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俺はいつものように靴を履いて狭い玄関の前で立つ。

「おじさん行ってくるね」
「あぁ、行ってらっしゃい。気をつけるんだよ」
「うん。行ってきまーす」

『おじさん』はこちらを見て笑って手を振った。俺もそれに応えるように手を振り返す。

振り返った時に見えたおじさんの顔を見て、毎度のこと笑ってしまう。にっと寄った目元や唇の厚さ、一重瞼は俺と全く違う。そのことを何度も認識しては俺は笑ってしまうのだ。
おじさんは俺の肉親でも親戚でもない。ただの赤の他人。


おじさんは10歳の俺を誘拐した誘拐犯だ。




おじさんが俺を誘拐したのは、冬のこと。
10歳だった俺は勉強漬けの日々に小学生ながら飽き飽きとしてしまって、家出をした。
なるべく親たちや大人に見つからないような遠い遠いところに行こうと、人気の少ない山の方へ向かった。
子供ながら俺の行動力は凄まじく、山へと入り、森へ森へと奥へ向かっていく。早くこんな鬱屈した社会から離れて、勉強とか人間関係とかそういうめんどくさいもんから離れた静かな世界に行きたい。それがどんな見た目や怖い場所でもよかった。俺がズンズンと森の奥へ入って、辺りが暗くなった頃だ。

俺は気づかなかった。ただ曖昧な幻想に向かってひたすら歩いていたから。
後ろに1人の男がずっとつけていたことに全く気づかなかった…。



気づけば俺は男に無言で拘束され、止められていたワゴン車にに乗せられていた。10歳の小柄な身体と十分な大人の男の身体では太刀打ちできないことは目に見えていた。車の後部座席の足元に寝かされた時、俺はこの身を委ねてしまった方がはやいと判断した。どうせこの社会から逃げ出したかった俺だ、諦めがつくのも早かった。

ーーーそうして俺は「おじさん」に連れられ、住んでいた街から去った。


そんな懐かしいことを思い出しながら、俺はぼーっと繁華街を歩いていた。
俺はあれから7年。いつの間にか高校2年生になっていた。



「万智(まち)、おはよう」
「ん?冬織(ふゆおり)じゃん〜。おはよ」

俺は肩の叩かれたほうをクルリと振り向き、知っている顔にヘラリと笑う。

「あれ?冬織もサボり?」
「万智がサボるからだろ。俺は万智を探しに来ただけ」

そう言ってコツンと俺の頭を叩く冬織。
冬織もわざわざ学校抜け出して俺を探しにきたとは相当な物好きだな。

サボり魔の俺はよく繁華街のゲーセンで暇を潰す。その習性が彼にはバレている。案の定、ふらふらとゲーセンに向かっている途中で見つかってしまった。
俺は殴った冬織の腕を掴むとそのまま歩き出す。冬織は俺の突然の行動に少し驚くが、引っ張られながらすぐに尋ねてくる。


「万智?どこにいくの?」
「お前もサボり付き合え。小1時間だけだから」
「万智〜?勉強苦手なのは知ってるけど、ちゃんと授業は受けなよ」
「わかってる。これやったら行くから」

な?と冬織の顔にニッと笑いかける。一時間遅れなら、三限目の授業は途中で参加可能だ。冬織は俺の自信満々な顔にジッと何やら考えたが、俺の完璧な時間計算にどうやら降参したようだ。冬織は綺麗な口元からはぁっとため息をついた。



俺はUFOキャッチャーの前に立ってガチャガチャとコントローラーを動かす。冬織は俺のその後ろ姿をジっと静かに見ていた。

「…万智、あと3分で一時間経つよ」
「まじか。じゃあ、今日はこれでやめとこうかな」

俺は0円になった表記を見て、ゲーム台から鞄を持って離れる。

冬織は近づいてきた俺を確認すると、そのまま肩を引き寄せて歩き出した。
冬織の綺麗な顔がグッと近づく。相変わらず長い睫毛と高くて先が細い鼻が羨ましい。

そのままゲーセンから2人で出て、学校の方角へ歩いていく。俺がいまだにじっと彼の顔を見ていても冬織はなにも言わない。

「冬織、今日の3限の授業って何」
「体育だよ」
「体育か。途中参加目立っちゃうよなぁ」
「仕方ないよ。俺も一緒に行くからそれでいいでしょ」
「おお、冬織は優しいなぁ〜」

そう言って頭を撫でようとすると、ムッと顔を顰められる。怖いなぁ。俺は撫でようとした手をスッと引っ込めた。

冬織の機嫌は悪くなったかと思ったが、大人しくついてくる俺には怒ってないようで、肩を抱く腕の力加減は相変わらず優しい。
でも、わざわざ肩を抱かれているのは逃げようとしてるのはバレバレみたいで、少しばかり拘束されてるような気持ちになった。


学校に何事もなく到着した俺たちは、とりあえず教室に向かった。
冬織と俺は同じクラスであるため、同じ教室に入る。

俺がドアを開けた。肩を抱く冬織の腕はそれに合わせ外れる。


「お?万智、きたか〜おそよう!」
「あれ?田島おそよっ。体育は?」
「体育は今日自習になったよ。お前ラッキーだな、遅刻してもバレねえじゃん」
「お!やった!」

喜んでいる俺を冬織は苦笑した。

「万智は1限と2限に遅れてるけどね」
「お、確かに!」
「そこは言わないでくれよ〜冬織」
 
 あははと笑う田島に俺はシャッって猫みたいに怒ると、そのまま大人しく自分の席に座った。ドアに近い田島の前の席である。

冬織は席が遠いため、教室の奥の方へ行ってしまった。

一応俺は教科書程度しか入っていないカバンの中身を出す。
俺の前の席のガリ勉くんは俺がガサゴソと荷物を漁ってるのをチラ見しては苦虫を噛んだような怖い顔をした。そのすごく尖った視線に、俺は小さく頭をペコっと会釈する。しかし、彼は特にそれに挨拶を返すわけでもなく、静かにこちらを睨みつけていた。

(まぁ、嫌われるよな〜)

俺のサボり魔は酷いもので、ほぼ週4のペースで行われている。いつ退学になってもおかしくはないという危険な状態にも見えるが、スレスレの遅刻程度で済ませているため、そういう状況になったことはない。田舎の県立であるこの高校は簡単に生徒を辞めさせるわけにもいかないため、そのおこぼれに俺はちょうど預かっていた。なんせ子供が少ない田舎町だ。待遇が厳しければ、すぐ子供は別の土地に移り変わってしまうだろう。
高校も手で数えられるほどしかなく、成績の良い生徒から成績の悪い生徒まで押し込まれた状態で、同クラスなのに冬織のような医学部を目指すほど学業に優れている者もいれば、俺みたいなまぁまぁ普通な成績やもっと酷い成績をとってくる者もいる。この優劣のアンバランスさは一部の生徒たちを隔てている要因ではある。

俺みたいな不真面目生徒は、優等生くんたちに嫌われて当然だろう。
一方で、冬織のような優等生でも俺に構ってくる変わり者もいる。まあ、彼は俺と小中が一緒で腐れ縁みたいなものも関係しているかもしれないがーーー。


「なぁなぁ、万智」
「なんだよ、田島〜」

話しかけてきた田島は生憎、成績下位者だ。俺とほぼ、同類だな。(俺はサボりはするけどテストの平均は取ってくる=田島よりは成績は上!)

ガリ勉くんはいつの間にか前を向いていた。彼は田島も大の苦手なのだ。

「万智さ、バイトしてる?」
「それがこの前までやってたけど辞めた。ここら辺時給クソ安いんだもん」
「だよな。俺もこの前までコンビニやってたけど、全然金貯まらないからやめたわ」

田島の話を聞いて俺は笑う。田島は勉強嫌いだが、その分たくさん遊んで、いろんな話を知っているから面白い。兄ちゃんがヤンキーをやってたのもあって、相当派手なことをやらかしたこともあるらしい。

「それで実はさ、俺良い案件のバイトないかなって探したわけよ。そしたら、なんと!めちゃくちゃ良いバイト見つけたんだわ」
「え?まじで?」
「やべえよ。1件あたりって感じで金もらえるんだけど、万は軽く行く」
「え、何それ。めっちゃ好物件じゃん!」

そんな割の高いバイトって何なのだろうか、田島はやはり面白い話を持ってくる。うまい話があれば遠慮なく食いつく派の俺は彼にその詳細を聞いた。

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