(マグロは人気だからたくさん本があった……!)
ホクホクと頬を興奮で上気させながら教室へ入る。図書室で今日は奮発して3冊も借りてしまった。早く読みたい…!
心はウキウキ、顔はほぼ無表情で、廊下側の自分の席へ着くと、前の席の変崎が俺に気付いて振り向いた。
「おはおは、相馬〜。…あれ?なんか今日機嫌イイ?」
「おはよう、変崎。早起きは三文の徳だった」
「へー、そうなん?…あ!わかった、相馬朝から凌駕さん達と朝飯食べてたらしいじゃん?!世界遺産級の顔面を朝から拝められたら、そりゃ三文どころか三億ぐらい儲けたものだよなぁ〜」
「…?それはよくわからない」
なんでだよ!と言いながら、机の上でズッコケる変崎。変崎も朝からテンションが高い。
俺は席に座ると、ちょうどいい位置にある変崎の額にペシっとデコピンをかました。
「ったぁ!?なに、なんでデコピンしたん!?相馬」
「いや、なんとなく」
「ええっ理不尽ッ!まあ…相馬くんが珍しくデコピンしてくるぐらいですからねえ、相当機嫌がいいんでしょうねえ、ええ、良いことじゃないですかね」
変崎は額を手で擦りながらブツブツと呟いて、前へ向き直した。
なんだか変崎が兄に似ているからやりたくなってしまったのだ。謝って欲しかったら兄に言ってくれ。……逆に、兄に似ていると言われた方が喜びそうな変崎だな。
相馬はHRが始まるまで今日朝に借りることができたマグロの本を読むことにした。マグロは漬け丼か刺身そのまま、かな。
ペラペラとページをめくってマグロの種類図を眺めていると、背後に気配を感じた。トントンと肩を叩かれる。
くるりと振り向けば、制服姿で大きな撮影カメラを持った旗中が立っていた。
「よ、相馬!今日早く起きてたんだな」
「あ、旗中。ごめん、兄ちゃんが起こしにきて、そのまま食堂行ってご飯食べてた。……あれ、なんでここに?」
「ん?ああ、噂の転入生を撮りに来たんだよ。一応放送部だからこういう新ネタとかスクープごとに部長達がうるさいんだよなぁ」
そう言って旗中はガチャガチャと機材を整え始めた。教室の後ろの方でいつも愛用しているパソコンを広げたり、三脚でカメラを固定したりしている。
旗中は一応俺とは別のクラスである。そして、放送部員でもあり、今日は俺のクラスにやってくる転入生を撮影しに、うちのクラスへわざわざ来たらしい。セットをしている様子をぼんやりと眺めていると、旗中が突然何かに気づいたように慌ててこちらへ駆け寄ってきた。耳元で小声で囁かれる。
「あ、転入生の情報はトップシークレットらしいから他のやつに言うなよ?特に、新聞部とか。生徒会しか知らない情報らしくて、アイツらに嗅ぎ回られたらチョー困るんだよ」
「あぁ。そういえばそんな話を兄ちゃんがしてたな」
「は?相馬知ってんのかよ。ちっ、なんだよ…やっぱり身内が生徒会は強いなぁ〜」
というか、むしろ逆になぜ生徒会しか知らない情報を旗中が知っているのか。
そこは放送部の情報網ということだろう。学園内の情報は新聞部と放送部がほぼ握っているという噂があるぐらいだ。旗中が知っていてもまあ、不思議ではないのか、な。
「それにしても、転入生という情報がわざわざ公開されていないのがよくわからないな…。隠すような話じゃないだろ。これってさ、転入生と生徒会の間に何かあるんじゃないかと俺は思うわけ」
「?そういうものか?個人情報だから公開してないだけとかじゃないのか」
「それにしちゃ転入生の情報が全然入ってこないんだよ。先生達も誰だかよく知らないみたいだし。うちの生徒になるのに、そんなことってあるか?」
ふと、凌賀たちが難しそうな顔をして話し合っていたのを思い出した。旗中の言う通り、やはり転入生と生徒会の間に隠さなければいけないような何かがあるのだろうか。
そうしているうちにHRの合図が鳴った。旗中はカメラを構えて待機している。自分のクラスに戻らず、別クラスであるうちのHRをそのまま受ける気のようだ。
ちょうどタイミングよくガラリとドアが開き、担任の教師が入ってきたのであった。