小説 | ナノ

 承太郎が場所を考えずに大声を上げたことに病室の全員が驚いた。彼の高校生とは思えぬ低音の声と貫禄は、言われた本人以外も身を固くしてしまうほどだ。室内の緊張は高まり、飾られた花瓶に亀裂が入ったかと思わせるほどの空気に耐えられなくなったのは、以外にも大声を出した本人の承太郎であった。
「……全員出てくれ」
 大声を出すことで冷静さを取り戻したのか、いつもの口調に戻る。取り乱した事への侘びと、懇願の両方を混ぜたような言葉に、皆が顔を見合わせていた。
「俺と公子の二人にさせてくれ」
「やだよ。皆いてよ」
 だが公子の言葉に賛同するものはおらず、見舞いに来ていたクラスメイトは全員出て行ってしまった。ベットの上に座った公子と窓の外を見る承太郎だけとなった病室は、不気味なほどに静まり返る。窓からは駐輪場が見え、自転車に乗って見舞いのクラスメイトらが病院の敷地から出て行くのを見届けた承太郎はようやく公子に向き直った。
「何故俺の到着を待たずに一人で突っ込んだ。相手がスタンド使いだと分かっていたはずだよな」

 DIO討伐から一ヶ月。残党の一人が矢を盗み出し承太郎の身の回りの素質のあるものを次々と矢で射抜く事件が起こっていた。未だ犯人は不明。襲い来る新たなスタンド使いとの戦いは何もかもが後手に回っており承太郎は苛立ちを隠せないでいた。
 友人をかばい矢によって傷を受けた公子はスタンド使いとなり、詳しい事情を聞いたうえで協力を申し出てくれた。最初は承太郎も新たな戦力を歓迎し、公子もまたそれに応えるべく奮闘していたのだが、最近の承太郎の様子がどうもおかしくなっている気がする。
 事件は進展を迎えていないのに公子に前線に出ないよう指示してくるようになったのだ。だが公子は街を守りたいという一心で戦っており、承太郎を守るわけでも補佐しているつもりもない。早い話があなたの指図を受けたくないという態度をとっていたのだ。その矢先に救急車で運ばれるような事態である。承太郎が怒ることは明白だった。
(だから見舞いに来ないでって言ったのに)
「で、ケガの具合は?」
「スタンドでやられたわけじゃない普通の傷だよ。面積が大きいから血がたくさん出て重傷に見えるけど、傷は浅いから大したことない。場所が頭だから検査入院するってだけだし」
 頭、とはいったがその傷の範囲は顔にまで広がっている。見た目は相当に痛ましいものであった。
「これで分かっただろう。お前はもう戦わなくていい」
「言われなくてもしばらくは出歩けもしないからね」
「しばらく……?」
「その後のことはそのとき考えるよ。とにかく今回のことで確かに身にしみたから、もうお説教は勘弁して」
「……てめー、まだ諦めてねぇ顔してるぜ」
 承太郎の背後にスタープラチナの影が揺らめく。咄嗟のことに、反射的に公子もスタンドを発現させようとするが、その前に承太郎本人により押し倒された。
「遅ぇんだよ。その程度で戦うだなんだぬかすんじゃねぇ。女は足手まといだ。いい加減にこの件から降りろ」
「わっ……わかっ、た!わかったよ!」
「いや、分かってねぇ顔だ。お前がどんだけ弱いのか、俺がちゃんと躾けてやんねえとダメみたいだな」
スタープラチナがベッドをすり抜け、公子を羽交い絞めにする。手が空いた承太郎は一旦公子の真上に膝立ちの状態になり、学ランと帽子を脱いで床に投げ捨てた。たくましい胸板が薄い布越しに彼の力強さを感じさせる。そこから生えた太い腕に、自分の柔らかい手がどのように抵抗すればいいのだろうか。抗ってどうにかなるレベルでない。最早別の生物だ。
 確かにさっきまでは、小言を聞き流して怪我が治ればまた前線復帰しようという考えがあった。だがスタンドに取り押さえられてはっきりと分かった格の違い。きっとスタープラチナには、時間停止を使わないハンデをもらってもダメージを与えることすら出来ない。その場しのぎの相槌ではなく、心の底から言わなければならないと、このたった数秒で精神的に追い詰められた。
「あ……の……本当に、本当に分かったから!私には空条くんみたいにケンカも強くないし!弱い、なんも出来ないって、分かりました、から!」
「……いや、わかってねぇ」
 そのときの承太郎の顔が、にやりと歪んだのを見逃さなかった。もう承太郎の目的は変わっていると公子は確信した。
 最初は脅しのつもりだったのだろうが、今は、敗北を認める弱い存在をいたぶることが楽しくて仕方がないといった顔を見せる。エメラルドの捕食者の目が公子の全身を品定めするようにじっくりと下から上へ這って行く。
「本当に分かったから……許して……怖いよ……」
「ウソをつくな」
 公子のわき腹あたりで蝶々結びにされている紐を引き、本のページを進めるように布をめくると黒いキャミソールを纏った公子の上半身が現れた。左肩には最近ついたであろう別の傷跡が見えた。
「これは何だ」
「これは……神社の方で戦ったときの……」
「こっちは?」
 今度は腰の傷を撫でる。鋭い物で突かれたような痛々しいものだ。
「これは、学校の帰りにやりあったやつ」
「なぁ、コレも俺が知らないと思ってるんだろう?」
 キャミソールを一気にまくしあげると、みぞおちのあたりに青いアザが広がっていた。
「お前が毎回ケガしてるのを知っている。だから俺は何度も忠告したはずだ」
 スタープラチナの膝で公子が押し上げられる。ベッドと背中の隙間に承太郎が手を入れ、下着のホックに手をかけた。
「青あざを締め付けちゃ直るもんも直らねぇぜ」
「やめて!触らないで!」
「俺の忠告を無視した罰だ。今まではケガですんでたかもしれねぇが、もっとひどい目にあうかもしれないってことを知る必要があるな」
 開放された胸部に息苦しさが少し和らぐ。だが別の息苦しさが襲ってくる。異性の同級生に下着まで見られれば羞恥の感情が涙を零させる。
「ごめんなさい」
「……っ」
 止め具を外された下着を剥ぎ取ろうとする手が止まった。
「泣かせるつもりじゃなかった。まぁ、こんなことをしておいて説得力ねぇだろうが」
 乱れた服を直し、布団をかけて傷だらけの身体を隠す。
「とにかく、二度と自分から首を突っ込むな。出来る限り俺が一緒にいて守ってやるから」
「……うん」
 本当は断りたかった。いや、実際のところ相手の狙いは承太郎だ。側にいない方が安全ではないだろうか。
「この部屋禁煙か?」
「分からないけど、灰皿はないよ」
「そうか」
「外に喫煙室あるけど」
「いや、いい」
(部屋から出てってほしいけど……何か怖くて言えない)
 承太郎は何をするでもなく、ただ時間が過ぎるのを待っているだけだった。その沈黙は更に公子にプレッシャーを与えていたが、しばらく時間が過ぎると俯いて確認をしてから立ち上がった。
(治まったか)
「じゃあな」
「あ、うん」

(はぁ。どっちにしても、空条くんとは距離を置かなきゃな)
(護衛以外にも理由をつけて、常に側にいねぇとな……)


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