メロウ・2





「・・・と言うわけでだ。拙者の胸にさあ!」
「・・・・・・」
「どうした?遠慮なく飛び込んでくれ!」
「・・・・・・」
「何を今更恥ずかしがる?!今までだって存分に堪能してたであろうに!思い出せあの時を!ある時は父のように受け止め、ある時は母のように包み!蝶のように舞い蜂のように刺していた私・・・じゃなくて拙者の胸に!!」
「最後の方胸の話じゃ無くなってんぞ」
「でかい身体で細かい事を言うな」
「チッ」
顔を背けたゼブラに、それはさておき、と前置きをした後。
「どっちにしろ、泣いてる子は抱き締めるのが一番なんだよねー?」
「!!」
動かない腕では抵抗もできず、ゼブラの鼻が、ふわりと胸元へ寄せられた。
ゆっくりと身体が傾いてゆき、乾いた大地に二人触れ合ったまま沈む。


「・・・離せよ」
「ダメー。泣きやむまで」
「泣いてねぇ」
「嘘言うな」
「良いから離せ」
「じゃあ自分で離れたらー?」
「くっ・・・そ」
離れようとする意思に反して覆いかぶさるように倒れたままの身体は、温かく柔らかい腕に包み込まれている。未だ硬直の解けぬ身体で、巻き付いた鎖を懸命に外そうとするゼブラ。
「あ。何かドサクサ的に変なところ触られそうな気がしてきた」
「だったら離せよ!」
「だからダメー。泣いてる子は」
「泣いてねぇって!」
「側にいるからね」
「離れてぇんだって!」
「んーヨシヨシ」
「だから・・・」
「ヨシヨシ」
「・・・・・・」
「・・・お?観念したか」
「もう勝手にしろ」
ゼブラは唯一自在に動かせる口で必死の抵抗をしていたが、当の相手は全く気にした風でもなく、ただヨシヨシとゼブラの頭を撫で続けた。ゼブラも勝てない相手への抵抗をやめ、不貞腐れた顔で相手の気の済むのを待った。

「また赤くなったんじゃない?髪の毛」
「変わんねーよ」
「血でも吸ったのか?」
「恨みは四方で買ってるさ」
「絞れば何か出そうだな」
「出ねーよ」
「で、顔はいつから赤いんだ?」
「・・・・・・殺す」
「どれ、蚤でも取ってやるか」
「・・・・・・」
細い指が、汗と埃で軋んだ髪の間に入り込む。
その微かな動きにぞわりと背が粟立つも、身体に刻まれた懐かしさにゼブラはそっと目を閉じた。



親と言う物を知らずに育って来たゼブラにとって。
ゼブラだけでなく、特殊な能力を持った4人にとって、あの日現れた人物は文字通り特別な存在だった。
一龍が『お前たちの道を示す人物』と表現した存在。それは4人の鍛錬に付き合うだけに留まらず、身の回りの世話をはじめ一般教養ほか道徳的指導、怪我の手当てや果ては殺し合いのようなケンカの仲裁までやってのけた。
幼い彼らの未熟な心から生まれる、言いようの無い焦りや不安。消える事の無い疑問や憤りも、当然のように受け止めた。
ふと気が付いたら隣にいて、知らぬ間にいなくなるその姿。どんなに探しても見つけられないのに、振り向くと必ず注がれている眼差し。それはいつの間にか4人の心の奥に焼き付けられ、触れられる手の温かさは神経の先まで溶け込んだ。
研究所にいる他の人間たちには到底真似できなかった、彼らの特殊な力に臆せず接する事が出来た唯一の存在。
一龍にすら『勝てぬ』と表現させた、恐らく彼らの力を軽く凌駕するほどの能力を持っているだろう、目の前の人物は。
不思議な事に、背格好はその当時のまま。今も全く変わらない・・・



「今、昔の事考えてただろ?」
図星を付かれたゼブラは小さく唸った。
「お前とココにはホントにてこずったよ。甘えたなのに甘えて来ないから」
「・・・だからってアレはねーよ」
「して欲しかったくせに吼えてんじゃないよ」
今と同じ。周囲を省みない、最高の意思表示。
トリコとサニーはさほど気にも留めず、喜んでじゃれあっていたけれど。
対するココとゼブラは、その二人のように感情を出す事を躊躇ってばかりいた。
ココは常に自身の体質を気にしてばかりいて距離をとり、ゼブラもまた、触れて欲しくないと避けていた。
その存在が。その意思表示が嫌なのではなく。
ただ、分からなかった。
その胸に沈められた後、どんな顔で離れれば良いのかが・・・


「あれ、もしかしてトラウマ?」
「何度も殺されかけたからな」
「暴れるから力が入るんだって」
「窒息してるかどうかくらい気付けバカ」
「今何て言った?」
「い゛っ・・・・」
ゼブラは耳をぎゅうっと捻りあげられた。
「やめっ・・・ちぎれる!」
「そんなヤワだったっけ?」
「無茶言うな!!」
「ちゃんと鍛えなよな〜」
クスクスと響く笑い声と共に引きちぎられそうな痛みが消え、ゼブラの呼吸も平穏を取り戻した。
「でもさ、いつも心臓止めないようには加減してたよ」
「あれで?!」
「あれで」
「マジか」
「マジだ」
かつての自分たちを思い出して、ゼブラの目が泳いだ。
「・・・ココは良くテメェに落とされてたと思ったが」
「だってアイツ、毒毒やかましいんだもん。だから『本音を言うまでは離さん!』ってキャッキャやってたら、クタっ・・・てさ?華奢だよなー」
「華奢って」
今ほどでないにしろ、その言葉は確実に当てはまらないだろう体躯だったココ。
そして危険と呼ばれたその身体が、まるで抱き枕のように抱えられていたのは一度や二度でない。
「そう言えばいつも暑苦しいかっこしてるからさ、一度ひん剥こうとしてついビリリ〜って。・・・半泣きで怒られたっけ」
「・・・泣くだろそれ・・・」
「ちゃんと弁償もしたし、やり返しても良いって言ったんだけどな」
呆然とするゼブラに向かって、華奢なくせに頑固なんだよなーと響く笑い声。ゼブラは三度目の溜め息をついた。






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