小説 | ナノ

 承太郎たちがエジプトから帰還して数ヶ月。日本の気温も徐々に春を迎えるにふさわしい温かさまで上昇していたが、相変わらず長ランを脱ぐことは無い。六月の衣替えが来るまでは暑かろうがじめじめしようがこれを通すようだ。
 つまり新入生たちは、入学早々この姿の承太郎を見ることになる。式はサボっており会場にはいなかったが、あのデカい図体が校内を闊歩すれば自然と目が行き、彼を知らないものはいなくなるものである。
「空条先輩ーっ!」
「キャァ!かっこいいー、おっきいー」
「せーんぱーい!こっち向いてーっ!」
 今年の新入生も、半数近くが承太郎に夢中になって黄色い声を上げるタイプだったようだ。そんなクラスメイトを横目に同じく新入生の主人公子は右手でシャーペンをくるくる回しながら机の上に置かれた紙とにらめっこしていた。

『入部届け』
氏名:主人公子
学年・クラス:一年一組
希望部活名:__________________

「テニスやらないの?」
「わっ」
 突然の声に顔を上げると、そこには知らない顔の女子が居た。少なくとも同じ中学の出身ではない。
「主人さんだよね、西中の。私、北中のテニス部だったから。あ、ベンチだったけどね」
「はぁ……主人です。公子です」
「主人さん、女テニやってて名前知らない同年代、この辺にはいないんじゃないかな。全国まで行ってベストエイトでしょ……あ、ごめん。もしかして、部活決めない理由って怪我だったり、とか?」
「いや、そんなことない」
「じゃあ、もうテニスは極めたから別のスポーツするとか?」
「全国制覇もしてない内に極めたとは言いづらいな」
「私、もうテニス部で届けだしたんだ。一緒になったらヨロシクね」
 なかなか理由を話さない公子の心の内を察知してか、元北中女テニのベンチさんは席を離れていった。
「くーじょーせんっぱああい!」
「ジョジョ先輩ー!」
「今コッチ見たァ!かっこいいいいいい!」
 相変わらず黄色い声が飛び交っている。彼が校門を出れば声も後を追うように消えていく。静かになった教室で希望部活名の欄に帰宅部と書いては消しを二度ほどやって諦めた。
 提出期限まで二ヶ月近くある。テニス含め、色々な部活動を見て回ってからでもいいのではないか。公子は帰宅部と書かれたままの紙をファイルに入れて教室を後にした。

 女子テニス部に入部を決めない理由。それは馬鹿馬鹿しい話ではあるが、雨天の練習場を探して少し遠いところにあるテニスクラブへ行ったのが原因だ。
 いつもの壁打ちやサーブの練習を終えたところに中学生くらいの男の子が試合を申し込んできた。快諾した公子であったが、その打球の重さの前に腕が痺れるのを感じた。
 技術的には公子が数段上だっただろう。サーブコースの狙い方や相手を走らせるように振り分ける打球などは男子と言えど苦戦する。が、圧倒的なパワーがそれら全てを踏み潰して超えてくるのだ。
 古い話になるが、1998年、当時女子プロテニス界のトップであるウィリアムズ姉妹が、男子プロと勝負をしたことがある。男のほうはカールステン・ブラーシュという選手で、全盛期はランク36位まで上り詰めたが当時は200位ほどにまで落ち込んでいた、ピークを過ぎた選手だった。
 結果、6-1と6-2で姉妹を打ち破ったブラーシュ。しかも当日の試合前、彼はゴルフをして飲酒した状態で試合に臨んだという。
 もちろん、公子が対戦した男子がこのような失礼な態度だったわけではない。試合もそこそこいい数字であったし、そもそも女子と男子は体の構造からして違うのだから比較すること自体がおかしいというのもわかる。
 それでも、これから先どう足掻いても埋められない差が広がり続けるのを直視する勇気が、公子にはなかった。
 そんなことで推薦を蹴ったりテニスを辞めるのはバカのやることだと親から言われたのだが、どうしてもモチベーションがつながらなくなったのだ。
 だからといって、男になりたいわけでも生まれ変わりたいわけでもない。ただ、強いヒロインになりたかった。自分は努力を続けるということが出来ない、強さが無いだけなのだということもしっていた。
 公子はときたま思うのだ。アニメのような、戦う女子になれればと。けれどもムーンプリズムパワーなんてないのが現実だ。特別な力などというものが無い限り、戦闘だろうがスポーツだろうが男子に任せておけばいいのだ。後塵を拝んででも続ける強さが、公子にはないのだから。














 ……じゃあ、特別な力スタンドがあったら?


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