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「美郷くん、ご両親には海外に行くこと伝えたかい?一応君は成人しているけれど、ご両親には伝えておくべきだろうと思って」

鴨肉を食べやすい大きさに切り揃えて、口に頬張ると、ゆっくりそれを咀嚼した。


「報告してません。おそらく、大丈夫です。俺がすることに親は何も言ってこないと思うので」
「それは本当かい?でも、海外に行ってしまうなんて、何か急なことでもあったら…」


俺は雪里さんの言葉に目を伏せて、無言で鴨肉を淡々と頬張った。
くちくち、と鴨肉を歯でかむが、繊維はうまく引きちぎれない。



頭の中で紘の顔が思い浮かぶ。

『美郷、お前、その人がお前のこと裏切ったらどうするんだよ…』


雪里さんが俺を裏切るはずがない。
雪里さんが俺の『暮らし』を否定するはずがないんだ。
俺を全て受け入れてくれた彼を、どうして今更裏切ると怯えなければならないのか。


「美郷くん、ご両親には僕が連絡しておくよ。それでもいい?何かあっては会社の方も困ってしまうし…」

心配そうに見つめてくる雪里さん。

俺は雪里さんの綺麗な顔を眺めながら、言葉を吐き出した。



「雪里さん、俺を裏切らないですよね?」



雪里さんの眼には酷く冷静な俺の顔が映し出されていた。
−−−俺にはこの答えに絶対的な自信があったのだ。


雪里さんは、くしゃりと眉をつぶすと、ゆっくりと話しかけてくる。

「美郷くん、俺は君についてきて欲しいとお願いしたんだ。君のことは守るし、君と楽しくこれからも一緒に過ごせたらいいと思っている。もちろん美郷くんには嫌なことはさせたくないって思ってるよ。君の幸せに何か僕が繋がってくれればいいんだ。僕は君と一緒にいたいんだ」
「雪里さん…」


雪里さんは俺の手をいつの間にか包み込んでいた。
あったかい体温が雪里さんだと実感する。


ふう、とため息をつけば、雪里さんは「安心したかな?」と微笑んだ。

「すみません…。実は大学の友人にそれは本当に大丈夫なことなのか、と詰められてしまって…急に不安になってしまったんです。雪里さんのことが嫌とか、疑ってるわけではないです」
「いやいや、僕も突然のことを言い出したんだ。その友人は君のことを心配してくれたんだね。でも大丈夫だよ、本当に会社も含めて、君のことを守るから。確か、美郷くんお茶とかコーヒーの勉強したいって言ってたよね?せっかく海外に行くし、そう言う先生とお勉強できるよう聞いてみるよ。美郷くんの夢だったものね」
「雪里さん…ありがとうございます」

雪里さんはふふふと優しく微笑んだ。暖かい。俺がコーヒーを学びたいなんて言ったら両親たちはどう怒鳴っていただろう。俺を自分たちと同様に銀行員に育てたかった父親や母親だ。
きっと認めてもらえなかった。

「やはり心配なら、親御さんには連絡しておいた方がいいね。僕から連絡しておくよ。書類も用意しておこう」
「お願いします」

雪里さんが親に話してくれた方が納得してくれるだろう。俺は鴨肉を飲み込んだ。




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