その日以降も摂津くんの学校に来る頻度ははこれまでと変わらず、たまに来る程度だ。だけどどうしてもこの間のお礼を言いたくて、なんとか話すタイミングを作って「こないだはありがとう」と伝えた。「別に俺はなにもしてねぇだろ」とか、「あれから変な野郎に絡まれてないか」とか聞いてくれた摂津くんはやっぱり優しいんだなと感じる。だけど特別話したのはそれだけで、特にそこから話が膨らむこともなかった。
 学校に来たからと言って毎回話すわけではない。でも私はなぜか常に摂津くんを目で追ってしまっていた。


(摂津くん、授業寝てる……)

 授業中の摂津くんは寝てることもあった。寝てるのにどうして成績が良いんだろう。私は授業を聞いて、家に帰って勉強たくさんして、なんとか成績上位と呼ばれる位置を保っているのに、摂津くんは不思議だ。

(摂津くんってあんまり教室にいないよなあ)

 彼は学校に来ていたとしても、ずっと教室に居続けていることがない。1時間目はいても2時間目はいなかったりすることもあるし、昼休みは基本教室にはいない。どうやら屋上に行っているらしい。

(摂津くんってあんまり人と話さないよなあ)

 教室にいる摂津くんはずっとかったるそうにしている。特別誰かと好んで話す様子は見られない。教室内は何人かのグループで固まっていることが多いけど、そんな周りの様子のことなんて気にしていなさそうだ。……いや私もひとりでいることが多いから人のことなんて言えないけど。

(摂津くんって女の子から人気だよなあ)

 摂津くんは女子生徒から人気である。ヤンキーで怖がられがちな彼だけど、端正で綺麗な顔をしていると思う。栗色の髪の毛もとても似合っている。きっと誰がどう見てもかっこよくて男らしくて、ヤンキーだからこそその怖さがまた良さを引き出しているような気もする。


「!」

 そんなことを考え続けていると、摂津くんと目が合ってしまった。目が合うと思っていなかった私はびっくりしたし、ずっと見ていたことを知られたくないと思って、すぐに目を逸らして俯く。ずっと見てたなんて知られるのは恥ずかしい。どうか知られてませんように……! と思い続けていると、摂津くんは自分の席を立ち上がって私の席に近づいてくる。

 どうしよう、見過ぎた。絶対にそうだ。
 私の視線を感じたんだろう。誰だってあんなに見られすぎたら不快に決まってる。

 近づく摂津くんにいろんな意味で恐れていると、摂津くんは一枚のプリントを私に出してきた。


「おい、これ」
「……え?」

 なんのことだろうと思ってそのプリントを見ると、それは今日までに提出するものだった。

「提出提出って視線で訴えすぎだろ。直接言やいいのに」
「あ、はは……」
「くくっ、やっぱお前変なの」

 確かに今朝のホームルームが終わった際に「今日までの提出のプリント出してください」とみんなに伝えた。なるほど、つまり摂津くんは私の視線はそのことだと思ったのか。
 摂津くんはそんな私が変に見えたのかまた可笑しそうに笑っているし、ひとまず見過ぎたところはなんとかなった。だけどなんとも言えないこの状況に私は乾いた笑いを浮かべてしまう。


「万里、何話してるのー?」

そんな時、隣のクラスの女の子が教室へ入り、摂津くんへと近づいてきたんだ。摂津くんは若干顔をしかめて答える。

「あ? 別になんでもいいだろ」
「えー、だって気になるし。ってなんだ、クラス委員の子にプリント出してただけか〜」
「はぁ……だりぃ」
「え、なにー?」

 そういえばこの子は摂津くんのことが好きと噂で聞いたことがある。やや濃いめの化粧の、カールして明るい色の髪の毛。派手目な子だけど、とても可愛くて、私とは正反対だ。
 その子は摂津くんの腕に触れたりときっと彼女なりの摂津くんへのアプローチなのか、それとももしかしたらもう付き合ってるかもしれない。摂津くんはいうと、少し不機嫌そうな表情をしているけども、それがどういう意図なのかは分からない。そんな二人を見て、私はこの場をこれ以上邪魔をしてはいけない……そう思って私は席から立ち上がる。


「摂津くん提出ありがとう。これでみんな集まったから先生に届けられるよ」

 そう言って私はプリントを持って、先生に提出すると伝えて逃げるように教室を去ったんだ。





「………」


 クラス分のプリントを両手で抱えながら職員室へと向かいながら廊下を歩く。けれどずっと摂津くんと、さっきの女の子のことを考えてしまって気分が浮かなかった。
 この気持ちはなんだろう。心がざわざわして落ち着かない。どこかで経験したことある気がして記憶を巡ると、そういえば中学生の時、好きな先輩がいた。先輩が卒業する時に告白しようまで考えていたのに彼女ができたと聞いてとてもショックを受けた。その時と同じような感覚だ。

 ……あれ、ということは。
 ピタリと足が止まり、ある結論にたどり着く。

 つまり、私は摂津くんのことが好きなのではないか。
 もしかして目でたくさん追ってしまったのも、この間の件から彼のことが気になって仕方がなかったのではないか。


(……うわぁ、まさかそんな……)


 バクバクと心臓の鼓動が速くなるも、心は落ち着いていない。さっきの光景があったからだ。
 そもそもあの子と付き合っていたのなら、こんな気持ちなんて論外だ。仮に付き合っていなくても摂津くんはモテる。さっきの子だって摂津くんの隣を歩いても全く違和感のないくらい可愛い子だし、他にも摂津くんのことを好きな子はあの子以外にもたくさんいる、らしい。
 一方私はと言うと髪の毛も生まれてこの方染めたこともなく、化粧は必要最低限はしているが、その程度だ。みんなから真面目だね、と言われるただの真面目な私が摂津くんのことが気になるなんておごかましいにも程がありすぎる。摂津くんにはさっきみたいな可愛い子がお似合いなのに。

 大丈夫、そもそも摂津くんはそんなに学校に来てないから仮に好きだったとしても、そこまで関わらないのだから傷つかない。
 大丈夫、もうすぐ2年生になる。クラス替えで元々少ない会う機会が更になくなると思う。
 大丈夫、時間が解決するーー…。

 考えれば考えるほど辛くなる一方だけど、私は自分にそう言い聞かせ続けたんだ。

 そんな思いは時間が経つにつれて少しずつ慣れてきた。はじめは辛かったけど、2年生になってクラスも替わり、元々少なかった関わりが皆無になった。物理的な距離の影響で、彼への恋心も少しずつではあるけども薄れていったんだ。

 そしてそんな日々を過ごし、時間が経つのはあっという間。気付いたら私は高校3年生になってしまった。


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