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俺はいやな予感がして目の前の人間を睨みつける。
背はさほど高くなく、170ぐらいある俺に対して160センチあるかないかの身長だ。華奢な格好に、服はカジュアルで、薄いTシャツと細い脚を晒すようなスキニーに近いジーンズを履いている。
そして何より顔面が良い。長いまつ毛とくりんとした大きな瞳、鼻もスッキリとしていてお人形みたいに整っている。ふわりとしたショートカットが揺れた。

「あのーすみません。探し物したいんだけど。昨日ピアス落としたんだよね」

ヒコたんやっぱり女連れ込んでるんじゃん!!!

そう思うと怒りが一気に急上昇する。俺はその場から動かず、より眼光を鋭くして目の前の相手を睨みつける。
目の前の相手も俺が敵対したことがわかったのか、表情がどんどん冷たくなる。

「あのさ、探し物したいって言ったよね?邪魔だから退いてくんない?」
「……」
「てかさ、雅彦の部屋になんで知らない奴がいるわけ」
「…はぁ?それはこっちのセリフなんだけど。てかお前なに?なんでそんな偉そうなわけ?ヒコたんのセフレ?それとも彼女気取り?」
「何言ってんの、意味わかんないんだけど。アンタこそ雅彦のストーカーかなんか?クソ迷惑」
「そんなわけないじゃん!」

可愛い顔に似合わず辛辣な言葉にイライラとする。俺の言葉にも全く怯まず偉そうな態度が余計腹が立つ。

思わずそのまま食ってかかりそうになった時、後ろからやっとヒコたんが現れた。

「幸(ゆき)、見つかったか?」
「雅彦」
「ヒコたん!何これ、どういうこと!!女連れ込んでないって嘘だったじゃん!ひどい!嘘つき!!」
「は?まてよ、俺女じゃないんだけど」

うるさい!もう女とか男とかどうでもいい!
ヒコたんがまた嘘ついた!裏切り者!バカバカ!信じた俺がバカじゃん!

そう思うと、怒りが止まり切らなくなり、何かが破裂したように勢いよく涙が出る。
その俺の号泣の様子に、雅彦だけでなく、目の前の女顔もギョッとする。

「ヒ゛コ゛た゛ん゛の゛〜ヒ゛コ゛た゛ん゛の゛ハ゛カ゛ァ゛…」
「ゆ、裕里、落ち着け。急にどうしたんだ」
「浮゛気゛者゛ぉ゛〜〜」

慌ててヒコたんが駆け寄ってきて必死に俺を宥めようとするが、俺のヘラってしまった脳みそと眼球の暴走はしばらく止まることはなかった。


○○○○○○


「裕里悪かった。家に来たのが女かどうか聞かれたから、違うって答えたんだよ。俺の思慮不足だった。次は男が来ても答えるよ。」
「ッグ、ひっぐ……絶対だよぉ〜…絶対に絶対だからね……う、…う、ぇぇぇんっ」
「あーあ、裕里。わかったわかった、だから泣くな」

ぽんぽんと背中を叩かれ、頭を撫でながらヒコたんに抱きしめられる。
止まらない涙をヒコたんの着ているシャツで受け止めてもらいながら、より一層抱きついた。
ヒコたんは涙と鼻水でベチャベチャになっているシャツへ怒ったり俺の散々泣いている様子を嫌がるわけでもなく、ずっと俺が泣き止むまで側にいて慰めてくれた。

「裕里、だいぶ落ち着いてきたな。水とタオル、取りに行ってくるよ」
「や、やだぁ…一緒に行くぅ〜…」
「わかった、わかった。ほら」

そう言ってヒコたんは笑顔で右手を差し出した。

(ヒコたんはやっぱり優しい…こんな俺に嫌がらず、呆れたり冷たくしたりしない…)

今までこのように感情が急に不安定になりやすかったり癇癪を起こしやすかった俺は、幾度も友達や家族から見放されてきた。しかし、ヒコたんはどんな時もそばにいてくれて、泣いていれば必ず俺の元へやってきて抱きしめてくれる。ヒコたんはどんなに弱くて落ちぶれてしまった人間にも手を差し伸べてくれる神であるのだ。そして人から嫌われる対象でしかない俺にそばで寄り添ってくれる唯一の人間…。


俺はそのままヒコたんから差し出された手を取り座り込んでいた床から起き上がって、その手でヒコたんの手と繋いで部屋を出る。



タンタン、と足音をたてながら二階の部屋から2人でリビングへ降りていく。
リビングと二階の部屋の距離はそんなにないため、あっという間にリビングの前の扉に着く。

ヒコたんがドアを開けてくれて、それに続くと、中にはまだ女みたいな顔をした男がソファに座っていた。
ドアの音にこちらを振り向いた奴と目が合う。

俺はジワジワとまた涙腺が緩んできた。


「ヒコたんなんでこいつまだいるの〜〜〜!!」
「うげっ、また泣き出したんだけど!雅彦こいつ一体何なの!?」
「え、学校の友達だよ」

友達じゃないもん、親友だもん〜〜っ。そういってまた泣きじゃくり始めてしまった俺に、ヒコたんはよしよしと頭を撫でて宥める。さっきまで泣いてばっかりだった俺の目はそれにすぐ涙が引っ込んだ。

面倒くさそうというよりは俺と関わること自体が鬱陶しそうな顔をした奴こと幸はソファから渋々立ち上がった。

「本当にただの友達かよ…。ねぇ、アンタ。何勘違いしてんのかわかんないけど、俺雅彦の彼氏とかそんなんじゃないから。従兄弟だよ、従兄弟。ここまで泣かれると、鬱陶しすぎて恋人とか嘘ついてまで虐める気にもなんないわ…」
「そうなんだ、裕里。従兄弟の幸は昨日たまたまうちに泊まりに来てたんだよ。夜中まで一緒にゲームしてんだ」
「っ待って〜〜!そんな情報聞いてないんだけどぉ、ヒコたん〜!!!!思いっきり、俺無視して遊んでたんじゃん〜〜〜!!」
「うわっ、雅彦のバカ野郎!ねぇ、ちょっと!また泣くのマジで勘弁なんだけど!」

こっちだって泣きたくて泣いてるわけじゃないやい〜!!
しゃっくりみたいに、呼吸がうまくできなくてヒグッ、ヒグッと不細工な声は漏らしているが、何とか泣くのをこらえる。
そんな俺の様子に「いいぞいいぞ…」なんて幸は声をかけた。おいバカにすんな!


それから、まだ落ち着くことのない俺の情緒の不安定さに幸は何か察したのか。立ち上がったまま雅彦のほうへ向いて話しかけた。

「…雅彦。なんか今俺がいても、いいことなさそうだからとりあえず今回は帰るわ。また今度ピアス探しに来る」
「ああそうか、すまない。俺の方でも探しておくよ」
「うん。よろしく。それじゃ、またね」

「あと、そこのお友達くんも」なんて幸は小声で言う。もう2度と会うか!

そして幸は言った通りそのままおとなしく部屋から出ていく。
しばらくして、遠くから玄関の重たいドアが閉まる音が聞こえた。
本当に帰ったようだ。





…急いで持ってきた濡れタオルを俺の目元に当てたヒコたんは、ソファで隣に座りながらこちらをまだ伺っていた。

俺が拗ねていると思っているんだ。そうだ、俺は拗ねてる。俺にはヒコたんしかいないのに、ヒコたんの周りにはいつも誰かがいる。

昨日俺がどんな思いでヒコたんにメッセージを送って、一人がどんなに寂しくて、苦しくて、しんどくて、返事が来ないかまだ来ないかって心配して、目が赤くなっても泣き腫らしてでもスマホの前でずっと待ってて、待ってて心配してたのに…。

俺は必要ないんだ。



「ヒコたんのばか…」
タオルを顔に押し付けたからか、不満はくぐもった声が出る。

「裕里…」
「もうヒコたんなんか信じられない」
「裕里」
「ヒコたんのばか、ばか…俺にはヒコたんだけなのに、ヒコたんしかいないのに……」
「裕里」

言葉を制され、顔の前にあったタオルごと頬を包み込まれたかとおもうと、そのままヒコたんに勢い良く抱きしめられる。
俺の細くてガリガリな体よりも、スポーツで鍛えたちょうどよい筋肉質な体はより俺をきつく抱きしめてくる。

「…裕里、今日泊まって行けよ」
「そ、そんなこと言ったって俺は…」
「裕里が欲しい」

だめか?

そう囁かれたかと思うと、抱きしめられた腹部分に来る硬い違和感。
思わず顔をあげればタオルがパサリと落ちた。それから明らかになるヒコたんの表情。
明らかに欲情しきった目と熱くなっているであろう赤い頬がこちらを見つめている。

「俺にもお前だけだよ裕里」


今までに見たことのない顔をしたヒコたんがそこにはいた。




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