それは檻の中1

ガチャリと牢の戸が開いた。
わずかに光が漏れて塵で汚れた右手に当たる。
「来、こんにちは」
襟元まで伸びた黒髪の青年がいつもと変わらず穏やかな笑みを浮かべた。
白の大きな獣は赤い瞳をジロリと光らせた。


あれから8年経ったらしい。俺はいまだにこの地下から抜け出すことはできずにいた。
今年20を迎えた次男の朝貴は持ってきた桶水でハンカチを湿らせ、来の手を丁寧に拭いていく。来の指は朝貴よりも大きく長い。長い間閉じ込められていたのに彼の身体は随分と成長していた。来と比べ10センチ程小さい朝貴も随分と成長したが、華奢な肩が青年とは思えなかった。来の手を清潔にした朝貴は横に置いてある箱を取りだし、中身を器用に皿へ並べた。黒い艶やかな羊羹を差し出される。来はそれを大人しく受け取り、口へ含んだ。
朝貴は毎日陽がわずかに傾いた頃、ここへやってくる。それは初めて閉じ込められたときから変わらない。
小さな手菓子を持って錆びた金属の牢を開ける。はじめの頃は口に飯も通らなくて朝貴の持ってきた手菓子ばかり食べていた。朝貴は1時間ほど俺と話すと帰ってしまう。それは決まりごとのようでいつも「ごめんね」と言葉を残して牢から出て行ってしまうのだった。
そこからは地獄だ。朝貴が帰ったあと、殊夜が訪れて「朝貴の施し」を詳しく説明させられる。なんの菓子を持ってきたのか、会話した内容は何か、どのように朝貴が俺に触れてどのような表情をしたのか。事細やかに説明させられる。しなければ殴られるし、しても内容によってはより酷い傷を負わされた。朝貴が来ては殊夜がやってくる。朝貴が俺に優しくするほど殊夜は酷く俺を痛めつける。
俺は次第に朝貴がやってくることを恐怖に感じ始め、怒りに変わった。

お前が俺へ関わるほど俺は不幸になっていく。

どんなに朝貴の笑顔が眩しく俺の心臓をときめかせようとも、憎しみは決して消えなかった。





朝貴はそろそろ1時間だからといつものごとく腰を上げた。今日はこれが最後の質問だと朝貴へ殊夜の今の状況を聞いた。
最近、朝貴が訪れても殊夜が俺を嘲笑いにくることが減ったのだ。体調不良でしばらく来れてないのであればその間の「皺寄せ」がおそらくくる。嫌な予感がしながらも尋ねた。
それに対し朝貴はああ…と少し驚いた顔を見せたがゆっくりと穏やかに答えた。
「兄上は当主になるのが決定したから、仕事や手続きで今忙しいんだ」
殊夜兄上が、当主。それはつまりこの家は殊夜の支配下のもとに成り立つ。

俺はこの先の未来に希望がないことを無意識に覚悟した。

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