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世の中の危険なものってなんだろう。

それは絶対的に自分を襲い傷つけるものである。


−−−なら、それが家で飼われていたとしよう。

ケージに入れて、足枷も首輪もしっかり付けた。
最近では従順になって言うことさえ聞く。
待てもできて、おすわりも、トイレも自分でできる。


それは危険ではないと言えるのだろうか。



「おかえり、たぁくん」

ニッコリと綺麗な顔の男が下から笑う。
いつも通り、玄関前で座り込んで、俺よりも頭部を高くせず、お迎えをしにくる。

「……」
「たぁくん、今日は早かったね。学校はすぐ終わったの」
「………」


あくまで無駄な話はしない。

俺は靴を玄関で脱ぐと、そのままやつを無視してリビングへ向かった。跪いていた男は俺がリビングの方へ向かうと、そのまま後ろを追いかけてくる。ジャラジャラと音が鳴り、ズズッと鎖の擦れた音が後からやってきた。それはペットの足音のように日常に溶け込んでしまった。


無言で冷蔵庫の前まで行き、買ってきた野菜やお惣菜を詰め込んでいく。さっきの男はというと、少し離れた距離で俺が冷蔵庫にものを詰め込むのをジッと眺めている。邪魔するつもりはないようだ。

全て詰め込み終えれば、すぐさま自室へ向かおうと廊下の方へ行こうとする。しかし、男は俺の前に来て、それを阻むのだった。


「たぁくん、ご褒美は?」
「…ご褒美?」
「うん、俺大人しく待ってたんだ。ご褒美ちょうだい」
「なんでお前にやらないといけないんだよ」
「なんでって、たぁくんが俺を閉じ込めたんじゃないか!最後までお世話しないとダメだよ。鎖までつけて外に出られないようにした癖に」

「ね?」と不満を言っていた口とは思えないほど、嬉しそうに口角を上げた男、鎬(しのぎ)は俺の腕を掴んでくる。

「やめろっ」

手を振り払おうと大きく手を振る。だが、どこにそんな力があるのか、鎬は俺の手を振り解こうとしない。


「たぁくん、ご褒美はやく」
「っ…!!」

とんでもない馬鹿力で手首を強く握られる。飯をなるべく抜いていたのに、まだこんな力があるのかよ…!
飯をいっそ食わせなければよかったとか、鎖つけるんじゃなくて身体ごと柱に括っておけば良かったとか、色々悔いは出てくるが、今はそれどころではない。

ぐっと近寄った鎬の顔。
あまりにも端正な顔は伸びかけの栗茶色の髪が似合っていた。一方で初めてあった時よりもやつれているのは確かだ。

(そうだ、俺がこいつをそうしたんだ)


どんなに気に食わないやつでも、俺がこいつを家の中に閉じ込め、自由を奪った。
その行為は自己防衛だとしても、過剰と言われてしまうかもしれない。しかし、俺にはこうするしか方法が思いつかなかったし、不思議だが鎬も一回も逃げ出そうとはしなかった。


「たぁくん」

甘い声で囁かれる。胸焼けするような声で急かされるが、俺は意を決してその男の顔に顔を近づける。


低体温の唇にふれた。
チュッとリップ音を立て、唇を離せば、鎬の獰猛な眼が俺を見ていた。


「…っ!」

まさか顔を見られているとは思わず、ギョッと身体を引くが、腕を掴まれたままの俺は鎬によって後退するのを防がれる。

「たぁくん、だぁい好き」
「〜〜っ!チッ!離せよ!」
「やだ。頭も撫でてもらってないし、ハグもし
てもらってない。チューも足りない、もっと舌とか絡めてよ」
「気持ち悪いこと言うんじゃねえ!触んなッ」
「たぁくん、そんな飼い主さんじゃ、ペットは落ち込んじゃうよ?」


ペット?馬鹿言うな。誰がペットなんて飼ってると言った。


俺が捕まえているのは、極悪人だ。
しかも実の姉を殺した殺人犯。

手足の自由を奪い、外へ出られないようにしたのも、こいつが、俺の身へ危険を犯すような手立てが出来ないようにするためだ。

断じて好んでコイツを『飼っている』わけではない。



無言で睨み続ける俺に鎬は心中を察したようでクスクスと笑う。

「たぁくん、可愛い。俺みたいなヤツをこんなところに閉じ込めるなんて、相当だね」
「うるせえ犯罪者。いつだってお前の喉元掻き切ってもいいんだぞ」
「わぁ。たぁくん、なかなか言うね」


「でも、たぁくんにはきっと出来ないけどね」

鎬の笑い声が脳内いっぱいに響き渡る。
殺してやりたい。コイツを地獄に突き落としてやりたい。

コイツを閉じ込めて、外にも出歩けなくして、自由も奪ってやった。半ば俺も犯罪者のようなものだが、奴を殺すことはどうしても出来なかった。


「たぁくん、可哀想。あんな女の言葉まだ守ってんの?姉だかなんだか知らないけど、死んだ人間に従う必要はないのにさ」
「てめぇ…ッ!」

思いっきり鎬の胸ぐらを掴んで、睨みつける。
それでも鎬はケタケタと笑って、可愛い可愛いと頬を赤く染めていた。


「たぁくんは俺を殺せないもんね。そのかわりたっぷり俺を飼い殺してよ。栄養失調になって、足腰さえ立たなくって、たぁくん無しじゃ生きられない身体になるまでさ」

鎬はそう言って俺に抱きついた。鎬の腕が背中に周り、ゾッと背筋が痺れた。
姉の体が浮いた、嫌な赤い血飛沫が眼裏によぎる。
−−−しかし、鎬の手には包丁は握られていなかった。

……そうだ。俺が奴から身を守るためにはこの方法しかないのだ。

アイツから逃げて暮らそうと思っても、きっと奴は追いかけてきて、俺を殺す。
アイツは異様に俺に執着しており、姉はそのせいで死んでしまった。俺が奴から逃げようとしたからだ。

だから、俺は彼を手元に置くことにした。
彼を自分の目の届く範囲で捕まえておくことで、彼の行動や危険性を察知することができるのだ。
もう、あんな目に遭うのはこれ以上嫌だ。




「さっさと死ね、人殺し」

ベロリと俺の首筋を舐めた鎬の腹を思いっきり殴った。



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