はなぢ


ああ、俺はなんて幸せ者なんだろう。
縛られた腕や、肌に当たる冷たい床はとても気分が悪いし、痛いと思うがそれでも気持ちは全く違くて、心臓が張り裂けそうなほど昂っている。
もう何分間も何時間も何日もこんな格好で床に転がされているが、俺の高まりは消えない。
こうやって待っているだけでも俺の「快感」の一種になってしまっているんだ。
一応言っておくが、俺は断じてドMでない。なんならむしろ痛めつける方が好きだ。それでもこんな格好で耐えられるのは、たぁくんの家に居られるという素晴らしき状況があってこそなのだ。
たぁくんがもしこのまま家にほっぽり出してたら、拘束している古錆びた手錠をぶっ壊してでもたぁくんを殺しに行くし、警察に逃げ込んで冤罪でもなんでもたぁくんをブタ箱にぶち込んで地獄のような日々に遭わせてやることも考えていた。
しかし、たぁくんは俺を警察に突き出すどころか、殺害現場を処理し、俺の罪を明るみにもしない。そして、俺を外に出さないように、監禁(いや、俺としては同棲なんだけど)しているのだ。あのたぁくんが自分の姉を殺されて、俺を守ろうと警察から身を隠させている訳ではないのはわかっている。きっと、俺を警察に差し出したら脱獄してまでたぁくんに会いにくるからだ。もちろん被害は否めない。全てたぁくんはわかってるんだ、だから俺を家に閉じ込めた。こんな素晴らしいことある?いや、ないよ。大好きな人の家で一緒に生活をして、ご飯を食べて、寝る前まで一緒なんだよ?最高じゃん。本当、自分の姉が殺されたのに、その姉を殺した殺人鬼を家に監禁して一緒に生活するなんて頭狂ってるよね!おかしい!ははは!ま、そんなところが大好きなんだけどね。
そういうわけで、俺はたぁくんと一緒にいれて、あわよくば構ってもらえればもうそれはそれはハッピーなので、大人しく拘束されて暖房もついていない床の上で転がされてるってわけ。あーあ、はやく帰ってこないかな。

俺はそう思いながら、手錠の鎖部を柱に擦り付けて過ごすのだった。



○○○○○○

テーブルの上にはあったかそうな炒飯が乗っている。

家に帰ってきたかと思えば、さっさとキッチンにこもって何か作っていたのは、これだったんだ。実はたぁくん家。両親がおらず、金がないので、レンチンの飯より自炊しなければならない。いつもスーパーで特売品を買ってきて料理してる。金が足りなければ俺のキャッシュカードを使えば?と渡してはいるんだけど、嫌がって頑なに使ってくれない。だから実は、俺はたぁくん家で監禁されながら、ほぼたぁくんの金で生活(?)をし、たぁくんに家事までしてもらってる。やば、俺ヒモじゃん〜。そこまで愛されてるのかな?

たぁくんもテーブルの前に座ると、手も合わせず、スプーンを掴んでチャーハンを食い始めた。ちなみに、ご飯はチャーハンだけ。おかずを作る余裕はないらしい。俺が作っといてあげるのになー、断られたけど。

俺も手をつけたいが、俺はたぁくんの飯を食っている様子を微笑んで見つめる。別にわざとそうしているわけじゃない。手を拘束されているんだ。
椅子にはきちんと座らせて、飯も皿の上に乗せてくれている。だけど、手は背中に回されて拘束しているため、手を使うことは無理だ。

まー…嫌がらせのつもりなんだろう。犬食いでもしろ、と。
でも、それなら初めから床に飯を置いて、犬のように食わせればいいのにね。そんなことまではさせないらしい。無駄に俺を人間扱いをするところが、もう可愛らしいよ、たぁくん。割り切れてない性格なんてちょー可愛い。

じっと見つめていたからだろうか、たぁくんはチャーハンが乗ったスプーンを口に運びながらこちらを睨む。

「なんだよ、さっさと食べろ」

そう言って、少したぁくんの口角が上がった。
どうせ食べれねえんだろ、って思ってんだろうなぁ。
そんなたぁくんの態度を見せられれば、俺も腹の底がなんとなくむかついたような感覚がするわけで。
俺は一瞬身体を後退させると、反動で足をガンッとテーブルの上に置いた。

俺の足裏の先には、蛇みたいな三白眼の目がつり上がっていた。眉間には皺が寄り、もともとたぁくんの悪い目つきがより一層目立つ。

「なにしてんだ。汚ねえ、足おろせ」
「だって、手拘束されてて食べられないんだもん。もしかして足で食べろってことかな?って」

後ろの手錠をちゃりちゃりと鳴らす。ジッ…とたぁくんの目が憎の色に変わって行く。あはは、沸点低すぎ。俺がこんなのでさっさとくたばって犬食いするわけないじゃん。
クスクスと小さく笑えば、たぁくんの怒りが湧き出すのがわかった。

ガチャン!と皿とテーブルがぶつかる音が響き、
勢いよく伸びてきた腕でそのままペラペラの服の襟元を掴まれる。首元からグイッと持ち上げられる。

「おい、足下ろせよ」
「えー降ろしてもいいけど、たぁくんがご飯食べさせてくれる?俺にあーんってしてくれる?熱いからふーふーもしてほしい」

たぁくんのイライラした感情が俺の服を掴んだ手からヒシヒシと伝わってくる。まるで振動するように手が震えていた。普通はこういう時驚いて慄かないといけないのかもしれないが、俺はドキドキと興奮していた。たぁくんのせいで俺は頭おかしいやつじゃないか。
たぁくんは怒りに耐えきれなくなったのか、勢いよく俺の体をドンっと押す。そのまま俺の身体は後ろへと傾く。ガタガタ、ッとブランコのように椅子が揺れた。
…生憎、椅子は後ろに倒れることはなかった。だが、たぁ君は怒りが治らないのか、そのままテーブルの上にあったご飯を器ごと手で払い除ける。
ガシャガシャガシャンッ!と皿やスプーンが当たって高い衝撃音が鳴り、今日の晩飯であったチャーハンと皿が勢いよく床にひっくり返っていく。その際、鼻につくニンニクの濃い匂いが飛び散った。食器も飯も全部床に落としてぐちゃぐちゃになっている。

「あーあ。たぁくんこんなにして。食べろって言うくせに、たぁくんの方がご飯無駄にしてんじゃん」

わざと苛立ちを誘うようにそう言うと、案の定短気なたぁくんはブチギレて俺の頬を殴りつけた。

今度は俺にきちんと拳が入り、腕は拘束されていたせいで身を避けることもできず、そのまま真横に吹っ飛んで椅子ごと倒れ落ちる。咄嗟に頭は庇って床に打ち付けなかったが、胴体は丸ごと床に叩きつけられる。それでも痛みはこなかったものの、ガンッと勢いよく腹に鈍い痛みが走った。

「っげほッ…!!」

足を振り上げるたぁくんが見えた。するとまた、そのまま腹に蹴りが入る。
どうやらたぁくんのテンションはもう怒りMAXなようで、寝転がった俺の腹を思いっきり蹴り続ける。腹に熱がまわり始め、じんじんと広がっていく。
痛みに脳みそがいっぱいになっていた頃、たぁくんが立ったまま上から見下ろしていた。


「さっさと食べろよ」

非情で冷たい言い方だが、たぁくんはなぜか飯を食わせることを強要した。
食べさせないと死ぬとでも思っているのだろうか?たぁくんはこんな状況なのに意固地になってそう言ってくる。

ふふふ、と笑って、飯の方から顔を背けた。あーあ、結局こんな手段を取ることしかできないのか。馬鹿らしいと同時に、たぁくんを完璧には自分の思い通りにならないことにムカムカとする。
たぁくんは俺が笑ったのが気に食わなかったのか、次は背中を勢いよく蹴り上げる。身体に激痛が走り、唇を噛み締める。大声を上げないでこらえると、たぁくんはそのまましゃがみ込んで、髪を掴み上げると髪ごと頭を持ち上げた。当然、ぶちぶち、と頭皮から髪がちぎれる音がする。

「何笑ってんだよ」

さらに無理矢理髪を引っ張りあげられ、かおをそらされる。ギラギラとしたたぁくんの目が俺の顔を覗き込む。

「っ…、ふ、…たぁくんってば、あの女のせいで俺を殺すことできないんだ。死んだやつの言うことを律儀に守ったって褒めてくれる相手もいないのに…たぁくんはバカだね…っ!」

そう言った瞬間、たぁくんの目がギラリと光った。強い力で勢いよく髪を引っ張られたかと思うと、ガンッ!と鈍い音が脳内に響き渡り、顔面を床に叩きつけられていた。目の前が一瞬チカチカと点滅する。点滅から意識が戻ってきても、ぐちゃぁ、と顔面でチャーハンが潰れ、顔にベタベタ、ネチョネチョと糊状になった米粒の感触がする。

「姉ちゃんを馬鹿にするんじゃねえ…」

たぁくんが低く唸る。一方でそのたぁくんの言葉に「なーんだ、図星かよ」と気持ちが冷めていく。だが、それと同時に、俺の一言でたぁくんの気持ちを操ってしまえたことにも興奮した。
息が荒くなって微かに口を開ける俺を見てか、まだギラついた目をするたぁくんは目の前の散らばったチャーハンの残骸へ俺の顔を突っ込ませた。


「食え」

命令形。今更になって床に叩きつけられた痛みがじわじわと顔中に回ってきて、さらにたぁくんの冷めた声がビリビリと背筋をふるわし、身体が熱くなっていく。この状況に興奮しているのかもしれない。ここまで聞くと俺が痛めつけられることに興奮するドM男と思うかもしれないし、たぁくんもそんなバカな勘違いをしているかもしれないが、俺は断じてドMじゃない。なんなら痛めつけて苦痛に顔を歪ませるのを見る方が好きなタイプだ。でも、たぁくんに対しては違う。たぁくんが顔を真っ赤にして怒るのも好きだし、こんな風に俺を冷めた目で見るのも好きだ。
…たぁくんはいつだって人の目を気にしている。
どうしても目つきの悪いたぁくんは勘違いされることが多く、人に好かれることに必死だ。そんなたぁくんが他人に絶対見せないような感情を剥き出しにし、俺にだけ翻弄されている。俺はきっとそれにたまらなく興奮している。好きな子が俺にしか見せない顔があるなんて興奮しないわけないがないだろう…!

一方、気が酔いしれていつまで経っても食べない俺に痺れを切らしたのか、たぁくんはぐちゃぐちゃになった米粒をかき集めると俺の口に入れ込んできた。

「っごぉ、んおっ」

顔が痺れて口がうまく開かないが、無理矢理口の中に床の落ちた飯を押し込まれる。ぐちゃぐちゃしたものが舌の上や頬にあたり、うまく飲み込めなくて咳こむが、たぁくんは意地でも食べさせるつもりで、指を入れてまで口の中に流し込んでくる。

結局たぁくんは甘いな。
あんなにキレてたのに結局食べさせてくれるし、咀嚼できるよう顎まで動かしてくれる。これで親鳥みたいにたぁくんが咀嚼したものを口移しでくれたら最高なんだけど。
そんなこと思いながら味のしない飯をぐちゃぐちゃと噛み砕く。飯は上手くないが、たぁくんの指が口の中に入ってきて、その指が舌に触れる。美味しいとも不味いとも言えない独特の、人間の、味。でもこれが正真正銘たぁくんの指だと思うと興奮が止まらなくて、動かない舌を必死に動かした。
あー………やばい、勃ってきた。

「ッ、おまえ…は、はな、ぢ…っ」

「あがっ?」

口の中のチャーハンを十分に咀嚼できなくて口内にじゃりじゃりの飯を含みながら、返事をした。だからか、くぐもった変な声が出る。しかし、たぁくんはそんな声も気にせず、目をまん丸と開いて、驚き焦ったような顔で俺を凝視していた。生温い液が皮膚を伝う。はなぢ?あ、鼻血か。

そう理解すると、垂れた鼻血が肌を伝って床に散らばった米粒を汚していく。顔面をそのまま床に叩きつけたせいか、鼻の血管が切れたんだろう。鼻血が鼻の下から唇へと伝っていく。

すると突然、頭部の痛みがフワッとなくなった。
髪を掴まれる力が緩んだとわかると同時に、そのまま目の前が落下する。多分、これは、血が出たことにビビったたぁくんが、掴んでいた俺の頭を離してしまったやつだ。
ガンッ。
再度、頬が床にぶつかり、鈍い痛みが走る。っ、いってぇ……ははっ、でも、たぁくん血にびっくりしちゃうなんて可愛い。本当いじめ甲斐があるよ。

そう感歎を呟いたのも束の間、俺は目の前が白く霞み、意識を手放したのだった。


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