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ドアのすみっこで、スマホをいじる気も起きなくて、ヒコたんの方をただ眺める。

ヒコたんの腕や肩、足や腰に、採寸する女子の手が触れては、何やら話しこんでヒコたんは笑う。


(触んな触んな触んな触んな触んな触んな触んな触んな)

あー、だからやっぱり嫌なんだよ、こう言うイベント事は。なんで、ヒコたんが他の人間と仲良くしてる様を見なきゃなんないわけ?まじうぜえ。

ベタベタとヒコたんに這いずりまわる他人の手がキモくてキモくて仕方ない。
しねしねしね、ブスどもが調子乗んな。
いつもは俺の身体を抱いてんだぞ、ヒコたんの身体は。


彼の体を知ってるこその優越感と他人に取られて独占欲を踏み躙られた感覚。


(…まじ胸糞悪い、やっぱ帰ろうかな。)

そう思うと、頭を俯かせて、体育座りのまま床を見下ろした。




「なに?雅彦盗られたの?ゆりちゃん」

急に揶揄うような声がふってきた。
反射的に顔をいきおいよくあげれば、ドアの隣で、かったるそうな駿喜が壁にもたれかかっていた。


「なんだよ、なんの用だよ。ヒコたんは今忙しいの」
「なにあれ?採寸??なんか衣装でも着るの?」
「…ッチ」

俺の話なんか初めから聞き流して、自分の聞きたいことだけを問うてくる駿喜にイライラとする。なんでこう言う時に限って、めんどくさいやつに絡まれるわけ。



おれが答えるつもりなく無言でいると、駿喜は勝手に答えを導き出したのか、黒板を顎で指しながら言った。

「あぁ。文化祭のやつね?なになに?…メイド喫茶?え?もしかして雅彦、メイド服きんの?」

「まじウケる、超似合いそうじゃん」と笑う駿喜に本当にイライラする。
お前もセンスねーバカかよ。

駿喜はジーッと雅彦を見ては、フン、と鼻を鳴らして笑った。


「へえ〜メイド喫茶とかありがちじゃん。しかも男がメイド服着るとかマンガかよ。もっと別の発想なかったの?」

(…コイツ独り言をペラペラとうるせえな)

短気な俺はそのまま駿喜の顔を睨みつける。

「俺が決めたわけじゃんだけど!なんなら反対だわ。てか、そう言うお前んとこは何やるんだよ」
「ん?俺んとこはお化け屋敷だよ」
「…はぁ?アンタんとこの方がもっとショボいじゃん」
「さぁ〜ただのお化け屋敷をするつもりでは全くないけど?ゆりちゃんも見にきてよ」

俺の視線で何を言いたいのかわかったのか、駿喜はそう勝手に答えて、またおちょくったように片眉を上げた。
自信満々な感じが余計腹立つわ。一回しね!




俺はやっぱりむかつくから駿喜を無視することにして、ポケットからスマホを取り出す。
ヘラヘラしたやつが一番信用ならなくて嫌いなんだよね。


駿喜を無視して、とりあえずSNSを開いていると、近くにいたクラスメイトたちがこちらへ寄ってきた。


「駿喜くん、どうしたの?何か用事?」
「あ、うん、そうなんだよね。雅彦に話があったんだけど、文化祭の準備してる感じ?」
「そうなの!」
「ウチら、メイド喫茶をやるんだけど〜……」

駿喜はたまたま寄ってきた化粧派手女たちと話を始める。そのまま俺を無視して、教室の中へと入っていった。

駿喜の方を横目で伺って、クラスの集団に溶け込んでいくのを見届けると、はぁっと思いっきりため息を吐く。

背が少し高くて、少し明るめの茶色に染めた髪を緩くセットした様子は、まじで嫌なきぶんになるほど、元カレに似てる。てか、元カレが地下アイドルだったんけどさ。


軽そうだけど柔らかい物腰とやけに機敏に気付く気遣いが女にウケるらしくて、俺がいながら他の女にメシとか金援助してもらってた。
あれのせいで俺はどっぷりメンヘラ漬けですよ。女の子にお金とか出してもらうのもアイツのせいで平気になったんだよな。
てか、アイドルのくせに男に手を出してくんなよな。


ヒコたんの採寸はいつになってもおわんないし、駿喜のせいで精神状態劣悪なため、床に置いたカバンを拾い上げてはそのままドアの方から出ていく。



一瞬振り返ろうか、と思ったが、クラスメイト達の笑い声が聞こえてきて、俺はやっぱり振り向かないことにした。








タンタン、と降りて靴箱へ向かう。
頭の中では薬が家にいくつあるかを数えている状態だった。

「ゆりちゃん…」


急に名前を呼ばれた。
俺はぼーっとしていた意識を消して、足を止める。


「裕里…裕里ちゃんだよね?」
「げっ」

とんでもなく白い髪の毛が目に入ってくる。
こんな強烈な髪色忘れるわけない。てかこんな白髪、むしろ学校は許可してんのか。

俺は嫌な予感がして、少し逃げ腰に奴を見た。
えーと、えーと名前……。

「ひ、ひじり?」
「!そうだよ、聖だよ、ゆりちゃん…。会いたかった。学校久しぶりに来たんでしょ?体調悪かったの?」

なんでそんなこと、お前が知ってるんだ。
てか、名前…。
いろいろ疑問が多すぎる彼に、眉がますます寄っていく。

一方で、彼は俺が警戒している様子を解こうと、見惚れてしまうような蕩けた笑みを見せてゆっくり話す。

「ゆりちゃん、人気者、なんだね。クラスメイトに聞いたらすぐ教えてもらえた。SNSのフォロワーも多いんだ…。ゆりちゃん、皆に好かれてるんだ…」

本当にどこまで知ってんの、コイツ。
なんで俺がツイッターとかやってんの知ってんの。でも、メンヘラ男子は貴重な存在ではあるため、目立つというか特定はすぐ出来たのだろう。

「それで、何か用ですか?」

機嫌が悪いのもあって強い言い方になった。
それに、聖はすぐ反応して、慌てたようにこちらへ近寄った。

「ゆりちゃん、ごめんね、怒らないで…俺、ゆりちゃんのこと知りたくて知りたくて。ゆりちゃんが嫌ならもうしないよ?ねえ、ゆりちゃん捨てないで」
「あの、怒ってませんから、大丈夫です。でも、こんな俺になんの用ですか?俺今から帰宅しようと思ってるんですけど」

さっきよりは弱めた柔らかい言い方にしつつも、この前のこともあって拒否の態度は見せる。聖は白髪をサラリと流して、より俺の方へ顔を近づけた。

「神さま、俺と一緒にいてくれないの…?」
「…っ」

……………が、顔面が良い。迫力というのか、綺麗な顔の圧に思わず心臓が跳ねる。
アイドルだったら問答無用で推す。好きなタイプとかそんなの跳ね除けた、端正な顔付きだった。

「ねえ、神さま…ゆりって呼んでいい?俺寂しいとまた手首切っちゃうんだ…。神さまのこと考えると、幸せでいっぱいなの、俺、ゆりのことばっかり考えちゃうの、ねえ」

不快感どころか色気さえ漂う吐息が唇を掠める。
金縛りにあったみたいに体は動かず、身体の血液はドクドクと流れていく。

「…っ、なに…」

なんでこんなに距離が近いんだ。
この前は唐突すぎて体の反射で動けたが、今回は違う。

見つめてくる灰色がかった瞳に震えが止まらない。飲み込まれそう、暗くてドロドロした、吐き気のする何かに。どこか知ってるその目つきに、俺は冷や汗が止まらない。


「ゆり、俺と付き合って…?俺にはゆりがいないとだめなの。ゆりがいないとね、目の前で首切って死んじゃうよ?」

天使みたいに淡く微笑んだ顔。

俺はそれに激しいフラッシュバックを起こす。



『ヒコたん、俺、もうヒコたんだけなの…。ヒコたんが好きなの…』

『ねえ、ヒコたん……俺だけだよね?』

『ヒコたんが受け入れてくれないなら……ここで首吊るから』




−−−俺は勢いよく、聖の手を払った。

俺が好きなのは、ヒコたんだけ。
そう、わかってるじゃん。そう、信じてるんじゃん。ヒコたんだけが俺を受け入れてくれた、唯一の神様。皆、皆、信じられないって、ずっとしってるでしょ。嘘、嘘、嘘、嘘。信じていいのはヒコたんだけ。



拒絶に、困ったように眉を下げる聖が呟く。

「ゆり…?」
「っ俺が好きなのはヒコたんだけっ。自殺なんか勝手にしろ!俺に構うな!」

俺はそう叫ぶと、いつのまにか落としていた学生鞄を手に取って、自分の靴箱の方へ走り出す。


「ゆりちゃ………っ、ゆりっ!!!」

大きく名前を呼ばれたが、知らない。
彼はあまりにも自分には毒だ。親和性、が高すぎる。嫌な記憶と何度も苛まれた恐怖感に俺は叫び出したくなる。


ぐるぐると、ヒコたんの顔が頭に巡っては、ぐちゃぐちゃになって、俺はそのまま学校を飛び出した。














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