸えオラッ」

カラ松のパジャマの胸ぐらを掴み、ガンを飛ばした。ひっ、とカラ松は息を飲んだ。あ、思い出したように首から提げていた十字架を握る

「……お前がそれ持っててどうする」
「あ、確かに」

うっかり空腹に耐え切れずに一松の血を吸ってしまった時以来、毎日のようにカラ松を追っかけてくる一松。どうにもクセになったらしい。元々の血の苦手さに拍車をかけるハメになり、今や死活問題である。まさか、血が食料になるなんて思わなかった……。
十字架は、チョロ松がカラ松にあげたものだった。もはやモンスターは一松の方である、その認識は兄弟の中でも共通である。
一松は血気盛んなのか、ちょっとやそっと血を垂れ流したくらいでは、貧血のひの字もないようで、毎日、空腹&貧血に苦しんでいるカラ松には羨ましかった。もちろん、そんな弱味を見せた瞬間に一松に血を纏わせた指でも口に突っ込まれかねない勢いなので、顔には出さないようにしているが。
兄弟は「ウィンウィンじゃん、吸っちゃえよ」だとか「需要と供給がコミットしてるわけだし、うるさいから吸いなよ」だとか「オレのも吸う?」「吸わないんだったら、さっさと灰にでもなってよ」と一松の血を吸うことに誰も反対はしていない。
カラ松だって、吸わなきゃ死ぬのだ。覚悟くらい決まっている。苦手だなんだって騒いでいる場合ではない。
ただ、ひとつ、あまりにも大きい問題があった。

「一松の血、死ぬほどマズイんだよな……」

弟を喜ばせるためだけに、弟を傷付けるのは嫌だった。っていうか、何よりもまじでマズイ。なにこれ、本当にこの世の物質? と言いたくなるほど、美味しくない。
これなら、他の誰かの血を飲みたい。それが本音だった。ぶっちゃけると、需要と供給はコミットしてないのである。ウィンウィンではないのである。十四松に頼みたいくらいだ。
っていうか、俺、今言った?
カラ松はギギギ、と壊れたおもちゃのような動きで首を回して、そっと一松を見た。あ、やばい。本能が告げていた。

一松がカラ松の口に血濡れた拳を突っ込む前に、チョロ松が起き、ストップをかけ、十四松がカラ松の首筋にチョップを決めて意識を刈り取り、おそ松はチョロ松に起こされ、寝ぼけ半分に一松にラリアットを入れて、鎮静化させた。
ようやっと松野家に静かな夜がもたされたが、カラ松と一松の戦いはまだまだ続く……!!


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フォロワーさんのめちゃくちゃ素敵設定を思わず書きました。
↓こちらです。
@toufu_928さんのツイート




おそまつねた
2015/11/01 00:00
[一カラ]

「グラサンにマスクって、やっぱマズいか?」
「まずいと思う。通報されるんじゃない」

サングラスをかけ、今日も今日とてロックな服に身を包んだカラ松がじっ、と一松のマスクを見つめて聞いた。

「花粉症かな、なんかムズムズする」
「グラサン辞めなよ」

一松がカラ松のサングラス手を伸ばした。されるがままに、サングラスは一松の手の中に収まった。

「なんかなぁ、グラサンないとなー」

サングラスをかけて、カラ松を見た。どう? と首を傾げた仕草で伝わってきた。

「不審者だな」
「そういうこと」
「マスクだけで行くか」

一松が棚を指さした。ストックはそこにある、ということらしい。カラ松は頷いた。
カラ松がマスクを付けて、一松がサングラスをかけていた。
カラ松は、一松からマスクを外させた。

「違和感あるな」

当たり前だ、と一松は思いながら、カラ松を眺める。マスクの似合わない顔だと思った。
やっぱり、カラ松girl探しはやめよう、と呟き、カラ松はいつものパーカーに着替えてしまった。
一松はマスクをつけたまま着替えるカラ松をサングラスの黒いプラスチック越しに見ていた。
すると、おそ松がやってきた。

「あれ、カラ松と一松? 何やってんの?」

カラ松は、答えようと口を開いたところで、目を半開きにして、顎を机に乗せていかにもだるそうにした。
そう来るか、と内心めんどうくさいと思いながらも一松はわずかに背筋を伸ばした。

「なにも」

カラ松が首を横へ振った。

「ちょっとな、今日は風向きが悪かったからかわいこちゃん探しはやめたんだ」

一松が、サングラスを光らせた。

「カラ松らしいなぁ」
「ただいま。もう、十四松もトド松も帰ってくるって。さっきそこで会った」

おそ松が呟くと、チョロ松が帰ってきた。すぐに十四松、トド松もやってきて、6人が居間に揃った。

「なあ、一松」
「うん?」

うっわ、やっべ、一松が仕掛けてきた?! お前そういうキャラじゃないだろ!!
カラ松は焦っていた。予想外だった。きっとすぐ睨まれて、大人しくサングラスを返してもらうことになるだろうと思っていたのに、まさか、一松が乗ってくるとは……!!
何が来るのだろう、ビビりながら会話を続けることしかカラ松にはできなかった。

「ちょっと、こっち来いよ」
「カラ松兄さん……?」

ちょいちょい、と手招きされた。

「あーもう、一松は懲りないなぁ。また、みぞおち食らうぞ、やめとけって」(おそ松)
「カラ松兄さん、殴られるのわかってて、ちょっかい出すよね」(チョロ松)
「カラ松兄さんはね、きっとMなんだろうね」(トド松)

カラ松は立ち上がり、一松の隣へ。サングラスをずらして、そこから覗かせた目はやはり眠そうで、どこまでも一松なのだが、ほかの兄弟には見えない角度だった。

「か、カラ松兄さん……?」
「一松……」

思わず身構えてしまった。
一松が肩に手を回してきたからだ。
腕が上がろうとした瞬間に体をこわばらせたカラ松に舌打ちをしそうになったが堪えた。カラ松は舌打ちなんてしない。

「マイブラザー、サングラスのせいでよく見えないよ」
「……カラま、」
「一松、オレはいつまでもお前の頼れる兄さんだぜ」
「あ、ああ……」
「いつもつれないお前、オレは……」

言葉を詰まらせた一松。逆行になった一松の目がサングラスに写った。一松の目が揺れた。普段、微動打にしない無気力示す目が、揺らいだ。
初めはふざけていた、しかし、最後のひとことは別だと思った。一松は何か言いたいことがあるのだろう、そこまでは分かったが、それ以外は何も分からなかった。
一松、と呼ぼうとしたが、小さな吐息となってマスクの中で霧散した。

「え……今日の一松、おとなしいね。つーか、カラ松兄さん、家ではグラサン取れよ」(チョロ松)
「ついに見境なくなったカラ松のおかしさに呆れ果ててるんじゃない?」(おそ松)
「弟に手を出すあたりはどうかと思うんだけど、哀愁漂うっていうか、なんかいつもよりも……」(トド松)
「カラ松兄さん、かっこいい?」(十四松)

カラ松に扮した一松は、ぴく、と動きを止めた。
肩を寄せて、ひそひそを話し合っている4人を振り返った。

「オレ、一松」

サングラスをかちゃり、と鳴らして下げる。
なぁんだ、と4人が胸をなでおろした。

「そういうことかぁ」
「安心したぁ」
「どおりで、カラ松兄さんにしてはウザさが足りないわけだ!」

口々に言った。
サングラスを外した一松は、カラ松からマスクを取った。目を丸くしているカラ松にサングラスをかけてやり、一松はカラ松の耳元で本当に小さく囁いた。

「納得いかない」

納得いかないのはカラ松だった。なんのことだって言うんだ。
カラ松は首を傾げた。

ーーーー
書いてから、パーカーが色違いなことを忘れていたと気付きました。なんてこったい。こんなところに捨てられたものなので、大目に見ていただきたいです。

世界の加速度が怖いです。世界がおそ松さん色に染まっていますね。ほらもう、うっかり、カラーなんて単語が使えないんですよ。いま、からいちって読んだひといません?? うっかり、落書きしちゃった(´>ω∂`)
あえて言うならトド一推したいなぁって思っています。深い意味はないです。




おそまつねた
2015/11/01 00:00
[一カラ?]

カラ松は、マスクを見つけた。一松のストックだった。
朝のニュースでネコを見た。マスクから一松が連想され、ネコが連想された。
マスクを付けていたら、ネコに触れるかな、とふと思った。
見つけたマスクを付けて、代わりにサングラスを置いて、カラ松は町へ出た。

結果は惨敗。ネコには顔なんて関係なかったのだろう。マスクだけでは何も誤魔化すことができなかった。とはいえ、勝負服だったわけでもないので、そのままカラ松girl探しするという選択肢もない。大人しく家に帰るしかなかった。

「ただいまーって、一松だけか」
「兄さん、なんでマスク」
「お!! 気付いてくれたか! お前とお揃い」

一松は何か言おうとしたが、すぐに視線を手元に戻した。カラ松は気付いていないのだろうか。理由を聞いているのに答えになっていない。一松はそれを言おうとして、辞めたのだった。どうせ、大した理由なんてないだろう。そう判断した。

「お前もオレとお揃いにしてやろうじゃないか」
「は?」

ぽん、と手を打って大きく頷いた。そして、カラ松のポケットから極太マッキーが現れた。きゅぽん、とキャップが外される。

「なにを」
「わかってるだろ〜」

じりじりとカラ松が一松に迫る。一松は、じっとカラ松を見た。

「う、なんだよ、その目は……」

スキ有り、と言わんばかりに一松の拳がカラ松の腹に入った。大した衝撃にならないように、浅く止められたのがカラ松には(殴られ慣れすぎて)分かったが、それでも痛いものは痛い。

「ぐふっ、冗談だってば」
「カラ松兄さん、もっと凛々しくしてあげる」

カラ松の手からマッキー奪われ、速技で、カラ松の眉毛が倍の太さになった。
カラ松は洗面所で十数分ほど格闘するハメになったのだった。


おそまつねた
2015/11/01 00:00
[カラ一? (一カラ?)]

一松が目を覚ますと、視界はぼんやりと薄暗かった。もう、夜はとっくにとうに明けているはずで、世界はもう動き始めているはずだ。いつもそうなのだ。今日だけ、早起きすることも寝坊することもないはずだ。
目は開けたものの、まだ眠かったし、手足を動かそうという気持ちにはならない。
起きなくては、と思わなくもなかったが、もう少しぼうっとしてよう、そう思った時、

「一松」

すぐ近く、耳元でカラ松の声がした。
自分の横で、何かが動いた気配はしなかった。隣のあたたかさがいつもよりも近いことに、気が付いた。
ぱっと、視界が明るくなった。
焦点が定まらないほど近くに、カラ松の少し深爪気味の指先が見えた。一度二度、またたきをすると、指先の向こうにはカラ松の顔があった。

「お前……マスク付けて寝るの辞めろよな、自分が今どうなってるかわかってる?」
「カラ松兄さんが見える」

そういうことじゃねえよ、とカラ松が笑った。

「あ、おはよう。先にこっちだったな。いい加減に起きろよ」

マスクのゴムを引っ張って、離した。ぱちん、という音と共に、顔に不織布が擦れた。
おはよう、とカラ松に返して、体を起こす。
寝ているうちにそうなってしまったのか、鼻と目を覆っていたマスクを正しい位置に戻して、隣を見た。
腕をさすっているカラ松が「お前のせいで痺れた」と呟いた。



おそまつねた
2015/11/01 00:00

[一カラ]

カラ「げほげほっ」
おそ「なに、カラ松、風邪〜? お、一松? 風邪引いてても容赦なしなの?? 」
一「手持ちないから」(自分のマスク付けてあげる)
カラ「げほげほっげほ!?!!」
チョロ「いやいやいや、珍しく優しいけど、それはないでしょって、あれ、カラ松どうして照れてんの?」



[宮地パパと息子テツヤと甥っこ緑間の日常]の過去パラレル
2015/10/19 08:26

宮地(23)
緑間(16)
高尾(15)

恋をしたのは年上で社会人でOBで相棒の伯父さんだった。しかも、既婚者。OBなんて、鬱陶しいだけだろうが、とまた練習に来て欲しいとせがんだオレに面倒くせえなんてぼやきつつもちょっと嬉しそうに笑っていた。その顔が忘れられなかった。
 相棒ほどは大きくなかったけれど、それでも、190越えというのはやっぱり大きくて、はっきり言ってオレから見れば二人の身長差なんてあってないようなものなのだけど、彼は相棒に身長が越されてしまったことが悔しくて仕方がないらしく、身長の話をすると物騒な言葉を投げつけてくる。それを知っていて話を振るやつはオレくらいしかいないようなことを言われて、どうしようもなく嬉しかった。本当は、上手く話が繋げられない時は無理矢理に身長の話を持ち出して。それくらいしか、手段がなかったっていうだけなのだけど。

彼がうちの学校に訪ねてきたのは久しぶりのことらしくて、監督のテンションがほんの少し高かった。はたから見ればなにも変わっていないだろうけど、練習メニューが少しきつくなった、つまり、機嫌がいいか悪いかのどちらかだ。怒っていようが機嫌が良かろうがメニューが増えるなんて理不尽だが、理不尽に怒ることはない。ただ、今回みたいに嬉しくてメニューを増やされていては堪らない。相当、機嫌がいいときにしかそんなことはしてこないが。監督にとって、大事な教え子だということなのだろう。
話によると彼は23歳。社会人だという。そこまで年が離れてしまえば、知っている後輩もいないだろうに、なぜ来たのだろうか。練習中、部員たちはちらちらと、仲良さげに話すそのOBの彼と監督が気になっているようだった。オレも同じで、相棒(本人の了承はまだ得られていない)である緑間になんとはなしに聞いたのがはじまりだった。真ちゃんとあの人、どっちが背高いかな、と。 
「オレの方が4pも高いのだよ。清志さんの身長なんてとっくのとうに越しているのだよ」
え、あれ。なんかムキになってる? どうして? というか、キヨシさんって言うの? 突然、どうしたんだよ、緑間……なんて思っていたらOBの彼は、監督に待ってて下さい、というようなジェスチャーをしてから爽やかな笑顔でこちらへ歩いてきた。ドヤ顔で待ち受けている緑間と笑顔で近付いていてくるOBさんの間を視線をさまよわせるしかなく、やっと目があった中谷監督は口ぱくで「放っておけ」と伝えてきた。
「真太郎?なんで今、ケンカ売ってたの?意味ないよね、それ?轢かれたいの??」
「オレは事実を言ったまでですけど?」
「あーはいはい。こういう時くらい大人しくしてろって言ってんだよ。俺のことなんてシカトしとけ、轢く」
 険悪な雰囲気が漂ったのも一瞬で、やれやれと息をつきながら緑間の頭を軽くはたいた。そして、苦笑いでバカだなぁとOBさんが呟き、オレに視線を降ろす。相変わらずどうしていいのか全く分からなくて、きょとんと彼を見上げていた。色素が薄くてふわふわしている髪と身長の割に童顔ぽくて、その原因は大きめの明るい色のひとみのせいだと気付く。二階のカーテンの隙間から漏れてきた光に一層、その色を淡く見せていた。眩しそうに目を細められた琥珀色の瞳。軽くひそめられた眉。うわぁ、かっこいいな。口にだしそうになって慌てて言葉を飲み込む。オレにはあんまりテレビには出ないけれど、好きな俳優さんがいるのだが、その俳優と彼はどことなく雰囲気が似ていた。
 「おま……君が高尾?」
「うぇ?!あ!はいっす、高尾です」
「いつも、真太郎のことありがとな。こいつ意味分かんないだろ。つーか、変人だろ。お疲れ様」 
ぽんと、オレの肩に手を置いた。とにかく何か言わなくてはと思い、そんなことないっす、とこくこく頷くことしかできなかった。
なんつーの、電波? なんて言いながら、頭の上に人差し指を角のようにした。びびびとなぞの声をあげて緑間にその指を向ける。なんだこの大人。というか、真ちゃんの知り合いなの?誰なのよ。うちのOB?知ってる。それは知ってるけどさ。怖いよ。はっきり言って怖い!高身長にはもう慣れているけど、さっき緑間(緑間に本気で睨まれるのも結構怖い。身長的なものを抜いてもあの見下すような冷たい目が容赦なく心に刺さってくる)と睨み合っている姿がなかなか離れなくて、怖い人という印象がばっちりとついてしまった。笑顔すら怖い。むしろ、笑顔怖い。だって、この人、社会人さん。オレたちつい数ヶ月前まで中坊だよ?ねえ!!
「あ、悪い。怖かったか。俺は、真太郎の親戚の宮地清志だ。ここのOBでさ」
「突然、猫かぶって気持ち悪いのだよ」
「うっせ。てめえのせいで怖がられたんだろうが!!せっかく、お前みたいな変人と友達になってくれた子がいたって姉ちゃんから聞いたからあいさつしにきたんだぞ!」
「それはご苦労様です。俺は頼んだ覚えはないんですけどね、『清志おじさん』」
「んで、高尾くんだっけ、ほんと、こんなやつの相手してくれてさんきゅな」
あ、はいっす。好きでやってるんで、えーと、大丈夫です。さっきからこんな受け答えしかできていない。オレのコミュ力はどこへ隠れてしまったんだ。
緑間の親戚というなら、納得できる部分もあった。しかし、あんまり似ていないなとは思った。緑間は髪の毛どう見たってストレートだし、どちらかと言えば重い髪質っぽい。(この間、おんぶしてもらった時に撫でた。怒られた)頭上で繰り広げられる言い合いは長い時間を感じさせるものがあった。緑間がいつになく子供っぽいことを言い、それに応えるOBの彼、宮地さんはちらちらと片面のコートで3on3をしている先輩の様子を見ていた。OBっていうのはもちろん、秀徳の、という意味ではなく、バスケ部のということだろうから、宮地さんもバスケをしていたのだろう。ポジションはどこだったんあだろうか。体格いいけど細い感じがあるし、センターという雰囲気はない。緑間みたいにシューティングガードだったりするのだろうか。まあ、見た目だけでポジションが判断できてしまうほど単純なものではないので、深く考えはしない。
「おじさん、バスケしましょうよ。せっかくなんで」
「次、おじさんって言ったら姉ちゃんにお前のエロ本隠してる場所教えるから」
「……清志さん」
「よし」
緑間は持っていたボールを宮地さんに預け、監督のもとへ走った。監督も老けたなーとボールを指先でしゅるしゅると音を立てて回していた。コミュ力が高いとよく評されるオレだが、なんでか、今日ばかりはなんの話題も浮かんでこなかった。カーテンが風に揺れる度に光が宮地さんに当たっていた。はじめのうちは右に左に、ちょっとずれてみたりしていたのだけど、もう諦めたのか、たまに差し込んでくる強く細い光にぎゅっと険しい表情をするのだった。なにやら、監督と話し込んでいて、オレはぼーっとしていた。宮地さんをぼーっとガン見していた。
「どうかしたか?」
「っ?!なんでもないっす!!そ、そういえば!宮地さんはどこだったんすか?」
「ん、オレ? 俺はSFだよ。お前はPGだっけ?
「え、なんで知ってるんすか?」
緑間が母親に話したことがあったらしく、緑間の母親の弟である宮地さんにその話が伝わったらしい。さっきの『清志おじさん』とはそういうことか。緑間は何を話したんだろうか。緑間のお母さんとは何度か話したこともある。それ以前に毎日、あんなもの引いて迎えに行っていれば覚えられもするだろう。言われてみれば宮地さんとは似ていて、身長も170は越えていたと思う。緑間はお父さん似なのだろうか。身長的に考えれば、お母さん似であると思われる。これは今度、緑間のお父さんに会うしかないな。
「清志さーん、高尾ー。おーけーなのだよー」
体育館の逆端から、呼ばれた。監督と緑間が無表情で腕で大きな丸を作っていた。その様子に思わず吹きそうになったが、隣で宮地さんが笑っていいのか、怒ったらいいの分からないという複雑な顔をしていて、それを見たらなんだか引っ込んでしまった。と、思ったが、やっぱりオレに笑いを堪えるなんてことはできなくて。
「ぶふふぉ、真ちゃん…………!監督まで、な、にやってんすか……!」
「…………アレ、そんな面白いか?」
腹を抱えて、過呼吸気味になったオレ。いつもどおりなのはオレや先輩にとってだけであって、宮地さんにとってはそうではなく、大層驚いた表情で問われてしまう。
「……そいつ、すごいツボ浅いんですよ」
過呼吸を引き摺りながら、先輩のフォローにうんうん、と頷く。ひとしきり笑い終わった頃には、緑間、宮地さん、オレ対先輩(現レギュラー)で3on3することになっていた。先輩たちは微妙な顔をしていて、それはオレと緑間が同じチームであるせいなのだろう。監督、ずるいっすよ〜と先輩の一人が言うと、隣で宮地さんはだるそうに
「そんなことねーと思うんだけどな」
と漏らした。
どういう意味なのだろうか。多分、ОBが入ることにずるいなどと先輩たちが言っている訳ではないことにこの人は気付いている。
「宮地は膝を故障している。あまり良くない言い方だが、いいハンデになるだろう」
苦い顔をした監督。それに対して緑間はにやりと不敵に笑って見せて、その緑間を宮地さんはまたぽかりと殴り、お手柔らかにな〜と先輩たちに少し困ったように微笑んでいた。緑間の表情を見たら、なんの問題もないことが分かる。

結果から言えば、オレたちは圧勝した。先輩たちは監督を恨めしそうに見ている。監督は何も言わないが、少し誇らしそうだった。先輩たちはオレと緑間のプレイスタイルなんて分かっているから、とにかく、緑間にボールを回させないことに重点を置いていたようで、特にオレのパスには気を遣っていた。しかし、それも無駄なくらい、宮地さんはぽんぽんと緑間にボールを回すし、軽々とシュートも決めていた。脚を痛めているとは思えないくらい、先輩たちやオレたち現役高校生と変わらない動きをしていた。自分でもゴールできるだろうって時にもほとんど、オレか緑間にボールを回してくれた(先輩たちには、それも「余裕だから」としか映らなかったようだった)。どうしても、自分で決めなきゃいけないような時だけ、レイアップで決めていた。あまりジャンプをしない姿を見て、やっと、ああ、本当に膝を痛めているんだな、と分かるくらいには自然にプレイをしていたので、先輩たちはそれに気付いていないだろう。どこが故障だよ……という宮地さんの脚に視線を送っている。
「真太郎……お前、ほんと変人だな。轢きたいわ、まじで」
「突然なんなのだよ!! 勝ったんだからいいじゃないですか」
「いや、あれはないだろ。うん、あれはない。センターラインよりも後ろから撃っただろ?!」
あ、そのこと知らなかったんだ。どおりで、はじめは手前の方にボール集めていたわけだ。すぐに、センターライン付近でも緑間に回していたからてっきり知ってはいるのだと思っていた。なかなか気付けるものだと思えないのだが(常識的に考えておかしいからね)、それに気付けたのは緑間とバスケをしてきたからなのか、適応力が高いのか。
「そんなこと聞いてねえよ……普通にスリーポイントラインにボール回しちゃったじゃん。なんか、お前ら随分、さがってんなぁとか思っちゃったじゃんかよ」
「そういえば、言ってなかったのだよ」
「え、真ちゃんってずっと昔からその変な3P撃ってたんじゃないの?小学生の時とか」
「お前は馬鹿なのか?」
「むしろ、俺はいつからそんなシュート撃てるようになったのか聞きたいんだけど?」
この間会ったときはそんなもの撃ってなかったよな?隠してただろ?なあ、おい!! と緑間の肩を掴んでがっしがっしと揺さぶる。
「宮地、うるさい。大人げない」
監督にひと睨みされ、宮地さんは反射的に、と言えるほどにすばやく姿勢を正したい。けれど、どこか不満そうな顔をして、
「……すみません」
と謝るのだった。



及影
2015/08/12 16:44
及影は『I love you』を『深海で息をする』と、訳しました。 http://shindanmaker.com/324271


自分が溺れていくのが手に取るように分かった。
ほんの少し潜ろうと思っただけなのに、体は思いのほか重くてコントロールなど効かなくて、あっという間に周りは陽の光も届かない海の底。
体内に残った僅かな酸素を少しずつ吐く。ゆっくりと体内から絞り出される泡と一緒に体を締め付けられるような感覚が襲った。
もう、間に合わない。

及川は、隣で爆睡している後輩の背中を見た。白い背中は滑らかで、骨の凹凸が艶やかな影を作っている。中央のなだらかなくぼみに人差し指を這わせると、ぴくり、と肩が動いた。
規則正しい寝息に加えて、鼻でも詰まっているのかぴーぴーと間抜けな音を立てて眠っている。その表情は見えないけれど、穏やかなのだろう。あちこち痛む体を癒そうとしてなのか、それ以外に一切のエネルギーを使わないように深く眠り込む。いつもそうだった。
眉を寄せて、唇尖らせて。いかにも「嫌々です」という顔をして、突然、押し入ってきては自分ばかり言いたい放題ぶちまける。大人しく聞いてやっていれば、今までのわがまま王様っぷりはどうしたのか、色っぽく迫ってくる。いや、色っぽいなどと捉えてしまうのは自分だけかもしれない。
及川は数時間前を思い返して苦笑を漏らす。
愚痴の延長。ただ、自分にだけ弱音を零す後輩の寂しそうな困り顔が自分には酷く艷めかしく見えるのだ。
ずっと、ずっと昔、この後輩と出会って間もない頃から。
後輩の少ないボキャブラリーに笑い、馬鹿にして、一度は怒るくせにバレー以外であればすぐに引っ込んでしまう。
及川さんなら仕方ない、とたびたび漏らすその声を聞くたびに、のどの奥が閉まって苦しくなる。からだの内側から圧迫され、外からも圧力がかかる。どうしていいのか分からない鈍痛がどこかを襲う。気付かぬ間にどろっとしていながら透き通った何かの中に沈み込んでいたのかもしれない。
心か、脳か。どこか分からないが、水圧に負けて弾ける日は近そうだ。



まこはる
2015/07/05 02:50
(Fr/ee! 1期の1話を見た直後に書いたまこ+はるです。)

溶けた。








宮福
2015/03/15 21:42
ほい、と差し出された手のひら。よく分からないまま、同じようにほい、と手のひらを重ねた。
「いや、お手じゃない」
「いやいやいや、こっちもお手じゃない」
なんだ、手を繋ぎたいのかと思ったのに違ったのか。
「うー、さみ」
グレーのマフラーに顔を半分、埋めた。目を細め、周囲を見渡してから福井は俺の手を握った。
やっぱり、手を繋ぎたかったんじゃないか。
「ところで、宮地くんや、今日は何の日だね」
「ホワイトデーだろ」
「分かってんなら、寄越せよ」
足元から吹き登ってきた冷たい風に俺も上着のえりに首を引っ込めた。
福井がぎゅ、と手を握る力を強めた。と、思えばその手を引っ張って、自分の側に俺を引き寄せた。わずかにたたらを踏んでしまった俺は、福井を睨む。
「チャリ」
「……悪い」
福井の言った通り、自転車が俺たちの横を抜けていった。
「今のオレ、彼氏っぽかったわ〜」
「あー、少女漫画的なアレね」
「そうそう、で、ホワイトデー」
もう一度、じっと睨み付ける。見上げるように、福井も睨み返してくきた。
睨み合いながら、歩いたところで崩れることのない歩調に、なんだか時間とそれに伴う慣れを感じつつ、歩いていく。
行き慣れた、マンションから一番近いコンビニへ行くだけだ。
川沿いの道、障害物はなにもないことはよく分かっていた。こんな時間に誰も歩いていないことも、いたとしても、気にも留めないだろう。そもそも、少ない街灯の下、ひとが二人並んでいることくらいしか分からないはずだ。
互いの表情もよく見えないまま、ただ、睨み合っていた。
「あんな男女差別の権現みたいな行事は滅べばいいと思うよ」
沈黙に耐えかねて、俺が口を開いた。俺の負けだ。福井がドヤ顔をしているのが見えないようで見える気がして、ちょっとイラッとした。
「あんだけもらっといてか」
「……だからだろ。職場に女の子ふたりしかいないのに、向こうはふたりで『これ分けてください』で、こっちはひとり300円徴収だぜ? 3倍どころじゃねえっての」
ケチくさ、と福井が呟いた。
「それに加えて、義理とも本命とも分かんないのが他の部署からくるってどういうことだよ…… 個人的に返すのとか、ほんとまじ無理……福井のつむじ押そ……」
「押すな!!!!」
福井の頭に空いた手を置く。つむじを押しはせず、ぽんぽんと軽く撫でた。
「やきもちとか焼いてくれた?」
返答はない。
街灯が近付いてきた。顔を覗きこむと、なんだか苦そうな顔をしていた。眉間にしわを寄せて、くちびるを少し突き出して、まるで拗ねているみたいだった。
ここでやっとピンとくる。今までのが全部、やきもちか。そうかそうか、これだから福井は面白い。いや、可愛い。まあ、どっちを言っても怒られるから言わないけれども。
「ふーん、で、健介くんは何が欲しいわけ?」
「おい、ドヤ顔やめろ」
うっすらと頬が赤くなっていた。
福井の頭に置いた手を、耳を辿って頬へ降ろしていく。触れた頬は冷えていて、しかし、僅かながら俺の手よりも暖かった。じわり、と痛みに似た感覚が指先から伝播していった。
「欲しいものは?」
「あめ」
あめ……? ああ、飴か。マシュマロとかクッキーとか、そんなやつか。昔、どっかの女子に教えられた記憶があった。
「キスじゃだめ?」
「だめ。誰かさんのせいで、喉が痛いのでのど飴買ってよ、一石二鳥じゃね?」
確かに、と頷き、俺は自分の影の中に福井を入れた。夜風に晒された福井のくちびるは、柔らかくはなくて、少し血の味がした。
のど飴だけじゃなくて、リップクリームも買ってやろう。

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バレンタインデーにイラストをくれた方に書いたお返しのホワイトデーのお話。宮福はじめて書きました。
宮高中心サイトです、とか嘘じゃねーのって最近気付きました雑食サイト(宮地多め)ってとこですね!!!


とうらぶ
2015/03/11 12:44
へしべと審神者。

日中のうちに任務は一通りこなしてしまったと、出陣で負傷した刀剣たちを手入れしながら審神者は言った。そろそろ日も暮れ始め、第二部隊、第三部隊、第四部隊の遠征の帰りを待つだけとなり、本丸には夜が訪れようとしていた。
「長谷部、あしたの朝ごはんの仕込みをしておいて」
第一部隊に配属され、先ほど戦から帰還し、刀装を外してジャージに着替えたへし切長谷部を廊下で捕まえた。長谷部はかしこまりました、と頷いて厨房へと方向転換した。
「あ、終わったら居間においで。その頃には私も手入れも終えているだろうから」 何かあるのだろうか。よく分からないがはい、と返す。すると、曲がり角から鶴丸国永が現れた。よっ、と片手を挙げて微笑んだ。審神者と長谷部の顔を交互に見つめ、審神者の肩に手をかけた。
「本当に主は長谷部で遊ぶのが好きだな!」
「なんのことかな? 鶴丸、適当なことを言うと、戦装束で馬当番させるぞー」
「おおっと、それでは戦装束までも赤ではなく茶に染まってしまうな。それは避けたい」
審神者がしっし、と飛んでいる蝿でも追い払うような仕草をすると、鶴丸は笑いながら再び角へと姿を消した。長谷部はその背中を見送りながら、元気だなぁと間抜けなことを考えていた。
「鶴丸のやつ、負傷隠してやがったな……あとで呼ぶ」
「あれで、怪我してるんですか……全く丈夫なひとだ」
「ああいう気遣いがむかつくよね。長谷部も怪我したらすぐ言いなさい。腕によりをかけて治してやるから」
まあ、怪我なんてしないにこしたことはないんだけど。審神者はそう付け加え、庭へと目を遣った。池の鯉がぽちゃり、と水音を立てた。
「主の手入れは怪我をするより痛いんじゃないかって短刀たちが言ってましたね」
「その分、早いから許してやってくれって言っといて」
手入れの方が痛いとあっては、そう簡単に傷など負えぬと短刀だけではなく、本丸にいる刀剣たちはみな、この審神者のせいで気を引き締めるはめになった。結果的には良い効果をもたらしていたりする。
「じゃ、長谷部、任せた。歌仙のやつを遠征に出しちゃったのは失敗だったかなぁ。誰に晩飯作ってもらおうか」 専ら料理は歌仙兼定と燭台切光忠が仕切っている。審神者も作ろうと思えば、作れるらしいが上記のふたりの方が美味しく作るらしいので、任せきりだとか。この本丸に来てからあまり長くない長谷部は、この審神者の作る食事を食べたことはなかった。
「俺が作っても構いませんよ」
「いいや、昼のうちに仕込みはさせてから遠征に出したんだ。そのくらいは私がやろう、たまにはね」
「それこそ、俺が」
「長谷部だって、私のメシ、一回くらいは食べてみたいだろ〜?」
なんと答えるか迷ったが、素直に「はい、食べてみたいです」と言った。よしよし、とまるで小さな子供にするように長谷部の頭を数回撫でた。長谷部よりも低い身長の審神者が手を伸ばしたので、つま先立ちさせるような形になってしまった。すぐに申し訳ありません、とわずかに膝を曲げた。
「ほんと、お前は照れないよな……」
「照れる、と言いますと?」
「これは内緒だけど某倶利伽羅は撫でたら顔赤くした」
なにひとつ隠せていない。某、と付けたところで丸々名前を言ってしまっているではないか。とりあえず、そこはスルーして、あの倶利伽羅が? いまひとつ、ピンこない長谷部は首を傾げた。
「そのあと、楽しくてからかいまくってたら光忠に怒られたんだけども。ま、それはいいや。急いで残りの手入れに行かねば!」
審神者は廊下を走って行ってしまった。 長谷部から見て、今の主、審神者は「読めない」という印象が最も強い。他に特に目立つものはなかったというのが大きいのだが。真顔で冗談を言うし、逆に声をあげて笑いながら大真面目なことも言う。そういう訳で、表情からも言葉からも、その感情を読むことができないことが多かった。または、表情と語調が合わないことがしばしばあるので、どちらが本心に近いか判断しかねる、いったところか。これは先日、月を肴に三日月宗近と飲んだ時に、三日月が言っていたことだが、
「審神者とは非情、または薄情でなければ務まらんものよ」
とのことだった。ただの言わぬ武器に感情と肉体を与え、それを武器とも人とも扱うことのできるこころというのは、どういうものなのだろうか。ついこの間まで、武器として感情や痛みなどというものとは無縁でやってきた長谷部にはわからないものだった。 あとは、鶴丸とよく組んで暇さえあれば何かをしているのでひとを驚かせることが割と好きなようだ。 長谷部が、朝食の仕込みを終えて居間の襖を滑らせると、中には審神者しかいなかった。
「ほかのみんなは?」
「いま、畑に野菜取りにいってるのが今剣と藤四郎組。洗濯物取り込みには山姥切と三日月。んで、遠征組を迎えにいったのが清光と安定、あとにっかりかな」
なんやかんやと長谷部と審神者以外は出払ってしまったようだ。
「茶でも飲む?」
茶櫃の蓋を開けて、湯呑を取り出した。お願いします、と部屋の隅に積み上げられた座布団を審神者の向かいに置いた。大きな楕円の食卓は壁に立てかけられていて、今、長谷部と審神者の間にあるのは、小さな卓袱台だ。 「長谷部さぁ、もうちょい笑って」
「へ?」
「私が鶴丸とアホなことしているのは、きみたちの色んな顔が見たいからなんだけど、断トツで長谷部が表情変わらないんだ。つまらん」 ほら、また。長谷部は、審神者の顔をまっすぐと見ながら思う。まるで拗ねているかのような物言いだが、表情は、うっすらと笑みを浮かべて、何かを慈しむようだ。時空の間を行き来するような空間で年齢について触れるだけ詮無きことなのかもしれないが、見た限り審神者はまだ年若い。子供ではないが、それほど年月を、経験を積んできているようには見えないのに、その言動の端々から、若さに似合わぬものがにじみ出ている。
「さっきも照れなかったしなァ。いや、あそこで照れるもんだっていう感覚がないのか……」
「自覚がないのでなんとも言えませんね」 顎に手をあて、自分の表情について思考を巡らせてみるが、日頃から鏡を特に見ることもないし、考えつくことは何もない。審神者も、同じ姿勢でうーん、と唸っている。
「長谷部、きみはね、ビビりすぎ。私はきみを置いていくことはないよ。あーうん、きみを殺してしまう可能性はなくはないんだけど、置いていくことはない。それは、絶対」
「あ、はい……そう言って頂けると、嬉しい? です」
殺すかも、と言われてしまってはただ素直に嬉しいとは受け入れ難い。もちろん、主である審神者が望むのならば一切の抵抗も違和感もなく受け入れるが。 ただなァ、と審神者は言葉を続ける。
「私は先に死ぬ。どうしたって、時の流れ方が違う。朽ちる速度が全く違うからね。そこは許してくれるね?」
それは自分が許すようなことなのだろうか。自分の許可が何かの意味を成すのだろうか。許す許さないの問題ではないはずだ。 長谷部、なんていうんだろうね、俯き考え込んでしまった長谷部を呼んだ。顔を上げると、審神者はほとんどが
「死ぬときゃ死ぬんだけど、その時にどんだけすっきり逝けるかって話なんだよ。ま、お前に死なないでくれって言われたらそれはそれで私は嬉しい」
全く答えにくいことばかりを問うてくる主である。ため息をついて、湯呑の底、揺れる水面の奥を見る。
「出会って数日の俺にもそんなことを言ってくれるんですね。もちろん、主には死んで欲しくないですし、俺が死なせません。だから……主も俺をうっかりで殺さないでください」
長谷部がこの本丸にやってきた日、審神者に「隠しごとと気遣いはなしだ。なんでも言いなさい」と睨みをきかされている。この審神者に何かを隠そうとしても無駄なような気がしていた。とはいえ、主に尽くす、というのは長谷部の性格ゆえ、そうそう変えることはできなかった。気遣い、という部分だけはどうしようもなかったが、隠しごとはしない、思ったことは素直に言う、を心掛けている。それが審神者にとって、迷惑かもしれないと考えることは少なからずあったが、それ以上に思いを伝えないと審神者が嫌がるということを学んだ。それに関して、めちゃくちゃ説教された(もといねちねちと嫌味を言われた)、というだけだが。
「ああ、うっかりぽっくり、なんてことにはならないようにするよ。気を付ける」
「はい」
微笑む審神者に釣られ、長谷部も頬を緩ませた。 忘れてた、と手を打った審神者。がっしりと長谷部の肩を掴み、顔を近付けた。
「なあ、長谷部、かくれんぼをしよう。範囲は本丸の中だけ。庭はなしだよ。君が鬼だ」
突然なんだ。長谷部は驚きで目を真ん丸くした。
「それは構いませんが、かくれんぼですか? しかも、俺と?」
それ以前にふたりで? という疑問は飲み込んでおく。
「ああ、夕飯が終わったらやろう。じつはかくれんぼは得意でね。夜の本丸はなかなか楽しいぞ〜」
「主がそう言うのなら、俺に断る理由はありませんが、今剣なんかにバレたらずるいと言われそうだ」
長谷部はまだ知らなかった。彼の主の言う「夜の本丸」というものがどれだけ恐ろしいのかを……。

遠征に行っていた刀剣たちが帰ってくると、わっと騒がしくなった本丸も夕食時を過ぎてしまえば、各々の部屋に引っ込んでしまうため、再び静かになる。 居間には酒を探しにきた次郎大刀、後片付けを任された燭台切光忠、それを手伝わされている大倶利伽羅がいた。廊下からは、三日月が鶴丸と呑んでいるだろう笑い声が聞こえていた。
「あ、長谷部。やろうか、かくれんぼ」
「はい、やりましょうか」
「じゃあ、数え始めて。三十数えたらおいで」
両手で視界を塞ぐ。真っ暗だった。こんな風に数を数えたことはなかったなぁ、と思いながら、すぐ近くで「あいつは何をやってるんだ……?」と怪訝そうな倶利伽羅の声が聞こえてきたが、放っておく。 数え終わり、さてどっちへ行ったのかな、と縁側に出た。何を肴にしているのか分からないが、徳利を傾けてはお猪口を飲み干して、というもはや流れ作業をこなしている三日月と目があった。
「主はあっちへ行ったぞ。絶対に見つからない自信があるから、尋ねてもよいそうだ」
そうして、へし切り長谷部の長く恐ろしい夜がはじまった。

ーーーー
ていう、審神者が鶴丸と組んでひたすらへしべを驚かすというギャグを書くつもりで書いた冒頭が、思ってないような方向へ転がしたので、飽きてぽいしました。


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