メビウスの指輪・6 4





「あ。」
不意に蒼衣が立ち上がり、遠くを仰いだ。
「どうしたの?」
「あの建物」
蒼衣の言葉にココもその方向を見遣る。何の変哲も無い、ただの四角いコンクリートの建造物をココは確認した。
「知ってるの?」
「ええ。……私が治療をして頂いている……」
「へぇ……」
ココは僅かに距離を推し量った後、蒼衣に向かって囁いた。
「あそこまで、歩ける?」
頷いた蒼衣の手を取り、じゃあ行こう、とココは歩き出した。
「蒼衣?どこ行くの?」
「蒼衣の治療棟だよ」
蒼衣の代わりに答えたココの返事に、それまで寝転がって寛いでいたトリコとサニーが跳ね起きた。
「ちょ、何で急に?!」
「何でって…いつもお世話になってるんだから挨拶くらい良いだろう?」
振り返ったココは、きょとんとした顔で笑った。
「別に何もしないよ。ちょっとどんな所か覗くくらいさ」
そう言うと、再び前を向いて歩き出す。
「みんなはゆっくりしてて」
「ココ!待てって!」
サニーの声に振り向かないまま手を振ったココと、すぐ戻ります、と言った蒼衣。
そんな二人の元へ、リンが「ウチも行く〜」と走って行った。
「リ、……っ」
サニーの背後で、ギリ、と歯軋りの音が聞こえた。
振り返った先の男の形相に、一瞬ひるんだサニー。が、すぐに気を取り直して、後を追いかけようとしたトリコを制止した。
「リコ!んな顔で追いかけてどうすんだし!」
自分を睨みつける眼を真っ向から睨み返したサニー。トリコの襟を強引に引き寄せた。
「…冷静になれよ。らしくねーし」
その表情とは対照的に静かに言葉を続けたサニーは、握ったままその力に震えるトリコの拳に目を落とすと、襟を掴む手を緩め、代わりにトン、と胸を押した。
「レが行くから、心配するなし」
トリコが言葉を返す前に、サニーは続けた。
「リンはここに戻す。だから!」
サニーは目を伏せた。
「…リンには当たるな」
呼吸と共にそう吐き捨てると、サニーは前の3人を追いかけた。


「リン。おま、何してんだし」
3人に追いついたサニーはリンの目の前に立ち、歩を止めた。
「2人の邪魔してんじゃねーし」
「だ、だって〜!トリコ機嫌悪くて居づらかったから〜」
「んな事言って放置してどーするよ!」
「でもウチ、何をあんなに怒ってるのか分かんないし。…野宿、そんなに嫌だったのかな」
サニーはそう訴えたリンに舌打ちした。上目遣いでアドバイスを待っている妹を抱えあげ、ココ達から少し離れて小声で言った。
「今すぐ戻れ。戻って普通にしてれば大丈夫だし」
「そ、そうなの?って、何話せば良い?!」
「んな事は自分で考えるし」
「えええっ!無理!」
「無理じゃねーし」
「そんなぁ〜!ねぇお兄ちゃん。お兄ちゃんってば!」
「うるせーし!」
サニーは抱えていたリンを乱暴に降ろした。地面にドン!と落とされた足の衝撃と今まで見た事の無い兄の様子が重なって、リンは呆然とサニーを見上げた。怒りとは違う何かを秘めている、サニーの瞳。その真剣さにリンは息を呑んだ。
「とにかく戻れ。リコのそばにいろ」
リンは首を縦に小さく振った。
「それから、」
サニーはリンの顔を覗き込んだ。
「前は、勝手に、動くな。」
「お、お兄、」
「もう一度言う。『前は、勝手に、動くな』」
「…………」
「早く行くし!」
「う、うん!」
もと来た道を戻る妹を見送り、傍観していた二人に向かってサニーは苦笑して見せた。
「悪ぃな。出来の悪い妹で。」
「トリコとケンカでもしたのかい?」
「ま、そゆことだ」
そして2人を追い越し、先頭に立ったサニー。おもむろに携帯を取り出す。
「代わりにレが。そこまで付き合うし」
「電話?」
「当然。出来の良い兄は、冷たい飲み物くらい用意させておけるんだぜ?」
そう言って先に見える建物に向かって、電話をかけた。


「トリコ……?」
大樹の下に戻ったリンは、目を閉じて寝そべったままのトリコに小さく声を掛けた。
(寝てる……?)
戻った手前、どう話を切り出そうか迷っていたリンは、トリコの様子に拍子抜けした反面、ホッと胸を撫で下ろした。
そのまま、静かにトリコの横に腰掛けるリン。
もうすぐ夏が来ようとする季節の陽の強さは、大樹の葉が和らいでいる。
肌に心地良い風を感じ、いつしかリンの心から緊張が薄らいでいた。
ふと、眺めていたトリコの髪に草が絡まっている事に気付き、リンはトリコに体を傾け、そっと手を伸ばした。
その切れ端を捨てようとトリコから目を離したリンは、置かれたままの荷物の中に自分が飲んでいたペットボトルを見つけた。
中身がまだ残っているそれを取りに行こうと立ち上がろうとした瞬間、リンの手首は強く掴まれ、地に引き寄せられた。悲鳴にならない声の後に響く、低い声。
「行くな」
「トリコ……?」
リンが倒れ込んだと思った場所は、トリコの胸の上だった。
「起きて…たの?」
トリコは目を閉じたままでいる。
「あ、あのウチ、」
体を起こそうとしたリンの肩を、トリコはもう一度己の胸に抱え込んだ。
「…行くな」
再び耳に響いた声に、少し前に兄に言われた言葉が重なる。
……前は、勝手に、動くな。
「うん…」
リンは小さく答えると、そのままトリコの胸元にそっと手を添えた。








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