小説 | ナノ

(怖い)
 果たして何が怖いのか。優しくできないと言われたことか、人の身動きの自由を奪って満足げにする花京院がか。いや、どちらも怖いが、何よりも怖いのはここまで激しい恋慕の情を人から寄せられることだ。
 これが単に性行為に興味を持っただけの男子のイタズラならばまだ分かる。遊んでいそうな公子の風貌は、そういった連中がすぐにヤらせてくれそうだと思うものであったし、実際町を歩いていてバカそうな年上の男に声をかけられることは多々ある。
 彼らの目的は女性であるから、それは理解出来る。特別かわいいわけでもスタイルがよいわけでもないが、手軽に遊んでくれそうな頭のゆるい女、という条件は外見的に十分満たしている自覚はある。
 だが花京院の要求は違う。彼のズボンが盛り上がっているのでそういった行為を求めていないわけではないだろうが、そこに至る前にきちんとした関係になろうと許可を求めている。それもわざわざ学生服を改造してまで、耳に穴を空けてまで。単に行為を求めるだけならそこまで面倒な迂回路を取るよりも他の遊んでいそうな女を捕まえたほうが早いし楽だ。しかし彼はそれでも公子を選び、告白をし、よい返事が欲しいと追い詰めてくる。ここまでされてこれが恋慕以外の何物でもないことは明白なのだが、やはり公子はそれを信じられずにいた。
(ない。だって花京院だよ?あんだけ何でもできて、顔だって悪くないっていうかいいほうだし、身長だってモデルみたいに高いし。そんな人が……ないよ。きっと罰ゲームとか。あ、あれか。ダメ女を好きになるタイプとか?うーん、イメージ沸かない)
「何をぼんやり考えてるの?」
「足に当たってるなぁと思ってた」
「ごめんごめん。こればっかりはどうしようもなくて……」
 そう言うと密着していた身体を少し離してくれたが、動くたびに擦るようにあたるのが逆に気持ち悪かった。
「あのさぁ、フツー、告白を断った相手にこういうことする?」
「僕、普通じゃないから」
「あー、そうね。何をやらせても完璧なのに女の扱い方だけは分かってないのかな?」
「ここまでしないと効果出ないでしょ?僕、ピアス開ける前から結構主人さんのこと気にかけてたのに、僕が君を好きになることはありえない、みたいな事言ってずっと避けられてたの分かってるんだよ」
 図星過ぎてぐうの音も出ない。現に今ここまでされてもその考えが頭にまず浮かんでいるのだから。
「僕がどれだけ傷ついたかわからないだろうね。君に好意を寄せることをまず認めてくれないんだから。だから、耳に穴を開けることくらい怖くなかった。こんな小さな穴、心の傷の比じゃないからね」
「……謝れば気が済むの?」
「まさか。君の言う年上の男性だとか、体調不良を押して買いに行った下着を見せる相手とか、そんなのよりも僕の方がいいってことをまず教える。そのうえでふりたいのならふればいい。これは今まで僕の事を避けてきたツケだよ。もう一度言うけど、優しくするつもりはない」
 宣言どおりの荒々しさで、一度距離をとった身体をもう一度密着させた。襲い掛かる反動を御することが出来ず公子の頭は壁に打ち付けられ、そこから跳ね返るのを花京院の頭が防ぐ。薄く開けられた目が一瞬視線を合わせる。そしてそのまま壁に押し込むつもりなのかというくらいに強く、唇を重ねてきた。
 先ほど当たっていると苦言を呈したモノは、しっかりと公子の下腹部辺りで存在を主張している。布越しにそれが熱を帯びているのが分かる。
「かっ……い……」
「なぁに?」
 名を呼べば不敵に笑う。呼吸を荒くしている公子を見て嬉しそうにする、というのがまた公子に恐怖を植えつけた。
「さっき、思ってるほどのことはさすがにしないっつったじゃん……」
「主人さんはこういうことをされるって思ってたの?意外と純情なんだね。僕はもっと先のこと考えてた。まぁ、そこまではしないってこと」
(そこまでされてたまるかよ)
「でも本当は、そこまで考えてたんじゃない?至急下着を買いに行く必要があるような女の子だからね、主人さんは」
「おちょくってんの?大体、僕のこと好きにさせるとか何とか言ってたけど、逆のことされてるようにしか思えないんだけどっ」
 そうだ。何だか先ほどからのこの人を馬鹿にしたような物言いと余裕のある表情に何だかむかっ腹が立ってくる。好きになるどころか、むしろ花京院に苛立ちを覚えるばかりだ。
「これが僕のやり方だから。お姫様のように手を取って、赤子をあやすように機嫌をとって、てのを期待した?そうしようと思ったこともあったけど、全部君に無下にされたからね。もうだめだと思って切り替えた」
 こうなったのは全部自業自得だと言わんばかりに、ネチネチと言葉の端々で責めてくる。そもそもこの倉庫に来ることになったのもこうやって罪悪感を突かれたのが原因だ。花京院の言うことに従わなかったから、悪い結果になって跳ね返ってくる……と、まるで洗脳のように言葉巧みに公子を翻弄する。
 怒りのあとに、混乱。そうやって公子の頭の中をかき回してぐちゃぐちゃになったところにようやく隙間が現れる。公子の目が困惑の色に変わったのを花京院は見逃さなかった。
「ねぇ……主人さん。僕が君をこんな風にしたいって思ってたの、分かってくれた?僕はずっと、君とこうすることを妄想してたんだ。こんなにも君の事が……好きなんだ」
 いわゆる飴と鞭である。最初は挑発をして相手の判断力を鈍らせ、悪いのはあなた自身だと刷り込ませ、弱ったところを優しく包む。
 今度は先ほどのような乱暴なキスではない。唇を舌でなぞる様な優しいキスは、先ほどまでの激しさは急に失速し、今度は逆にもどかしさを感じてしまう。
「……っぁ」
「ん?これじゃあ足りない?」
 縛り上げるように掴んでいた手を離すと、力なく重力にしたがってだらんと落ちた。その両手を恋人のように貝殻つなぎで繋ぎなおす。
「もっと、する?」


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