「っ…」
寝起きは最悪だった。
風呂に入るのも忘れて、制服のままベッドの中にこもっていた。
もちろん飯も食べてないから、空腹である。
とりあえず起きて、スマホを手に取る。
ラインを開くが、相変わらずヒコたんのメッセージは遅く、昨日の夕方に送ったメッセージは既読すらついていなかった。
長時間帰ってこないのは、きっと幸がいるせいだ。ヒコたんが暇つぶしにスマホを触るタイミングもないんだ。ムカつく……本当に死んでくれ。
幸がいるから当分ヒコたんの家に泊まるのも無理かもしれない。家で毎回顔を合わせたくもないし、セックスしてる声なんて聞かせたくない。
…いや?むしろ聞かせてやった方がいいかもしれない。お前にはヒコたんへ付け入る隙なんてないんだ、と。一つ屋根の下にいるからって自分が特別になったと勘違いするな、と。綺麗な顔がぐちゃぐちゃになって不細工な怒り面を晒す幸を想像し、俺は可笑しくて笑った。
とりあえずシャワーを浴びて、制服を着替え直す。
朝ご飯はいつも通り食べないで、家を出た。
のだが。
「ゆり、おはよう」
「ッヒッ…!」
白い髪をゆらゆらと揺らしながら、背が高いヒョロっこい聖が玄関の外で立っている。
やばい、と家の中に戻ろうとするが、聖は俺の行動を先読みして無理矢理腕を掴んだ。
「ゆり早く行かないと学校遅刻しちゃうよ?それともお休みする?」
「っ…!離せ!アンタなんで朝っぱらからここにいるんだよ!」
「ん?迎えにきたよ。俺、ゆりの彼氏だし」
「はぁ!?アンタぶっ飛ばすぞ!誰が俺の彼氏だよ!!」
聖の勝手なペースに、ギッと睨みつける。
聖は俺の睨みに少し怯えて、背の高い体を丸める。
「ゆり、怒らないで。彼氏はまだ早かったかもしれないけど…」
「誰がアンタみたいなのを、彼氏にするかよ!俺にはヒコたんがいるの!」
聖の腕を振り払う。
一瞬家に戻ろうかと思うが、カバンをそのまま
持っていたこともあって、結局学校を行くことにした。
鍵は乱雑にかけ、聖の横を通りすぎる。
出来るだけ早歩きで聖と離れようとするが、横からにゅっと綺麗な顔が出てくる。
「ゆり、言ったじゃん。ヒコたんはゆりのこと好きじゃないって」
「ッ…、うるさいっ。アンタには関係ない!」
「ゆり…」
「てか!なんでついてくんの!?ストーカー!?」
「俺もゆりと学校行こうと思って」
俺の考えなど人知れず、ニコリと綺麗な笑顔を見せる聖。
その整った顔に俺はまたイライラとさせられる。その綺麗な顔であればなんでも言うことを聞くと思っているのか。
「嫌だ!ついてこないで!」
「なんで?」
「俺がアンタのこと嫌いなんだよ!気持ち悪いっ!俺に触んな!!目の前から消えろよッ!!」
触れてこようとした腕を勢いよく弾き飛ばした。
バシッと思ったよりも大きな音がした。
聖が大きく目を開いたのが見えた。
聖の顔が傷ついたように歪む。
悲壮な顔をしても整っている聖を俺はそのまま振り切り、その場から立ち去ろうとした。
数歩歩いた時だ。
大きな泣き叫ぶ声が聞こえた。
「ぁ、ぁあ"ー!!やだ、ヤダヤダヤダヤダァー!!ぁ"あ"あ"あ"あ"ー!!!!」
閑静な住宅街に、聖の大きな泣き叫ぶ声が響く。一通りが少ないはずなのに、聖の泣き喚く声が大きくて、道行く人がこちらを見て立ち止まっていき、あっという間に人だかりができる。
俺は後ろを振り向くしかない。
聖は下にしゃがみ込み、ただでさえ目立つ白髪でワンワンと泣いている。
「ゆりぃぃ、行かないでよぉ!!置いてかないでよお!う、う"あ"あ"あ"あ"ー!!」
もう18にもなる男だ。正気の沙汰じゃない。
小さな子供のように感情的に癇癪を起こす聖に茫然としていたが、どんどん騒ぎが大きくなっていくのに気付いて、慌てて奴に駆け寄るしかない。
「ゆりぃ、ゆりぃ、ゆりぃぃぃー!!!」
「わ、わかったから!一緒に行くから!これ以上騒がないでっ!」
「なんだ?痴話喧嘩か?」「友達同士の喧嘩じゃないの?」「高校生にもなって、こんな大騒ぎしないでくれよ…」
聖が嗚咽を漏らしながらも泣き喚くのを止めると、野次馬達はゾロゾロとその場から立ち去っていく。
「っく、っひ……ひっ…ゆり、嫌いって言わないで…」
「あーーー…はい、わかったから…とりあえず泣き止んでよ」
(…なにこいつ、本当面倒くさい)
聖がとりあえず立ち上がれるぐらいになると、無理矢理引っ張りながらこの場から立ち去る。
いまだに暇そうな主婦層がこちらを見てヒソヒソと話していて、さっさと立ち去るよう聖の腕に自分の腕を巻いて引っ張っていく。
本当人生で1番面倒臭いのに絡まれたかもしれない。
チラリと睨むつもりで聖の顔を横目で見るが、泣いて真っ赤に鼻や目を腫らしていてもどこか憂いた様な綺麗な顔に、ムッと腹が立つ。
(泣き喚けば、女みたいに我儘聞いてもらえるとでも思ってんのかよ)
マジでムカつく奴だと思うけど、結局奴の思うがままの流れに実際なっている。
うまく丸め込まれたしまったと悔しく思いつつも、聖は置いていけないため学校に向かうしかなかった。
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