小説 | ナノ

 青い空と海に一際映える真っ赤な橋。ゴールデンゲート・ブリッジ。ドラマや映画にも頻繁に出てくるこのカリフォルニアの顔とも言える景色を前にシャッターを押す観光客は少なくない。
 今や観光名所となったアルカトラズ刑務所の買い物袋を手に、本場ユニバーサルスタジオのTシャツと、首から提げたデジカメ。正に僕は観光客ですと宣伝しながら歩いているような風貌の東洋人は、その中でも更に目立つ存在だった。
 その東洋人こと花京院典明(一八歳)は、勤務先のSPW財団から課せられた最後の一仕事をこなすため、遠くアメリカは西海岸の地へと降り立っていた。最後の任務、それは、
「Mr.クウジョウによろしく」
 という所長の言葉を伝えるだけ。要は職場公認の休暇を兼ねた出張である。もちろん、ちゃんとした仕事はすべて終えたあとだ。

 さて、カリフォルニアは幼い頃に両親と共に来たことがあったが一人で観光地でもない場所をうろうろするのは初めてだ。承太郎の通う大学内にあるというカフェテリアで待ち合わせということで、早めの行動を心がけていたら予定よりも一時間も早く到着してしまった。
(学生でもないのにあんまり敷地内をうろつくのもなぁ……だからといって周辺を見ていたら戻ってこれなくなりそうだし、今からどこかいくのも微妙な時間だな)
 仕方がない。かなり早いがカフェテリアに先に入って読書しながら時間を潰すことにした。
 だが店先で案内を待っていると、奥のほうでなにやらトラブルになっているのを見つけた。年配の男性客が若い女性に怒号を飛ばしている。
 二人の言い争いを聞いていると、英語のアクセントと単語の選び方、そして話の内容から、男はこの大学の警備員で女はここの学生だということが分かった。そして彼女は容姿とアクセントから察するに花京院と同じ日本人だ。
「こちらに非がないのなら、謝罪も賠償もする必要はないわ」
「お前がぼんやり突っ立っているから椅子を引っ掛けたんじゃないか。それに、ここのコーヒーが不味いから飲み残したんだ。こぼれたのはお前とこのコーヒーを入れたヤツのせいだ!」
 それにしても随分くだらないことを主張する男のようだ。現場を見たわけではないが一方的に男が悪いと決め付けていいだろうと思うほどに、言っている事が支離滅裂だ。
「そこのあなた」
 見かねた花京院が間に入る。
「もう少し言葉を選んだ方がいい。それに、立ち止まっている彼女に椅子があたってコーヒーがこぼれたのは彼女のせいというのは矛盾している。立ち止まっているのなら椅子をぶつけたのはあなたの方でしょう?」
「あ?でしゃばってんじゃねぇ、このカマ野郎!」
「言葉を選べと忠告したはずだ。語彙がないからそうやって安易なスラングしか口から出てこないんだ」
「んだと、テメェ……!?」
 男が振りかざした拳はぴたりと止まり、花京院の顔に触れることなく震えていた。
(うっ……動かない!?)
「暴力に走ろうとするのを寸でのところで止める理性があるのなら、言葉遣いにも気をつけたまえ」
 もちろん男は殴りかかる気満々であったが、ハイエロファントが片手で簡単に動きを封じているだけだ。だがこうやって相手に退路を与えてやらねば暴走して面倒なことになるだけだ。
「クソガキャ!調子のんじゃねーぞ!」
 男はやっぱり安易な捨て台詞を吐いて店の外へ出た。テーブルにはきちんと紙幣が置かれている。
「あの、ありがとうございました。学生の方、ですか?」
「いや、部外者です。ただ、ここの学生と待ち合わせをしていたのですが、早めについてしまったようで」
「でしたらここでゆっくりしていってください。先ほどのお礼に、私のほうからコーヒーをご馳走させてください」
「いえ、正しい主張を支持したまでです。それに彼、あのままならあなたを殴りかねなかった。女性を暴力から守るのは当然のことですから」
 無礼なあの男は花京院をカマ野郎と形容したが、確かに彼には中性的な魅力というやつがある。それはもちろん花京院が嫌う表現の意味ではなく、男性特有の粗野な空気がない、女性の穏やかさを併せ持ったという意味だ。
(こういうタイプの男性って、アメリカじゃあんまり見ないのよね)
 確かにここ、アメリカではそれこそ承太郎のような男の力強さが分かりやすく出ているタイプの方がモテる。しかし花京院だって貧弱なわけではないし、どこか妖しい魅力のあるタイプとしてモテそうだ。承太郎が女性のハートを鷲掴みにするならば、花京院はスマートに射抜いていくといったところか。
「日本人ですか?僕は花京院典明といいます」
「はい、私も日本人で、主人公子といいますまだアメリカに来て半年も経ってませんが、日本語で会話が出来てほっとしました」
 堅物の公子が簡単にハートを射抜かれることはなかったが、この柔らかい物腰と先ほどの頼れる強い態度は、心をある程度開かせるのに有効だった。
「あ、どうぞこちらにかけてください」
「ありがとう。そういえば、半年経ってないってことは、一年生?」
「はい」
「じゃあ僕と同い年ですね」
「え!?……年上だとばかり……」
「僕も、随分しっかり対応なさっているから主人さんを年上だと思っていましたよ。あ、大人っぽいって意味ですからね」
 だがお互い、笑うと年齢相応の表情になる。
 注文を通すために厨房に戻るとジェシカが公子の肩を連打していた。
「ちょちょちょちょ、アレ誰誰あれ誰よ」
「……お客さんよ。何か待ち合わせしてるみたい」
「私がコーヒー運ぶわ!てか、日本人?」
「そうよ」
「じゃあもしかしなくても承太郎の友達なんじゃなーい!?」

 キッチンでは誰がコーヒーを運ぶか選手権が始まった。その白熱ぶりは、待ち合わせのために現れた来客の存在に誰も気づかせないほどであった。
「おい公子。注文」
「え、あ!ごめんなさい!」
「キャァ!承太郎よ!」
「やっぱり彼の友人って承太郎だったのね」
 選手権優勝はジェシカであったが、承太郎のご氏名ついでに花京院のコーヒーも公子が運ぶことになった。
「俺もコーヒー」
「はい」
 キッチンにオーダーを通すと、公子はボスに手招きされた。
「はい?」
「公子、今日はもうあがっていいよ」
「どうしてですか?」
「今日は近くでよくわからんイベントやってるみたいでお客こないから、人数減らそうかと」
「構いませんよ。じゃあお疲れ様です」
 エプロンを解いてタイムカードを押していると、承太郎から手招きされる。相変わらず犬に対するサインのようでなんだか癇に障ったが、ここで大声で呼びつけられれば他の店員がやかましいので仕方がない。
「もうあがりか?」
「ええ」
「だったら一緒にコーヒーでもどうだ?」
「いやよ」
「主人さん、せっかくの日本人同士ですし、少しお話していきませんか?」
「ええ、構いませんよ」
「おいちょっと待て。今のは納得いかねぇ……大体なんで花京院が公子の苗字を知ってんだ」
「先ほどお互い自己紹介したからね」
「花京院さんには危ないところを助けていただきましたから」
「……」
 明らかに不機嫌な承太郎を無視して二人は会話に花を咲かせていた。最近日本で流行っているものから事件や政治ニュースについて。それから、公子(と承太郎)の学んでいることや花京院の仕事について。
「花京院さん、英語お上手ですよね。私より発音綺麗でうらやましい」
「幼い頃から海外旅行をたくさんしていたから、英語も勉強させられたんだ。でもやっぱり承太郎が一番綺麗かな。ブリティッシュアクセントだし」
「……無理に俺を持ち上げなくていいぜ」
「何でそんな拗ねてるの」
「拗ねてねぇ」
「そうね、せっかくお友達が日本から来てくれたのに、あまりお邪魔しちゃ悪いわね。それじゃあそろそろ帰ります」
「僕しばらく滞在するから、また主人さんとお話がしたいな」
「ええ。私もそう思ってたんです」
 二人は立ち上がって握手をかわし、公子は店をあとにした。
「……追っかける?」
「いや、アイツの言うとおりだ。遠路はるばる来てくれたのにお前をほっといて女のケツ追いかけるわけにはいかねぇ」
「だったらチラチラ見るのやめてよ……何か今この近くでジャパニメーションフェスってのやってるらしくて、僕それを覗きに行こうかなって思うんだけど」
「付き合ってやるよ」
「いや、いいよ。こういうのは同じ趣味を持った人と行かなきゃ盛り上がらないからね」
「……悪い」
「家に帰ったら徹夜でゲームに付き合ってもらうからね、構わないよ」
 承太郎は乱暴に代金をテーブルに置き、走って出入り口のアーチを抜けた。
 バス停前で携帯電話をいじっている公子の姿が見える。そこにいつものシャトルバスがやってきて、公子が顔をあげた。
「公子!」
 公子が顔を上げる。バスの運転手が乗るのかと公子に尋ね、少し迷って公子は乗車を断った。
「何よ」
 一本見送ってまで待ってやったのだから大した用事じゃなければ怒るぞ、という威圧を感じる。しかし承太郎は息切れしてなかなか話を切り出さない。公子の顔は明らかに不機嫌だ。先ほどまで花京院に見せていた顔とは全く違う。
「……花京院」
「は?」
「気になっちまったのか」
「まぁ知的で頼りがいのある男性だとは思ったけど」
「……」
「自惚れを承知で聞くけど、まさか私が花京院さんを好きになったと思って慌ててるの?」
「……そーだよ。悪いかよ」
「何で逆ギレ?」
「お前のあんな楽しそうな顔、俺の前じゃ見せねぇだろ。らしくねぇとは思うが、かなり焦ってる」
「ばっかじゃないの?」
 ぜーぜーとしていた呼吸が一瞬詰まった。
「私プールの時の方がもっと子供みたいに笑ってたわよ。花京院さん、大人びた方だから、お互い社会人的な付き合いとしてニコニコしてただけよ。まぁ、愛想笑いってやつ?あ、でも勘違いしないでよ。楽しくなかったわけじゃなくて、その……あ、あんたの友達だっていうから、失礼のないように笑顔で接そうと思って……」
「……」
「……バス一本逃してまでこんなこと言わせて楽しい?」
 公子がみるみるしかめ面になるのと反対に、承太郎の口元はどんどん緩んでいた。
「すげぇ楽しい」
「そう。私は何だかすごくつまらなくなったわ。気分が悪いから一緒のバスには乗らないでくれる?」
「俺は気分いいぜ。俺のダチだから、って気ぃ使ってくれたってことが分かったからな。それに、アイツのこと好きになられてたら勝ち目なかったから……ほっとした」
「勝ち目ないって自覚はあるのね。私、彼ともう少し話してもっと好意を寄せようかしら」
「させねーよ」
 ニヤリとしたいつもの不適な笑みに戻る。
「渡さねぇからな」


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