3

夕晴はいつ帰ったのか。まだいるのか。
朝貴はこの牢へ訪れないためわからない。日が何日経ったかもわからない。毎日朝貴が今日は何日でどのような日だと丁寧に説明していたから、彼が来ないことで時間感覚も狂ってしまった。
配膳された飯を空にし、適当にそこら辺へ置いく。朝貴が来なくとも毎日2食、食事は運ばれ、風呂もどれくらいか前に入らされた。

まだ生かされている。どうして早く殺してくれないのか。

朝貴もやってこない。1人だけ俺のそばにいた彼も見捨てた。8年もの間暴力で俺を押さえつけた殊夜すらもう何日も現れない。俺はどうして生きているのか。俺はなぜまだ死なないのか。
結局、来の白髪は白いままだった。







男が配膳を取りに来た。使用人だろう。どの兄弟の顔でもなくて興味が失せた。
来はいつのまにか精神的にも身体的にも衰弱していた。今では朝貴や殊夜、夕晴を憎んだり苛立つ気持ちすら起きない。いつも頭は真っ白で、いつのまにか寝てしまう体はたまに朝貴を夢見た。朝貴はただ美しく微笑むがすぐに泡に消えて、いつのまにか目が覚める。夢に出る朝貴の唇が艶やかに見えて、俺は喉が激しく乾いた。

「…みずがほ、しい」
使用人はコクリと無言で頷くとその場を離れ、しばらくして水の入った茶器を格子の前に置いた。無我夢中で水を喉に通すが、乾きは無くならなかった。
地面に置いた茶器を見つめていると、使用人の男が鍵を開けた。ぼんやりと来は顔を上げた。
鍵を開けるのは殊夜か朝貴か風呂を案内する決まった使用人だけ。覚えぬ顔の使用人は格子をひらくと、そのまま来の肩を掴み無理矢理立たせた。来は抵抗する力もないためそのまま連れて行かれる。
なぜか地下の階段を登り、天井に閉められた扉を男は開いた。めいいっぱいの光が目に入る。眩しくて俺は目を開けることができない。そのまま男は俺の肩を掴んだまま何処かへと連れて行った。




ひんやりとした感触が頬に触れた。体全体は柔らかいものに包まれ、体はふわふわと心地が良い。すうっと滑らかに瞼が開いた。

綺麗な仙女がこちらを優しく見つめていた。じんわりと頬が熱くなる。仙女が口を開いた。
「来、おはよう」
聞き慣れた少し低めの声にハッと意識が戻った。黒のなだらかな髪の朝貴がおでこの髪を柔らかく撫でていた。
「っあ、さぃ…」
「まだ調子が戻っていないだろう?無理して声は出さなくていいよ」
朝貴は相変わらず髪を優しく撫でていた。
そんな朝貴の唇に自然と目がいく。夢の中のような艶のある唇ではなかったが、薄いが柔らかそうな綺麗な桃色をしていた。ぼうっとその唇を見つめていると、朝貴はクスリと笑い、口元に手を当て肩を揺らしだした。
「本当に来じゃないみたい。白い髪の時は神様みたいだったけど、茶の髪は異国人みたいだ」
なんの話かと眉をひそめると、朝貴はごめんねとまだ笑いを口端からこぼしながら、来に円の鏡を手渡した。口元を押さえる手は震えている。
素直に来は手鏡を受け取ると久しぶりに見た鏡面と自分の様子に驚いた。風呂の湯でぼんやりと顔は認識していたが、8年前よりも随分と顔立ちはしっかりして青年になっていた。そして、髪色が何より変化していた。老人のような真っ白だった髪が濃いみたらしのような茶になっていた。赤い瞳はクリクリと揺れていたが鏡にいる人物が自分なのか全くわからなかった。
「来に断るかどうか迷っていたんだけど、やはり白髪は色々と目立ってしまうから髪を染めさせてもらったの。ほんとは黒の予定だったんだけど、思ったより染まらなくて茶になってしまったんだよ」
どうやって髪の色を変えたのかはわからないが、白い髪は日本人のような黒には色付きにくいことだけはわかった。

朝貴は来の背や骨格なら異国人にしか見えないから人前で歩いても大丈夫だと話す。朝貴はそれからあの牢へ戻らなくてもいいと言った。条件付きではあるが、一緒にこの家へ住んでいいのだ、と。
朝貴は嬉しそうに笑う。やっと来は自由になれたのだ。来は何も卑下せずここで生きればいい。
朝貴は女物のような色合いの薄紅の着物を大きく揺らして、天真爛漫に笑顔を綻ばす。


その神々しさは、憎たらしいはずの朝貴が本物の仙女に見えた。











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