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やばい、遅れる…!

閉まりかけのドアにギリギリ薄い体を滑り込ませ、電車へ飛び込む。
そこまで満員じゃなかった電車の中は俺と同じように学生がちらほらいた。

ドアに寄りかかりながらスマホを開く。
イヤホンは耳に挿してるけど、デザインを重視して買ったチープなイヤホンはノイズキャンセリング機能なんてものはついてない。だからたまに外の雑音がチラチラと聞こえて来る。

「ねえ、あれって噂のメンヘラ系じゃね?」
「うわ、マジそうかも。男は初めて見た」

うるせえ、声でけえよ。
向かいのドアに凭れ掛かりながら、俺のことを興味津々そうに見つめる男子高校生を一瞥する。


そうだ、俺は滅多にいないメンヘラ系男子だ。
ぶっちゃけ外で好奇な目で見られてることには慣れている。

ウザいな、と思いながらもなるべく無視して、萌え袖を作ってはお気に入りのまりめろのストラップと一緒にスマホで写真を撮る。ツイッターを開いてウサギの絵文字と一緒に写真をツイートすれば、すぐにハートがいっぱいついた。

マジマジとこちらを無遠慮に見てはぺちゃくちゃとつまらない話をしてる男子高校生や教室でティックトック撮って騒いでる連中より俺の方が絶対にツイッターのフォロワー数が多いと自負できる。フォロワー数4桁。メンヘラ男子は巷のメンヘラ女子に大人気なのだ。流行りの韓国自撮りアプリで盛った自撮りをあげれば、ハートは山のように降ってくるし、裏垢からのDMはめっちゃくる。
さすがに化粧はできないけど、灯の少ない暗い部屋で盛る写真は最高に可愛い。チャームポイントはくまみたいに膨れた涙袋。顎部分はいつもマスクで隠してる。


適当にリプ返して、インスタを眺めてたら最寄駅に着いていた。こちらを見ていた男子高校生はいつのまにかいなくなっている。本当キモかったな、あいつら。記憶からと とっとと消去だ。

俺はもう一度まりめろのストラップを撫でて、電車を降りた。



○○○○○○

学校についても雑音はいっぱい。
教室に入れば、パッとこちらを見る顔が数個。そして、何人かは興味なさそうに、また何人かは顔を歪ませた。

最短距離で端っこの席に着く。
相変わらず近くのクラスメイトはこちらに話しかける様子もないし、俺も話しかけない。そしていつもの日常ルーティンなので気にしない。
席に座っては、まず俺は鞄からまりめろのポーチを取り出した。中からピンクのウサギの手持ち鏡を出して、パカリと開く。

「ゆりちゃん、このまりめろかわいい〜どこで買ったの〜?」
「ん?」

今日の俺もちょーかわいい。なんて思いながら、鏡を眺めていたのも束の間、手持ち鏡の向こう側から高い声がする。
あ、ちゃんさやだ。
俺はニコリと笑顔を作って(少し頬に違和感ありだが)目の前の女に話しかける。

「ね、可愛いっしょ?公式サイトで買ったんだよねーこれツイッターでバズってるやつ」
「そうなの〜?めっちゃ可愛い〜うちも買っちゃおっかなぁ」
「あ、でもこれ人気すぎて完売したらしいーもう売ってないかも」
「え!そうなの」

その言葉を聞いて、くしゃりとちゃんさやの眉が潰れた。パッツンの前髪にピンクリボンのツインテはあんまり似合ってない。ちゃんさやは泣きそうな顔をしている。

「ゆりちゃんとお揃にしたかったのに〜」
「うーん、まあしょうがないよー。またまりめろのグッズあったらちゃんさやにおしえたげるー」
「本当ー?ゆりちゃんありがとうー」

機嫌を戻したのかニコニコのちゃんさや。俺はじっとその場から動かないちゃんさやに頬が引きつる。

もう会話終わりなんだけど。いい加減早くどっか行けよブス、フォロワー数狙いのくせに。

俺は無理矢理口角を上げていた顔をそのまま下ろすと、ちゃんさやを無視してスマホいじりを再開した。これ以上こいつと話すことはない。だってちゃんさやはファッションメンヘラだ。なんなら本当はフォロワー数が多い人気者とか有名人に近づいて自分仲良いんですアピールをしたいだけのミーハー雑魚女である。

俺が話をする気ないことに察したのか、彼女は速やかにこの場から立ち去り次はユーチュバーを始めたクラスメイトに話しかけていた。やばいあの女、マジ欲求強すぎだろ。


あ。そう。そういえば言い忘れてたけど俺の名前はゆりちゃん。可愛いっしょ?小学生の時は女々しくて嫌いだったんだけど今はちょーー好き。親に感謝できるところは唯一それだけ。

「田所 裕里(たどころ ゆり)、また女と話してんだけど」
「あんなのオカマじゃん。珍しいんだろ。しかも超似合ってねえし」
「雅彦(まさひこ)もさ、あんなのと良く相手してやってるよね」



………はぁ、マジウザいんですけど。

『また悪口言われた、萎え』とツイートする。そうすればリツイートといいねがまたあっという間にいっぱい増えた。反応くれるみんな好き。てか、なんかさっきの写真ツイよりも反応多い気するんだけど。

悪口とか貶し言われるのも慣れっこ。昔はすぐヘラって手首シャッってしてたけど、やりすぎてオーバーアウトしてからはなんかそういうのどうでも良くなった。
しかも、今の俺には好きピがいるから大丈夫。むしろ、好きピに心配をさせたくない。手首ギザギザしてて可愛くないって思われたらヤだし。



そう思ってたら、突然後ろのドアが開いた。
なんとなく振り向けば、クラス一爽やかでカッコいい顔が見えた。

「ヒコたん!」

なんというタイミング、好きピの登場であった。








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