九条家の1日 | ナノ


きょうは、ぱぱのひ

 6月第3週の日曜日。
 その日は何の日か?と問われたとして、結婚記念日でもなければ、ひなと空の誕生日でもない。身近な知り合いにも誕生日の人はいない。だからボクは空が産まれるまではなんのことなのか分からなかったんだ。



「ぱぱ!ここ、すわっていいよ!」


 午前11時。20分ほど前にひなは少しだけ外に用事があると言って外に出たため、家にいるのはボクと空だけだ。
 ソファに座って一緒にテレビアニメを観ていたけれど、アニメがひと段落ついたタイミングで空は膝の上を示してきた。ぺちぺちと自分の膝を叩き、得意げな顔をしている。

「……どうしたの急に」
「いいから、すわって!」

 目をキラキラと輝かし、ボクを見る。空は急にどうしたって言うんだ。空の膝の上になんか座ったら、空が潰れちゃうじゃないか。

「……やだよ」
「!だめ!」
「空はまだ小さいから、ボクが乗ったら痛くなっちゃうよ。だからこっちに座るね」

 空に伝わるように説明して隣に座ると、少し頬を膨らませるものの、「わかった」と言って納得する空。すると空はソファの上に立ち上がってはボクの背中へと回ったのだ。

「空?」

 突然背後に来る空にびっくりしたボクは振り向くと、首元に抱きつく空。ああ、なんだ。おんぶをしてほしいのかと思い、首に回された手を握ると、空は弾んだ声で言った。


「きょうはぱぱのひだから、とんとんする!」

「え…」

 目を細めて嬉しそうに話す空。
 何だって、パパの日…? それを言われてすぐに思い出す。そうだ、今日は6月第3週の日曜日。父の日だ。空が産まれてから毎年この時期、「天くん、いつもお父さんありがとう」とひなに言われていた。それをまさか、空の口から言われるなんて。驚きで呆気にとられている間に、空は首元から手を離してボクの肩をとんとん、と叩き始める。


 とんとん、とんとん

 肩に優しい刺激が走る。空は手を丸めてボクの肩を叩いてくれている。

「ぱぱ、どう?」
「ん、気持ちいいよ」

 空にこんな風にしてもらえるなんて嬉しい。そう思いながらも空に身を任せていると、玄関から鍵が回されて扉が開く音が聞こえた。ひなが帰ってきたようだ。

「まま!おかえり!」
「ただいま。わあ、空。パパにマッサージしてるの?」
「うん!あのね、ぱぱきもちいいって!」
「ふふ、よかったね」

 リビングに入ってきたひなはボクと空の光景を見ては微笑ましそうに笑う。そんなひなは大きな袋を持っては何かを準備しているようだ。

「おかえりひな。早かったね」
「うん、ほんとにちょっとの用事だったから」
「そう。…ところでひなが空に父の日教えたの?」
「ううん。天くんが母の日教えたでしょう?そしたら少ししてから『パパの日はないの?』って空が聞いてきたんだよ。ねー?」
「ねー?」

 ニコリと顔を見合わせて笑うひなと空。確かに先月、ボクは空に母の日、というものを教えた。いつもの感謝を込めてひなに休んでもらおうと、美容院に行ってもらったり、ご飯を作ったり、空と一緒に選んで花を贈ったりした。ひなは「天くんと空といるだけで嬉しいんだよ」と泣きながら愛らしい笑みを浮かべていたのを覚えている。
 そこから母の日を覚えた空は、父の日も覚えたってのか。空は1年前まではまだそこまで言葉を覚えていなかったため、ひなに感謝の言葉を言ってもらうだけだった。もちろんそれでも十分に嬉しい。けどこうして今年空に言葉にしてもらい、子どもの成長のすごさを改めて感じた。そう考えるとじんと心が熱くなるのを感じる。先月のひなもこんな気持ちだったのかな。

「空、ちょっと来て」
「!うん!」
「?」

 ひなに呼ばれた空は、ボクの後ろからひなのところに行く。リビングを出たところの廊下で何か話している。何話しているんだろうと一瞬気になったけれど、きっとすぐに戻って来るだろう。そう思いテレビに視線を戻した。

「天くん!」
「なに?」

 それから間もなくひなに呼ばれて振り返る。そこには空が花束を持ってひなと一緒にボクの方へと来たんだ。

「いつもお父さんありがとう。私達を支えてくれてありがとうね」
「ぱぱ、ありがとう!おしごと、おつかれさま!」
「…!」

 微笑みながら話すひなと、両手が塞がりながら笑顔でボクを見る空。
 「おはなね、ままとぼくででえらんだよ!」と言いながらボクに差し出す。普段のボクならいつの間に用意したの、とか聞いただろう。でもボクは固まってしまって何も言えなかった。そんなボクに空は「ぱぱ?」と呼んだため、すぐにハッと我に返って花を震える手で受け取る。


「あり、がとう」

 ずるい。ひなも、空も、ずるい。嬉しくて感動して胸がいっぱいだ。こんな気持ちになるのはいつぶりなのか分からない。

 お父さんありがとう、その一言がこんなに嬉しいなんて。昨年までひなに言われていたのももちろん嬉しかった。自分が父親なんだな、と言われる度に実感もした。でも、ありがとうと言いたいのはボクの方だった。いつも家庭のことを文句を言うことなくこなしてくれ、ボクが仕事で忙しい時も何も言うことなく支えてくれていた。仕事が忙しく、空と関われない時期もあった。だからこそ、父親としてボクはありがとうと言われていいのか分からない感情もどこかにはあったんだ。
 だけど今年は、息子の空にまで言ってもらえて、自分がちゃんと父親をできているんだな、と感じることが出来たんだ。

「…っ」
「!ぱぱ、どっかいたい?」
「痛くない。…嬉しいんだよ」

 考えていると少しだけ、ほんの少しだけ目に熱いものが込み上げる。花を持っていない空いた片手でそれを拭った。


「…ひなも空もいつもありがとう。これからも、パパをよろしくね」


 仕事で忙しいこともある。ひなに家庭のことは任せっきりになってしまうこともある。
 でも絶対に、ボクはひなも空も幸せにするんだ。夫として一生を誓ったひなと、父親としてその愛息子を。一生幸せにすると改めてこの日に誓ったんだ。







 翌日月曜日、朝のテレビ番組にて。画面右上には父の日特集!とテロップが表示されている。


「九条さん、昨日は父の日でしたね。画像拝見しましたよー!家族に大サービスしてもらったんですね!」
「はい。可愛い息子と妻に、たくさんサービスしてもらいました」

 テレビに映っているのはゲストで出演している天くんだ。昨日天くんがSNSに上げていた画像が話題になっているようで、テレビには昨日の昼ご飯のオムライスと、昨日プレゼントした花が映った写真が映し出されている。

「画像のオムライス、ケチャップで可愛らしい九条さんの似顔絵が描かれてますね。お花も素敵です!可愛い息子さんと素敵な奥様がいて…幸せ者ですね〜!」
「ふふ…はい、とても幸せです。幸せすぎてバチが当たるんじゃないかと思いました」
「またまた〜。こんなに愛される九条さんも、奥様も幸せですね!そういえば奥様は元女優の諸星ひなさんですよね?私ファンだったんですよ!」
「そうだったんですね。帰ったら伝えます、きっと喜ぶと思うので」

 画面越しにとても幸せそうに笑う天くん。誰が見てもわかる心からのその笑顔に、観ているこちらまで嬉しくなってしまう。それに増してあのアナウンサーの方が私のファンでいてくれて、嬉しい気持ちでいっぱいだ。
 

「オムライス…!ぼくかいたやつ!」
「ふふ、そうだね。昨日空が描いたもんね!」
「ぱぱよろこんでくれた…?」
「うん、すっごくすっごく嬉しかったって!やったね、空!」
「よかったあ」


 その特集を空と一緒に観る。満面の笑顔で観ている空。

 1週間くらい前から空と一緒に父の日なにしようか?と話をしていた。空は母の日で花をあげたことが印象に残ったようで、「おはな?」と言い出したため、まずは花を一緒に選んだ。受け取る時間帯が難しかったけど、当日の午前中に私がこっそりと取りに行くことにしたんだ。…こっそり行けたかは微妙だけど。あとはいつも仕事をしてくれている天くんに、疲れが取れるようにしたいね、と話したら空が「とんとんする!」と目を輝かせて言ったんだ。
 たまに私にも肩たたきをしてくれて、される度に改めて成長したんだな…と嬉しくて心が熱くなっていた。きっと天くんもそんな気持ちだったんだろうな。

 父の日特集が終わると、TRIGGERの新曲紹介に移る。それを見終えた私は、昨日パパに喜んでもらえて良かったね!と空に伝え、今日も一日が始まった。
 今日は空と何をしようかな。まずは、昨日からリビングのテーブルに飾り出した向日葵と白い薔薇に水をあげようっと。


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