i7短編 | ナノ

▼ 片想いの特別な日

 7月8日23時50分。
 仕事が終わって家に着き、シャワーも浴び終えた。いつもならひと息つくところだけど、今日の私はスマホを握りしめては格闘しているのだ。


「九条さんになんて送ろう……」

 それはなぜか、明日は九条さんの誕生日だから。私は今、九条さんにラビチャでなんて送ろうか、そもそもメッセージを送っていいのかで悩んでいた。私は九条さんに恋をしている。想い人の誕生日ならメッセージを送りたいと思う、完全な恋する女子の思考である。
 そんなことを考えていたら、時間は既に0時を過ぎてしまった。ああ、どうしよう。送る内容はシンプルにおめでとうございます、でいいと思う。でも0時を過ぎてすぐに送るなんて意識しすぎと思われないかな。……なんて考えていたら、もう20分くらい経っていた。

(いいや、送っちゃえ……!)

「九条さん、夜分にすみません。お誕生日おめでとうございます……と」

 シンプルだし、不自然じゃない。大丈夫。
 送信ボタンを押したラビチャ画面をドクドクと高鳴る心臓に押し付けた。きっと九条さんは明日も仕事だろうし、返事は来ないだろう。寝てるのかもしれない。……ってあれ、寝てるところに私はラビチャしてしまったら、完全に邪魔では……!?

「ど、どどどうしよう。め、迷惑かけちゃった……うわぁ……」

 いろいろ考えすぎた結果、送ってしまったものは仕方ない。恋する思考から一瞬で絶望思考になり、ひとりで落第していると、持っているスマホが鳴った。電話だ。

「えっ!な、なななななんで……」

 画面に表示された名前を見て私は手が震えてしまった。それは今さっきメッセージを送った九条さんからだったからだ。どうして電話が来るんだろう。九条さんから電話が来るなんて何か用があるに違いない。やっぱり寝てるところを起こしてしまったのだろうか。その文句だったらどうしよう、素直に怒られるしかないなと思いながら私は意を決して震える手で画面をスクロールして、スマホを耳に当てる。

「も、もしもし……」
『どうも』
「あの、すみません、寝てるところ起こしてしまってたら、なんてお詫びすればいいか……!」
『は?』

 電話越しに聞こえる九条さんの声。恥ずかしい、緊張しすぎてすごく早口になってしまう。そんな私に九条さんは淡々と話した。

『何言ってるの。起きてたけど』
「えっ、あ、そうなんですね。睡眠妨害したから怒られるのかと思っちゃいました……」
『キミはボクをなんだと思ってるの』

 よかった、邪魔はしてなかったんだ。ほっと胸を撫で下ろす私だけれど、ふと疑問が浮かんだ。あれ、それならなんで電話が来たのだろうか。

「九条さん、何か用でした……?」
『………』

 私が問うと、九条さんは少しの間の後、言いにくそうに答えた。

『……別に。お礼言おうと思っただけ』
「お礼?」
『誕生日のラビチャくれたから』
「え……!」

 まさかそんな風に言われると思っていなかった私は、嬉しくて心臓が飛び跳ねたような感覚になっていた。まさか私が一方的に送ったものに、お礼で電話をしてくれるなんて。

『くす……何その反応』
「! なんでもないですよ!」

 ああ、でも笑われちゃって恥ずかしい。くすくすと笑う九条さんの声が聞こえてくる。なんて思っていたら、九条さんから笑い声に続いて予想もしないことを言われた。

『ねぇ、言葉では言ってくれないの?』
「へ?」
『ラビチャじゃなくてちゃんと聞きたいんだけど』

 突然言われた言葉に驚き、思わず間抜けな声を上げてしまう。九条さんからそんなことを言われるなんて思いもしなかった。これはつまり、「誕生日おめでとう」と言う流れだ。

「え、えと、その……」

 改めてこのような状況になるととても恥ずかしい。メッセージを送ることさえあんなに緊張していたくらいなのに。
 でも九条さんが生まれた日。片想いではあるけど、九条さんという素敵な人に出会えたのは九条さんが生まれたからなんだ。


「九条さん、お誕生日おめでとうございます」


 そう考えたら緊張や恥ずかしさは少し消え、自然とお祝いの言葉が出てくる。

『……うん、ありがとう』

 九条さんは少しの間の後、優しい声で答えてくれたんだ。そんな彼の声にトクンと胸がときめいた。そしてその後は九条さんのペースで話が進んでいく。


『ねぇ、明日収録場所同じだよね? 明日ボク駅前のドーナツが食べたいな』
「え? それはどういう……」
『休憩時間が多分被るはずだよ。だからさ、ドーナツ持ってTRIGGERの楽屋に来てよ』
「え!? いえそんなの恐れ多すぎて」
『いいから来て。分かった?』
「……はい」

 そういえば九条さんはドーナツが好きと聞いたことがある。つまりは明日ーーいや、日付は過ぎてるから今日か。私はドーナツを買ってはTRIGGERの楽屋に届けることになったのだ。

 


△▼△


 休憩時間、ドーナツを届けにTRIGGERの楽屋にお邪魔する。楽屋の中にはソファーに座る九条さんしかいない。

「遅い。ボクお腹空いたんだけど」
「す、すみません。ドーナツ、買ってきましたよ!」

 脚を組み、ソファー上で頬杖をついている九条さん。九条さんは特に怒っているような様子は全く感じないけど、私は慌てながら手に持っている箱を渡した。

「これです! 駅前のドーナツですよ、結構買っちゃいました!」
「ありがとう。……何個買ったのこれ」
「6個セットです! 誕生日特別ドーナツもあるのでぜひ食べてくださいね!」

 九条さんを笑顔で見上げると、彼はきょとんとしたような顔をして私を見る。何か変なことを言っただろうか。けどその理由は九条さんの次の言葉ですぐに分かった。

「キミも一緒に食べるんだよ」
「えっ?」

 あれ、ドーナツを渡して終わりかと思っていたのに。もしかして私が九条さんひとりで食べるように伝えたからそんな顔をしているのだろうか。むしろその九条さんの言葉と反応に、私の方が驚いて目が丸くなってしまう。けれどそんな私の目をまっすぐと見てはまた話し続けた。 

「まさかボクに全部食べさせる気? 休憩いつもより少し長く貰ってるし、ひなもまだ時間平気でしょ。ならここで一緒に食べて」
「わ、分かりました……!」

 届けて終わりかと思ったドーナツは、九条さんのご意見によりその場で一緒に食べることになった。まさかTRIGGERの楽屋で一緒にドーナツを食べる日が来るとは思っていなかったな。
 
 ひとまず時間が許す限り、恐れ多いながら九条さんと一緒に過ごした。九条さんには「HAPPY BIRTHDAY」というロゴが入ったドーナツを食べてもらう。なかなか派手なロゴに少し引いた顔をした九条さんだったけど、なんだかんだで食べては「ご馳走様」と言ってくれて、私は嬉しさと喜びを隠しきれないのであった。


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