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突然だけど生きる意味ってなんだと思う?

親から生を受けて十数年間生きてきたけど、これっていうほどの才能とか価値とか努力とかそんなにしてきてない。こういうのって自分だけか?とも思ったけど、案外周りの奴らもそんな程度で、何か秀でたものを持ってたとしても、日本で一番とか世界で一番とかそんな名称を付けられてるやつなんか1人もいない。中学の同級生に東大に行く頭のやつが一人あればいい方で、俺たちっていう一般市民は小さな器の脳みそと小さな世間体と小さな才能しか持ち合わせていない。

自分とは必ずしも人と違う生き物である。絶対に同じ人間なんて存在せず、その違いを個性と呼ぶ。
もしそうであるならば、その違いとはなんなのだろうか。そして、違いがあったら、なんだというのか。

俺のそもそも疑問は生きる意味だ。人と違うからこそ価値があるというのならば、息をするだけで、食べるだけで、寝るだけで、排泄するだけで、俺たちは偉いのか?
いや、答えは否だ。人間は人間に労働を求めた。そして、価値あるものを作り、そこに需要と供給を当て付けた。そうだ、価値あるものを作らねば生きる意味はないのだ。需要がなければ供給することはできない。

「郭那(かくな)、数学の宿題終わった?」
「数学の宿題?数学の宿題が終わってたらどうなるんだ。この数式が解けたところで俺たちはエウクレイデスやパスカルを越えることはできない。それをなぞらえただけで、新しい数学式を生み出せるほどの人間なんて世の中に何人いるんだ。俺にはそんな才能はない、よってやる意味がない」
「それだと数学の平常点もらえないよ」
「平常点?まだそんなこと言ってるのか、梓(あずさ)!お前は何もわかってない!」

どうしてそんなのんびりと数学の課題をやっていられるんだ。俺はそんな何も考えていない……いやそれは言いすぎたかもしれないが、目先の大学受験しか見据えていない教師共のおままごとに付き合っていられるほどの時間はない。平常点なんて、成績へのただの誤魔化しに過ぎないじゃないか!

人類史で数々の偉業を成し遂げてきた天才達はもう俺たちの年齢で何か才能を見出している。もし、そのタイムリミットまでに俺は才能を見つけられなかった場合、ただのクズということになる。

俺は人間として生きるなら、「価値」を残したい。逆に言えば「価値」を残せないのなら、死んだも同然。
タイムリミットは18。18になるまでに俺は見つけねばならない。自分が生きる意味を、自分の価値を、才能を。

そして、もし、それがなかったなら。



さっさと首を吊って死ぬ。









*********



「郭那、数学別に不得意ってわけじゃないでしょ?僕、ここがわからないんだ。教えてよ」
「別に得意っていうわけでもない。学内で一位を取ったこともないし」
「そう?一位は誰だって難しいよ。それに数学は僕よりもできるでしょ?」
「……梓の方が物理も化学も点数は上だ」

理科が好きなだけだよと梓は少し長い前髪を揺らして苦笑いした。でも、理科が得意ならば数学も得意なはずだ。特に数学は物理を解く為に作られた学問であるのに。
そんな梓はパステル紫のシャーペンをカッカッと鳴らして、数学プリントを指した。

「ここ。途中までやり方わかるんだけど、計算の仕方よくわからないの」
「……。待って。俺はそこまで解いてないから」
「はーい」

梓はそう半端に返事すると頬杖を両手でついた。相変わらず長い前髪と長い襟足は梓の細い体を強調し、女子のようだ。おまけに梓の顔は全く男性ホルモンで構成されていない髭なし眉細睫毛ファサファサの女顔だ。目はそんなにクリクリとしてるわけではないが、綺麗な涙袋が強調され、唇はやんわりとして柔らかそうだ。女なら絶対抱いてた。

梓は薄い玉ねぎをキレイに炒めたような茶髪(これを本人に言うとブチ切れられる)を耳に掻き上げながら、置いてあった麦茶を飲んだ。

「郭那、そういえばまた新しいゲーム始めたの?なんか招待コード来てたけど」
「うん、はじめた。梓、登録しといてよ。それ登録するとゲームチケット5枚分貰えるんだよ」
「僕、あんまりゲームやらないよ?」
「うん、わかってる。フレンドになって、たまにチケット送ってくれたらいいから」
「はーい」

梓は片手で麦茶を飲みつつ、スマホを取り出してアプリをインストールし始めた。
平凡で特筆したもののない俺の少し特徴的な所といえば、ゲームオタクという所だろう。ゲームと言っても、わざわざデカい実機とか買うほどではないが、ソシャゲ程度は金を払わずに出来るからやっている。課金はもちろんしない。金も作りだせないのに、ただのひと時に小遣いを注ぎ込むほど馬鹿な真似はしたくないと思うからだ。それにゲームに金を費やしたところで、何が生まれるというんだろう。いまどき流行りのeスポーツ選手であるどころか、なれるわけでもあるまいし、そんなところを努力したところで一銭の金にもならない。貰えるものはcongratulationsの勝利画面だけだ。

それでもゲームをやってしまうのは、プレイしてる間は何も考えなくて済むからだ。自分に価値がないことや生きる意味、些細なコンプレックスなど、プレイに集中すればするほど何もかも忘れられる。何も価値がない俺にとって暇つぶしは与えられたゲームをする他ないのだ。なんの生産性もない行為。それが俺にはお似合いだった。


「郭那、入れたよ。フレンドコードも承認した」
「ありがと。あとさ、ここどうやって解くんだったっけ…なんか似た公式使ったのまでは覚えてる」
「それを聞いてるのーっ。あ、でもそこまで解けたの?確か、こういう変換ならいけそう…」

梓はいい奴だ。しかも頭もいい。東大とかスタンフォード大学とかそんなレベルにまでは頭良くないかも知れないけど、俺よりは絶対に頭がいい。梓は記憶系の問題が嫌いなだけで、こうやってヒントを出せばすぐ解けるのだ。
それに、俺がゲームを永遠とやってることにも何も口を出さない。なんなら、本人はゲームやらないけど、ログインして毎日俺にチケットとかハートを送ってくれたりする。これほど親切な奴はいるか?梓の1分や1秒を奪っても、彼にとってなんの得にもならない行為だ。俺にしか利益がない。しかも、その利益は利息もないしほぼゴミに変わるもんだ。世界を救うことも何か人へ大きな影響を与えることも何もない。価値ゼロだ。梓はそんな価値ゼロの俺に時間を割いている。むしろ、俺の友達をやってる方が不思議でならない。彼にとって得が何一つ見当たらない。
もし共通点があるとするならば、彼も俺と同じように世界を変えるほどの力は持っていない、超人未満というところだ。いわば彼も凡人。だから一緒にいられるのではないか、俺はそう思ってる。

「…郭那、また変なこと考えてたでしょ」
「別に。人間について考えてただけ」
「また中二病みたいなこと言って。郭那は自分の成績についてもっと考えるべき」

梓、俺は考えている。考えているとも。でも、自分の成績なんかたかが知れているんだ。もし俺の成績が1段階良くなったところで世の中は大きく変わらないし、家族の生活水準が上がるわけでもない。
もう俺はわかったんだ、自分の無能さを、無価値さを。
梓、どうしてわからないんだ?俺よりもお前の方が賢いじゃないか。俺が気づけているのだから、お前ならもっとよく理解できるはずだ。

こんなに平凡であり、何の才能もない、中途半端な人間が生きる、『この人生』って価値はあるのか?


「郭那、もうちょっとで晩ご飯になるから帰るね。また明日!」

リュックを背負った梓はヒラヒラと手を振ると、俺の返事なんかするはずもなく出て行ってしまった。



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