久しぶりのヒコたんの部屋はいい匂いがした。
今日はカフェに寄っていっぱいお話するデートの予定だったが、まさかの路線変更で、お家にお呼ばれされてしまった!俺のテンションはもう爆上がりである。しかも、家の鍵まで渡してくれて、完全にヒコたんは俺を信頼してくれてる!好き!
すぐさまヒコたんの部屋に入り、ヒコたんのベッドへ向かう。
ゆっくりとだが、全身でヒコたんのベッドへ寝そべれば、太陽のような暖かい匂いがした。
「ヒコたん…」
大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き…。
ヒコたんの部屋に俺だけがいる。この状況に多幸感がいっぱいに溢れて、俺の内側の熱がトロトロと甘く溶けていく。
「はぁ…」
甘い息が漏れた。
やばい、昨日精神安定剤飲んだから今強烈に頭弾けたかも…。フワフワと脳が浮遊感に包まれ、同時に眠気に襲われる。俺は脳みそいっぱいにハートを浮かべ、気づけば気を失っていた。
するりと頬に何かが触れた。
少し冷たいが、触れた指先の感覚に俺の知っている『誰か』が思い浮かんだ。
「ヒコたん……」
「…ん?起きたか?」
ヒコたんの部屋で寝落ちてしまってたらしい。いつの間にか帰ってきて、学生服のブレザーを脱いだヒコたんがベッドの上に座って俺の方を見ていた。
暑かったのか、来ているYシャツのボタンが上から2、3個外されている。
優等生で真面目なヒコたんにしては珍しい格好だ。
「…むしろえっちぃ……」
「ん?何か言ったか?」
「…いや、なんでもない」
俺が呟いた独り言はギリギリ聞こえていなかったようで、特に気に留める様子もなくヒコたんはそっか、と薄く笑った。俺はそのまま思いついた疑問を口に出す。
「ヒコたん…、すぐ帰ってきたの?」
「ああ。駿喜とラーメン食べたらすぐ店出たぞ。どうせラーメン屋だから大して話すこともないし、ラーメンも注文したらすぐ出てくるしな」
「そこそこ美味かったぞ」なんて言って、そのラーメン店のなのかポイントカードを見せてくるヒコたん。
俺はやっぱりラーメンは嫌いだけど(油が身体に合わなくて食べるとお腹がぐるぐるするから)、ヒコたんがサクサク帰ってきてくれるならアリかな?なんて思った。寂しい思いをせずに済むし。
…。
そのまま、ぽすん、とヒコたんの肩に頭を乗せてみた。
きっと肩は重たいだろうに、ヒコたんはそれを拒まずそのまま肩に乗せながら、俺の頭を撫でてくれる。
そうヒコたんは何も拒まない。求めたらその分だけ返してくれる。どんな俺でも全部受け入れてくれる。
「ヒコたん…」
思わず甘えた声が出た。
ヒコたんは癖のような「ん?」という優しい問いかけをして、こちらを見てくる。
顔を上げてヒコたんの黒い瞳を見つめれば、しばらくの沈黙。そののち、ヒコたんは俺の考えていることが分かったんだろう。するりと頬に手を添えて、顔が近づくと優しく唇を軽く合わせた。
ふに、と柔らかい弾力のあるヒコたんの唇が触れる。
そのまま角度を変えて、啄むように何度も何度も軽く小鳥が啄むようにキスをする。
ちゅ、ちゅ、と音がたち、からかってるようなくすぐったいような感覚のキスだが、ヒコたんの熱に触れていると思えば、俺の身体は甘い痺れが全身に広がっていく。
「ヒコたん…好き、好き……」
たまに漏れるヒコたんの熱くてしっとりした吐息により一層、体全身が熱くなる。
ヒコたん好きだよ、好き。ずっと一緒にいて。
熱くなっていく身体とヒコたんのことで頭がいっぱいいっぱいになっていた、その時。
『ピンポーーン』
雰囲気を壊すように、突然家全体に呼び鈴の音が響き渡った。
くちゅり、と合わせていた唇が離れる。
「あ。もしかしたら宅配物が来たかも。裕里ごめんな、ちょっと見てくる。ここでまってて」
そう言って、先ほどまでは甘ったるくキスしていた雰囲気とは打って変わった爽やかな笑みを浮かべたヒコたんはベッドから立ち上がった。
反対に俺は、まだ頭がぽー…っとしていて、『まあ宅配ぐらいなら許してやるか』と寛大な心意気になるまで完璧に蕩けきっていた。
そしてヒコたんが部屋から出て行ってから数分。
すぐに帰ってくると思われたヒコたんだったが、全然帰ってこない。そんなに大きい荷物が届いたのだろうか。手間取っているのか。それとも何かトラブルがあったのか。宅配物を受け取るだけという割にはあまりに時間がかかりすぎていた。
俺はいよいよ心配になり、玄関の様子を見に行こうとベッドから立ち上がる。
扉を開けようとドアノブに手を伸ばした。
しかし、俺がドアを開くより先に勝手にドアが動く。
「ぜったい雅彦の部屋に忘れたんだってばー!……って、あれ?誰?」
ドアが開くと同時に馬鹿でかい声が聞こえ、ドアノブを掴みかけた俺とドアを開けた奴が真正面から対峙する。
は?そっちこそ、お前誰だよ。