苛立ち(殊夜視点)

俺は苛立っていた。
ただでさえあの叔父のご機嫌取りや役に立たない父親の尻拭いでドタバタしていたのに、次は政府が異国の交易対してケチをつけてきた。そろそろ戦争を始めたい上の者達は異国に難癖をつけたいのだろう。
新進出として、海外へ手をつけようと考えていたのに計画はおじゃんだ。おまけに蘭へ留学している夕晴も引き戻さねばならない。多額の金と今までの苦労が無駄になった。
「クソッタレが」
思わず持っていた茶のみを手で払い倒してしまった。ぼたぼたと広がってしまった熱い湯を使用人を呼びつけて片付けさせる。
こんなのではダメだ、この家を守っていけない。この家の当主になったのは何のためにある。
空気を入れ替えねばと、軽い羽織をかけて殊夜は庭の方へ出た。

「旦那様、こんにちは。お休み中に申し訳ありません。最近異国人たちが街へやってきては悪さをしているのでそれの見回りにきました」
黒い政府軍の服を着た男が3人ほど立っていた。
(ちっ、偵察か)
日本外と交流がある俺の元へ政府命令を使って見に来たのだろう。
殊夜は冷静にそれはご苦労様ですと声をかけた。
(じっと休んでもられない。こんなの相手しても無駄だ)
出てきた部屋の襖にもう一度手をかける。しかし、真ん中の少し屈強そうな男が声をかけてきた。
「実はですね、先ほど使用人と言う異国の者を見つけまして。茶髪に瞳が赤い背の高い男なのですが、知っていますか?」
茶髪に赤い瞳…?朝貴が何故か世話するあの末っ子が一瞬思い浮かんだが、あいつは確か白い髪だ。しかも、異国人であろうとも客人であれば使用人と答えるはずがない。
俺はさっさとこの場から離れたくて軍人に言った。
「老人のような白髪に赤い目のした男は知っていますが、茶髪の人間は知りません。私は忙しいので、これにて失礼」
軍服の男はその言葉を聞いて次は俺を引き止める様子はなく不気味にニタリと笑った。





本当にまどろっこしいと思いながら、蘭に10日ほど前に戻った夕晴へすぐ帰国するよう手紙を出させた。蘭から相当時間はかかるが、戦争が始まってからはまずい。帰ってくる船もとりつけておくよう、言いつけた。
使いを受けたまった使用人達をチラリと横目で見て、「朝貴の元でしばらく休む。必要最低限に近づかないように」と言って足早に朝貴の部屋へ向かった。

朝貴の部屋は昔のまま変わらず少し離れた場所にある。
長男の部屋はとても広いが、朝貴の部屋と遠いのが少し気に食わなかった。それに対して、朝貴と夕晴の部屋は狭いが隣同士だ。なぜこの順番で生まれたのか、それは疑問だったが、朝貴は順番など関係なしに俺たちを受け入れた。

「朝貴、私だ。はいるぞ」
ストン、と戸を開ければいつもは丁寧に片付けをして机の前に正座している朝貴がまだ布団にくるまっていた。俺がきたから飛び起きたのだろう。髪はボサボサで少し赤い目元がこちらを見てびっくりしていた。
「に、兄様すみません、こんな格好で」
「いい。体調悪いのか?」
朝貴の方へ近づき、布団の横に座って朝貴の頭を撫でた。朝貴は少し顔を俯かせてコクリと頷いた。
「医者を呼ぶか?薬も持って来させよう」
「いや、いいんです。昨日よく寝られなかっただけなので」
大丈夫ですと目尻にシワを寄せてこちらへ朝貴は微笑む。何か悲しいことがあったのか?と赤い目元へ指を滑らした。
朝貴はその言葉に難しい顔をさせて、そうですねと曖昧に答えた。

「ところで殊夜兄様はなぜここに…?」
「ああ、少し厄介ごとがあってな。あまり落ち着かないからお前のところへ来た」
朝貴はそうなのですかとまだ本調子ではないが、こちらに微笑んだ。

殊夜はそのまま胡座をかいて朝貴の横に座る。朝貴も勝手がわかっているため何も言わず布団から一旦出ようとした。
殊夜は片手で朝貴を制した。
「しんどいのならそこにいればいい。それよりどうして落ち込んでいる?何があった」
ありがとう、と朝貴は言葉を告げたが、言いたげではないように押し黙った。
殊夜は何かそれに嫌な予感がした。朝貴は基本的に他人に逆らわない。何事もなければすんなり考えていることを話すのだが…。
よほど言いにくいことなのだろう。来を牢から出せと言った時も同じように難しい顔をして丹念に書いた請願書を持ってきた。
あの末っ子にまだ気を寄せているのが、俺は気に入らなかったが、確かに役に立たないのであれば閉じ込めておいても仕方ない。まだ若いあの末っ子にはいくらでも仕事があるだろうし、なにより朝貴が俺の下から一生離れないことを誓ったためその件は許すことにした。

それよりも俺を怒らせるようなことなのか。俺はじっと朝貴を何も言わず見つめた。
「実は来に、なぜ優しくするのかと言われてしまって…」
「…は」
またあの忌々しい白髪の末っ子の話か。俺は一気に眉間のシワを寄せた。朝貴は顔を少し青くしたが、構わない話せと言うと従って思っていることを話し出す。
「僕は、彼がただ幸せになってほしい…と。そう思っていたんですが、彼には同情と思われていたようで。そう彼から言われた時に何故か心の底から悲しくなってしまって…それからずっとそのことを考えると寝られないんです。何度も胸が苦しくなって…」
嘘だろ?と殊夜は先ほどの比ではない嫌悪さを顔に出した。あの愛しい弟はこんなにも阿呆だったのかとも呆れた。

あんなにお前を憎んでいるヤツをまだ大切に思っているだと?
末っ子は自分を不自由に強いた朝貴を責任転嫁で憎んだ。殊夜は朝貴の誰にでも与える優しさが自分だけに向かないことに腹が立っていた。殊夜はある時から来が朝貴の関心を買う度に暴力を振るい、自由や人権を奪ってやった。そうするとすぐに怒りの矛先は朝貴に向いた。お前がいくら優しくしようとも来は一生お前を憎しみ続ける。その絶望的な状況でまだヤツに優しくするのか。

ふつふつと収まっていた苛立ちが再熱する殊夜に気づかない朝貴は、はぁ…と一つため息をついた。何気ないため息だが、その息に儚く色がやんわり混じっているのを殊夜は見逃さなかった。
勢いよく朝貴の腕を掴み捻りあげる。殊夜の瞳が嫌悪から怒りに満ちた色へ完全に変わった。
「お前、もしや、あの末っ子のことが好きなのか」
否と反応するのが正解だったが、朝貴は大きく肩を揺らして怯えた目で殊夜を見上げるだけだった。
殊夜はその反応に腹の底から煮え繰りわたるような憎しみとおぞましい嫉妬心で体全体を震わした。
(小さい頃から何もかもお前だけを見てきたのに…)

今回の殊夜は過度のストレスと立て続ける身体的疲労に冷静さを取り戻すことはできなかった。


そのまま朝貴が寝ていた布団の上に自分の体ごと朝貴を押し倒す。朝貴は驚いた目で何をするのかと殊夜の胸を必死に押すが、暴れるなと朝貴のひんやりした頬を勢いよく殴りつけた。暴力を受けたことのない体が布の上で大きく跳ねる。朝貴の抵抗が勢いで止んだ。
殊夜は朝貴の芯をそのまま冷めない怒りから乱暴な手つきで触った。次の朝貴は身体を必死に捻って嫌だと叫んだが、俺の目を見た途端大声を出すのはやめた。恐ろしい雄の目が自分を射止め、長年植えつけられた逆らうことのできない殊夜の圧に体は動かなくなってしまったのだ。朝貴はただカタカタと口がふるわせ、赤くなった頬に涙を零した。

怯えている朝貴の願いとは反し、幼い頃からずっと愛してきた弟が乱れて憂う姿は、殊夜は柄にもなく欲情した。



そして、その日、殊夜は朝貴を自分の女にした。


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