メビウスの指輪・4 4





「この間の処置、手を抜いたんじゃないのか?」
トリコが男に向き合う。
「それは心外ですね」
トリコの顔を見上げ、その男は抑揚の無い口調で答えた。
口元ににやりと嫌な笑みを浮かべたのは、現在の医療班の長である、βだ。
「我々が手を抜いて、何か利益になるとでも?もっとも」
βは続ける。
「利益になるなら、何でもしますが?」
サニーは一瞬眉をひそめ、黙って聞いていた。
「なら、進展を聞こうか」
トリコに言われたβは助手らしき若い科学者に、ファイルを持って来させた。
トリコがそれを受け取った。ファイルの背表紙には『No.18』と記されていた。
トリコはパラパラとページをめくりつつ、
「この一つ前のファイルもだ」
と言って背後の椅子に座った。
トリコの代わりに、サニーはβに声を掛けた。
「まえ、聞こえたか?もう一つだと」
「前にもお渡ししましたよね?」
βの言葉に、サニーの目が怒りを跳ね上げた。
その眼にβの口元から笑みが消える。サニーから目を逸らし、もう一度助手を促した。
サニーは自らを落ち着かせるかのように、ゆっくり息を吐き、助手が持ってきたファイル『No.17』を受け取る。
再度βを睨みつけて、トリコの隣へ戻った。
「どうしたサニー?」
ファイルに集中していたトリコが顔を上げる。
「…んでもねーし」
トリコは両方のファイルをテーブルに開いた。
「科学者の見解を聞こうか」
先のサニーの目に怖気づいた男は、自身を建て直し、その粘るような視線をトリコに向けた。
「外部での生活100日分のデータと、今までのデータをシュミレーションしました」
「前と比べて何日延びる?」
トリコの言葉にβは手に持った書類に目を落とす。
「実際のNo.17の『耐久日数』が」
βはそう言いかけてサニーを一瞥した。
「ナナは…185日だ」
ファイルに書かれた文字を指差してサニーが答えた。
「ならそれ以上になるはずだな」
「日数だけ考えるとNo.18にはかなり良い予測が出ています」
サニーが顔を上げ、βを見る。
「最高で、280日。ひょっとすると、一年超える可能性も出てきました」
サニーは息を呑み込んだ。
トリコはβに向かって驚いた表情を見せる。
「随分と飛躍した」
「我々は手は抜いていませんから」
勝ち誇ったような目だった。
トリコがその様子に冷ややかに返す。
「…αなら、もっと早かっただろうが」
「それは、皮肉ですね」
科学者の目の中で炎がギラリと揺れた。
「そう聞こえたなら悪かった」
トリコは静かに言う。
「専門外の事を、よくやってくれていると思っただけだ」
βの口が何か言おうとしたが、トリコが立ち上がってそれを遮った。
「今日はお前の専門分野も聞かせてもらおうか」
そう言って二つのファイルをβに戻した。
「蒼衣の、『記憶』だ」
βの口が、歪に釣り上がった。








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