九条家の1日 | ナノ


怖い人

 昼ご飯の準備をしていた時、テーブルの上にある携帯電話が鳴った。


「まま!でんわだよ!」

 リビングでおもちゃで遊んでいる空も気づいたようだ。私は準備をしていた手を止め、携帯電話を確認した。画面には「八乙女楽」と表示されている。

「楽さん……?どうしました?」

 楽さんからの電話だなんて、珍しいどころかほとんどないのに。何用だろうと不思議に思いながら画面をスライドして電話に出た。

『ごめん、ボクだけど』
「天くん!?どうしたの?」

 電話の相手は楽さんではなく天くんだった。
 あれ、なんで楽さんの携帯から天くんがかけてきたのだろう。不思議に思って問うと、相手が天くんだと分かった空が私の方へと寄って来る。

『あのさ、ボクの携帯家にない?』
「え、ないの?」

 聞くとどうやら天くんは携帯電話を家に忘れてしまったかもしれないとのことだった。

『家出てすぐに気付いたんだけど、なかなか探す時間なくて。さっき楽と龍と一緒に探したんだけどなかったから家かなと思ったんだけど』
「そうだったんだ……ちょっと探してみるね!」
『ありがとう。今から龍にボクの携帯鳴らしてもらう』

「まま、ぱぱどうしたの?」
「んー、携帯電話忘れちゃったかもしれないんだって。ママと一緒に探してくれる?」
「うん!」

 電話がひと段落し、スピーカーモードにしてテーブルに一旦置いたタイミングで空が聞いてくる。内容を伝えると空は張り切って探してくれた。そしてすぐに室内にバイブ音が響き渡る。

「!まま、あったよ!」

 そして意外にも早く見つかった。携帯電話はソファと床の隙間に入っていたのだ。
 すぐに空と一緒にソファに座り、天くんとの電話に戻る。

「天くん!あったよ!ソファの下に落ちてた」
『空も探してくれたんだね。ありがとう』
「どういたしまして。ないと不便だろうし届けようか?」
『いや、大丈夫。帰りの連絡ができないけどなくてもなんとかなるよ』

「ぱぱ!ぼくとどける!」

 スピーカーモードに切り替えたため、会話は全て空にも聞こえている。天くんは届ける必要はない、と言ったが私達の会話を聞いた空は届ける気満々だった。そんな張り切る息子の姿に思わず笑ってしまう。

「くすっ。空は届けたいみたいだよ」
『……じゃあお願いしようかな』
「うん、まっててね!」

 きっと息子の張り切る息子を断ることできなかったんだろう。
 天くんに携帯電話を届けることになった私達。14時頃に休憩に入るとのことなので、昼ご飯を食べた後少ししたら準備しようか!と空と話し、今日の天くんの現場へと向かうことになった。





「ぱぱまだかなぁ……」

 待ち合わせの約束をした現場の近くの小さい公園で待機をする私達。ベンチに座りながら空は私を見上げる。

「もうすぐ来ると思うよ。待てる?」
「うん、まつ……!」

 時計を確認すると14時をまわっている。きっとそろそろ来るはずだ。
 空は早く会いたいと言わんばかりにソワソワしている。遊具で遊んで待ってる?と聞くけれど「ぱぱまってるからいい!」と言って膝に手を置いて一生懸命待っている。そんな時だった。


「お!ひなじゃねぇか!久しぶりだな!」

 公園を通り抜ける赤髪の人に名前を呼ばれる。聞き覚えのある声に目線を空から見上げると、そこにはŹOOĻのトウマさんがいた。トウマさんはすぐに私達の方に駆け寄る。トウマさんとは空が生まれて少ししてからの時ぶりに会うかもしれない。

「トウマさん!お久しぶりです!」
「どうしたんだよこんなところで……って空くんも久しぶりだな!」

 空を見たトウマさんは、しゃがんで空と目線を合わせて話しかけてくれた。しかし空はきょとんとしてトウマさんを見る。

「だれ?」
「あ、覚えてないかそうだよな。俺はトウマだ!空くんおっきくなったな!」
「とま……?」
「トウマさんはね、空が赤ちゃんのときに会ったことあるんだよ。覚えてる?」

 私の問いに首を振る空を見て、トウマさんは笑いながら空の頭をぽんぽんと優しく叩いた。

「ははっ、そうだよな!ところでどうしてここにいるんだ?九条に用か?」
「あ、そうなんです。天くんの忘れ物を届けに来て」
「はぱに、でんわとどけにきた!」
「お!そうなんだな!空くん偉いなー!」

 わしゃわしゃと空の頭を撫でるトウマさん。空も嬉しそうに目を細めている。知らない人とは結構緊張しがちな空だけど、緊張が解けているようで良かったと微笑ましく見守っている時、


「トウマー、なにしてんの?」

 先程トウマさんが通っていた道からトウマさんを呼ぶ声が聞こえたのだ。

「やっと来たかハル。デザート買うのに迷いすぎだろ」
「仕方ないじゃん。コンビニ意外と美味しいもの多いんだぞ…!ってひな?」
「亥清くん!久しぶりだね!」

 トウマさんを呼んだのは亥清くんだ。懐かしい、亥清くんと会うのは私が芸能界にいた時以来な気がする。少しの挨拶の後、亥清くんの視線は空へと移る。

「……!」

 すると空はぎゅっと私の手を握ってきたため、どうしたのかと思って見ると、怖いものを見たような不安げな表情をしていた。
 怖がることは何もされていないけど、もしかしたら初めて会う人に見下ろす形でじっと見られている。亥清くんにとって普通の表情だけれど、空は睨まれていて威圧感を感じてるかもしれない。「空、怖くないよ」と優しく手を握り返すけれど、空の表情は強ばったままだ。

「じゃあこのちびっ子は九条天とひなの…」
「!ちびじゃない!」
「えっ」

 そして空はむっとし、泣きそうになりながら亥清くんを睨むように見上げた。亥清くんはそんな空の様子に戸惑い、驚いたようだ。

「おいハル、空くん泣かすなよ!」
「泣かしてない!ち、ちびって言ってごめん……えっと名前は、あ」

「ねぇちょっと」

 その時だ。後方からこの場を沈めるような天くんの声が響いた。


「なんで空のこと泣かしてるの」

「ぱぱ!」

 天くんは私達の前に移動し、ベンチに座っていた空を抱き上げた。空も天くんに会えて嬉しそうに笑顔を浮かべるが、亥清くんはというと慌てている。

「な、泣かしてない……!」
「はぁ……ボクのこと嫌いなのはいいけど、空をいじめるのは違うでしょ」
「だからいじめてないって!」
「!ぱぱのこと、きらい……?」

 天くんに抱き抱えられた空は、大好きなパパが嫌いだという単語が出てきて、敵意丸出しにして亥清くんをきっと睨んでいる。
 なんか亥清くんは何もしてないのにどんどん悪者みたいになってきている気が……。

「うっ、いや、別に今は嫌いじゃ……!ねぇオレなにもしてないってトウマからも言ってよ!」
「いやでもちびって言ったし……」
「謝ったじゃん!!」

「て、天くん、亥清くんは何もしてないよ…!多分初めて会う人で空も怖かったんだと思う」
「でも狗丸トウマは平気なら、亥清悠が怖がらせたってことでしょ」
「うーん、亥清くんはただ空を見てただけのような……」
「そうだよ!ちび見て名前出てこなかっただけじゃん!」
「ちびじゃない、ぱぱのこときらい…」
「あーもうごめんって!!」

 天くんに状況の説明するが、伝わらず、更には亥清くんの声で驚いたのか空はビクッと体を震わせていた。

「怖がらせないで」
「ご、ごめんって……」
「なんかハルが可哀想に見えてきた……。あ、ミナから電話だ。もしもし?あぁ、悪ぃ悪ぃ! すぐ戻る! ハル! もうすぐ収録だから戻るぞ!」
「っ九条天!オレが悪いままじゃん!オレほんとに何もしてないからな!!」

 その後弁明の間もないまま、ŹOOĻの仕事がそろそろ始まるようで、トウマさんは亥清くんを連れて建物へと戻ったのだ。


「なんだか亥清くんに申し訳ないな……。あ、天くんこれ」
「ぱぱ。でんわ、どうぞ」
「ん、ありがとう」

 2人が行った後、私達は天くんに携帯電話を渡す。ベンチに腰掛ける天くんはそれをポケットにしまった。

「ああそうだ空。亥清悠は悪い人じゃないよ」
「いすみ……?」
「さっきの緑の髪の毛の人。パパのこと嫌いな人だよ」
「ぱぱのこときらい……わるいひと…」
「……天くん、その言い方は多分空に伝わらないと思うよ」


 少しの間話した私達だったが、天くんもそろそろ休憩が終わるとのことで、建物へと再び戻って行ったのだ。

 私も空と一緒に帰りながら、「亥清くんは怖くないよ」と伝えるのだった。……伝わらなかったけれど。

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