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「辛いことはね、『ぐちゅぐちゅぺっ』ってすれば良いのよ」



『相馬(そうま)〜それって本当?』
「うん。母さんが昔から言ってた」
『本当に〜?ほんとにほんとのほんと〜?!』
「うん」
『え〜?!ほんとのほんとでほんとにほんとなほんと〜!?!?」
「ぐちゅぐちゅぺっ」
『あ、今兄ちゃんをぐちゅぐちゅぺっしただろ!』

違う。歯磨きをしていたから口を濯いだだけだ。
そう言っても兄は電話越しに大騒ぎである。

『相馬〜相馬に捨てられたらお兄ちゃん生きてけないよぉ〜!今日も振られちゃったのに〜!!』
「振られた理由がなんだっけ」
『"榊原)会長の恋人には近づけません!"だって!俺がいつ榊原の恋人になったよ…』
「それはお気の毒様、ぺっ」
『こら、相馬ちゃん!はしたないでしょ!あと単純に俺がぺっってされてるみたいでやだ!悲しい!』

よくわからないけど兄の恋愛事情は本当に興味がない。ぐちゅぐちゅぺっでいなくなってくれるなら、いくらでも口をゆすいでやる。

「とりあえず、それが原因なら会長の恋人じゃないっていうのを生徒に知ってもらうことにしたら?全校集会のときに公表する、とか」
『お!確かに!さすが相馬、我が弟よ!早速全校集会をひらこう!』

もう用事は終わっただろうか。襟元を直しネクタイを結ぶと、スマホの画面をタッチする。

「それじゃあ切るね、バイバイ兄ちゃん」
『あ、相馬!また…』

ブチッと通話終了ボタンを押す。兄は何か言いかけていたが、いつもこんな感じの切り方になるから大丈夫だろう。

スマホをポケットにいれて、兄からの電話を拒否できるよう機内モードにすると、水谷相馬)はやっと部屋を出た。





○○○○○○○○

「相馬!よっ!」
「あ、変崎(かえざき)、おはよう」
「おはおは!あれ?凌賀(りょうが)さんは?」
「いや、知らない。全校集会でも開いてるんじゃない?」

ピンポンパンポーン。ちょうどタイミングよく校内アナウンスが流れる。

『全校生徒の皆さんは、緊急全校集会のため、ステージホールへお集まりください。全校生徒の…』

「さっすが、相馬!凌賀さんのことならなんでも知ってるな!」
「いや…でも、本当に開くとは思ってなかった」

バシバシと変崎に背中を力強く叩かれて、蹴躓きそうになる。緊急全校集会なんて言ってるが、とんでもなく私情であり、そんなことに全校生徒集めるなんてほんと兄も生徒会もぶっ飛んでいる。ちなみに兄はぶっ飛び生徒会の副会長だ。

…俺も行かないといけないんだろうか。

ずるずると馬鹿力の変崎は俺の返事も聞かず、ホールへ連行していく。

「やっぱり凌賀さん美人だよなぁ〜。本当、顔面国宝、大優勝。それな!」
「なにそのテンション」
「あ、知らないの?推し応援する歌」

推し?兄のこと、変崎は推しなのか。
へえーと棒読みすると、変崎は「相馬は相変わらずローテンションだな」と苦笑した。

「それにしても、凌賀さんと相馬ほんと似てないな。黙ってたら雰囲気は伝わってくるけど、喋るとまじで兄弟なの?ってなるわ」

ツンツンとほっぺたをつつく変崎の手を素早く払い退ける。

一応、兄凌賀とは血は繋がっている。しかし、兄は母に、俺は父に、激似したせいで兄弟なのに全く似ていない見目をしている。そして、性格も冒頭で察せれる方は察する通り(察せない人は今察して)、全く似ていない。

明るい女顔の美人な兄は昔からチヤホヤされ、少しおバカな天然な所があったが持ち前の明るさで皆に愛されていた。一方、俺はいわゆる平凡顔というやつで切れ目の一重に薄い鼻や口、髪もストレートで標準体型の特筆しない容姿。兄は昔から惚れっぽく恋愛体質なところがあり、弟の俺はどちらかというとドライ。テンションも全く真逆の兄弟で。
なのに何故か兄はこの俺に非常に懐いていた。

「…やっぱり、俺休む」
「え!凌賀さんはいいの?!神の顔面納まんの?!」
「なんか具合悪くなった」
「え?大丈夫?」

変崎の不安そうな目を横に、俺はUターンした。
すまん、変崎。

(今日は鯖だ。鯖にしなければ)

生徒達の流れを逆走しながら、俺は図書室へ向かった。

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