小説 | ナノ

 公子のスタンドの強みは相手にスタンド攻撃を悟られないという隠密性にある。今まで出会ってきたスタンドの中で最も近いのはラバーズだろう。スタンドを出していることにも気づかれず、相手を破壊する。欠点といえば、発動条件だ。自分の名前を呼んだことのある相手にだけスタンドを取り付かせることができ、その状態で相手がウソをつくと効果が発動する。
 元々公子はSPW財団からサポートスタッフとして派遣されてきた波紋使いだ。相手の攻撃が見えないという弱点を応用力のある波紋で補って戦ってきた……ということにしている。
 本当はスタンドを持っているから相手の攻撃も見えるわけだが、スタンドの特殊なアビリティのせいでスタンド使いだということを仲間全員に伏せている。
(敵を欺くにはまず味方から。特にポルナレフに知られでもしたら次の日にはディオにまで報告がいくだろうな。顔に出るだけならまだしも声にも出しそうだもん)
 ポルナレフの底抜けに明るい声で「えーっ!公子のスタンドってばこれこれこんな能力なのかよー。不意打ちじゃねーかー。騎士道精神に反するぜー」というセリフが脳内再生される。
 公子のスタンドを知る人間はSPW財団の数人のみでジョセフすら知らない事実である。
 例えば、ジョセフが食事中に遠くにある調味料を取るときにハーミットパープルを伸ばしているときは「わぁ、塩が浮いてる!」なんて言って見えないアピールまでしている。旅の仲間を騙すのに心苦しさはあったが、完璧に皆を欺けていると思っている。もちろん、エジプトにいるDIOも。

 今日はベナレスで一泊することとなった。なかなか高級なホテルである。部屋割りはというと今まで公子は宿をとれば一人部屋であり、今日も例外ではなかった。
 しかし今、公子の部屋には花京院が遊びにきており二人で映画を鑑賞している。ヒンドゥー語がまったく分からない二人は映像だけでなんとかストーリーを追っているが、ホラー映画なので細かいことは分からなくても十分に楽しめた。むしろ字幕もない、何を言っているかわからない方が、俳優の焦る感情が直接伝わってくるようだ。
 最初はなんだかチープな作りだと思っていたが絶え間なく上がる悲鳴に公子は画面に見入って唾を飲んだ。

 するり。

 公子の体が強張る。画面は高飛車な性格の主人公の友人が急に押し黙ったかと思うとものすごい速度で闇の中に引き摺りこまれているシーンだ。緩急をつけた画面構成に驚きはしたが、公子の緊張は映画が与えたものではない。
(腰に……何かが擦れている)
 細い何かがするり、するりと公子のベルトに沿う様に蛇の動きを見せる。バックルまできたソレはそのまま上へと進路を変えるが、今度は服の上ではない。服の中を通っていく。
「い、今のびびったー」
 話しかけながら花京院を見やる。彼は背筋を伸ばした正しい姿勢で手は固く握って膝にある。だが背後からはぎらぎらと緑色に光る触手がこちらに向かって無遠慮に伸びていた。
(こっちが見えないと思って……!ん、もしスタンドで殴られたら痛みはあるわけだから視覚で捉えられないだけで触覚は分かるはずだよね?)
「公子さんって意外と怖がりですね」
「実は、ね。なんかさっきから体ぞわぞわするし」
 と言いながら服の上からではあるがばたばたと手で払いのけてみる。スタンドに触れることはできないので意味はないのだが、気づいているぞバカ野郎ということが伝わればそれでいいのだ。
「怖いならこうしましょうか?」
 花京院は疑問系で提案したくせに答えを待たずに座っている二人の距離を詰めた。腰掛けているベッドがぎしっと音を立てる。今まで体に触れていたのはあくまで精神エネルギーであるスタンドだけだったが、今度は実体と熱を持った体がぴたりとくっつく。そのまま手を背後から回して腰に添えられ、更にスタンドの触手は動きを止めることなく全身を通る血管のように張り巡らせる。
 公子が悲鳴をあげる前にテレビのヒロインが甲高い金切り声をあげた。生きたままその血肉を食らおうと大量のゾンビがあらゆる方向から迫り、ついには彼女の上着が乱暴にむしりとられ、美しい褐色の肌が月光に晒される。
 その画面に連動するように緑が公子の肌をするすると侵食していく。ついに胸部を守るレースの端をめくるように動き出し下着と体の間に隙間が出来たのがわかった。
(波紋をぶちかましてやりたいっ……)
 テレビの中へなのか、隣の高校生へなのか、どちらともつかない思いが煮えたぎったそのとき、勇ましい主人公の声と銃声がヒロインの絶体絶命的状況を切り裂いた。
 ゴンゴン、ガチャ。
「おい、メシ食いにいくぜ」
 そしてこちらの部屋にも、勇ましい主人公の声がノックして間を置かずに響いた。
「承太郎、ノックしてすぐ開けたんじゃノックの意味がないんじゃあないか?」
「やけに嫌味っぽい言い回しだな。邪魔したか?」
(た、助かったぁ)
 嗚咽を漏らしていたヒロインが主人公からの優しいキスで黙り込んだところでテレビの電源は消され、三人は部屋をあとにした。


prev / next
[ back to top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -