オレのアントワネット・1





「おま、」
「ん?」
「何か作るし」


ここは、クリクリことナマエの家。


「何かって?」
「何でも良。待ちくたびれたし」
「そう言えば初めてだよね?ママ・・・じゃなくてボスが時間に遅れるの」
「そかもな」

サニーが待っていたのは、とある企業のボスでありナマエの母親でもある女性だった。
数年前の話。サニーの美意識に心酔していたナマエの母親は、無謀にもサニーを中心としたプロジェクトを起案した。そして恐れ多くも四天王であるサニーに直接かつ熱烈なアプローチをした。
いつもならその類の話には目もくれぬサニーだったが、彼女の方も10や20程度の挫折では諦めなかった。そんな彼女に根負けしたのか、はたまた神様の悪戯か。ある日電話を取ったサニーはその相手を認識し、正直またか、と思った。そしていつも通りあしらうつもりだった。だった筈が、気が付いたら何故か彼女と会う約束を交わしていたのだ。

「怒ってる?」
「別に。」

撤回などと言う所謂『美しくない言葉』は己の辞書に存在しないサニーだった。電話を切った後、サニーはとてつもない自己嫌悪に陥った。10回20回と、同じ話を同じように繰り返してきた彼女。同じ話を同じように断り続けていたサニー。だがしかし。今回の彼女は切り口を変えて攻めて来た。それを予測せずに同じ返事を繰り返した自身のミスだ。このオレが、たかが一企業の頼みを聞く日が来るとは。それでも約束は約束。やっぱ今のは無しなんて美しくない事は死んでも言えない。
サニーは律儀に、約束の日、彼女の会社を訪問した。勿論、断るために。

「ホントに怒ってない?」
「ねーし。ボスのミスじゃねーからな」
「なら良いけど」

断る事しか考えていなかったサニーだったが、何故かその日に限って、本当にその時に限って、サニーは彼女の企画に参入する事を承諾した。サニーの運命が、今まで歩んできた道から大きく逸れた瞬間だった。そのままあれよあれよと話が進み、サニーが彼女のオフィスに顔を出すようになったのも、もう随分と前の話だ。
今日も。サニーはこれまで通り、彼女と打ち合わせの筈だったのだが・・・


◇◇◇◇◇


「よぅ」
「あれ?どうしたのサニー」
「どうしたって・・・会議だし。ボスは?」
「今日は中止だよね?」
「は?聞いてねーし」
「出先で飛行機止まったってメールが来てたけど」
「マジか」
「ママ・・・じゃなくてボスからメール行ってない?」
「・・・」
「・・・」
「・・・来てたし。オレとした事が」
「あーあ」
「あーあって・・・ちょ、待て。おま、その動きは何だし」
「え、帰る支度」
「帰る?」
「だってもう定時だもん」
「そか。・・・じゃ、行くし」
「どこに?」
「帰るんだろ?」
「そうだけど」
「ほら、行くぞ」
「だからどこに?」
「どこって・・・帰るんだろ?」
「そうだけど?」
「モタモタしてんなっつーの!置いてくぞ!」
「えええー?!」


◇◇◇◇◇


仕事を終えて帰宅する筈だったナマエ。その自宅にアポ無しの訪問を決め込んだサニー。どうも納得いかないと言った顔のナマエの頬は、『ブサイクな顔すんな!』の声と共にサニーの髪がぐりぐりと遊んだ。そのまま二人はぎゃあぎゃあと言い合いを続けながら帰宅し、玄関を開けた所で二人揃ってただいまを言い、どちらともなくリビングのソファーに腰を降ろし、何となくつけたテレビ画面をこれまた何となく眺めていたところだった。
と。画面がCMに切り替わった訳でも無く、壁の時計が時を刻んだ訳でも無く。今まで黙ってナマエの隣に座っていたサニーがふと呟いたのが、先述の一言。


「つーわけで、何か作るし」
「おなか減ったってこと?」
「おぅ」
「何か食べる?」
「さっきからそう言ってんだっつーの」
「クッキーとパウンドケーキで良い?」
「は?」

サニーの隣に座ってクッションを抱えていたナマエは、いつの間にかテレビに熱心に視線を注いでいた。画面に釘付けのままちょいちょいとテーブルを指差す。

「好きなの食べて良いよ」
「・・・」
「サニー?」
「・・・」
「どうしたの?」
「・・・おま、アホか?」
「えっ?!・・・あ、飲み物?」
「・・・マジでアホだし・・・」
「何でよ!!」
「何でじゃねーし!今何時だし!!」

ナマエの鼻に、サニーは自分の人差し指を突きつけた。そのまま、彼女の視線を誘導する。
サニーが指し示した壁の時計は午後7時に近づいていた。

「7時ちょっと前」
「菓子食う時間じゃねーよな?」
「うーん」
「ディナーの時間だよな?」
「まぁ・・・そうだけど」
「だったら、」
「ホントにママ遅いよねー」

まさかの発言に、サニーの目が丸くなる。

「・・・今何つった?」
「え?」
「おま、自分で作んねーのか?!」
「・・・・・・」
「お゛い゛」
「えへへ」
「『えへへ☆』じゃねーし!」
「だってアタシが作るよりママのが美味しいんだもん」
「おま・・・」
「だからママが遅くなる時はちょっとだけつまみ食いして待ってるんだ」
「おま・・・・・・」
「え?」

サニーは一拍置いた後、ナマエをぐるぐる巻きにした。


「このクリクリが!!」
「きゃーーーーーーー!!」
「これ見ろ!」
「何だよぉ〜」
「ボスのメールだし!確かに此処に向かってはいる!でもそれはおまのメシのためじゃ無ぇ!じゃ何でかって?オレが此処で待ってるって返したからだ!きっと必死で帰路確保したんだろうよ!『それでもあと二時間はかかります』ってよ?申し訳ない何回書いてっか知ってっか?見るか?!つーか見ろ!!」

一気に捲し立て、携帯をナマエの額にぐりぐりと押し付けたサニー。
だが、ナマエもナマエだった。今まで散々サニーにちょっかいを出されて来たナマエは、これしきの事では負けなくなっている。

「近すぎて見えないよーだ」
「生意気言ってんじゃねーし!」
「おでこじゃスクロールできませーん」
「こっの・・・・・・!!」

サニーはナマエの手に無理矢理携帯を握らせ、ソファーにボスンと降ろした。もー乱暴だなー!と文句を吐きつつも、渡された携帯の画面を読み進めていくナマエ。その姿を横目に、サニーは小さくため息をついた。





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