小説 | ナノ



 三月五日の主人公子。

 A大学経済学部合格。
「やっ……お母さん!やったよ!」
「はいはい、お疲れ様でした。これからもっと疲れるけど頑張んなさい」
「お母さんドライー!」
「で、友達とどっかいくの?」
「うん。駅まで送っていってー」
 この日はクラスの皆で打ち上げがあった。だけど、私のスマホは幹事でもなく友ちゃんでもなく、花京院君へメッセージを送信していた。

 合格しました!! 11:28 既読



 三月五日の花京院典明。

「おめでとう……公子」
 僕の指なのに全然思ったように動いてくれない。メッセージ一つ満足に入力できないもどかしさは、僕に通話ボタンを押させた。
「もしもし……直接言いたくて電話かけちゃった。……はは、確かに、電話じゃ直接じゃないね。……うん、会おう。ゆっくり出来る場所やプランは考えたけど、今日は打ち上げがあるから無理そうなんだ。でも、今すぐ会いたいよ!」


 三月五日の空条承太郎。

「おーい承太郎、こっちじゃ!」
「おう、じじぃ」
「よく来たな。飛行機は無事に飛んだみたいじゃな」
「そりゃじじぃがいねぇなら落ち……」
「わっ!」
「!?」
 俺に目隠しをするこのごつい手。加えて俺のタッパに手が届く知り合いなんてのはなかなかいない。まして、いい年してこういうアホなことをするヤツといえば、一人しか思い当たらない。
「ポルナレフ!」
「大正解ー。承太郎がアメリカで暮らすことになるって聞いてよ。引っ越し祝いに駆けつけたわけだぜ!」
「引っ越し祝いで国境またぐのはオメーくらいなもんだろうな」
「はっはっはっ!さ、新居に早速案内してくれよ。綺麗なとこなのか?」
「そうじゃな、もちろん新築を選んだぞ!だからポルナレフ、今なら便器も舐め放題だ!」
「そのネタはもういいだろうがよー!」
 俺は、高校生であった三年間を忘れない。あの学ランを着て生活していた時のことを忘れない。
 旅を忘れない。旅を経て帰ってきたときのお袋の顔を忘れない。じじぃ、ポルナレフ、アヴドゥル、イギー……そして、花京院と一緒にすごしたガクセー生活ってのを忘れない。初めて異性を意識しかけたことを忘れない。その思いは、俺自身が選択して摘み取ったことを忘れない。
 俺が振り向いたときにはもう別のところを見ていた主人。それは花京院の方ではない、自分の将来と向き合い始めた顔だ。俺にキャーキャーと騒ぐミーハーな女子であることをやめた後になって、俺はあいつの存在を気にし始めた。
 だけどそれを恋だの愛だのという感情に育つ前に、俺は思いを断ち切った。もうアイツが俺を見なくなったからでも、花京院のためでもない。これは誰に言われたでもなく、俺が俺自身の為に選択したことだ。
 俺たちは、将来を見据える自覚を優先しただけだ。自分が何者になるのか見つめなおす時間が必要だった。たった一人になる時間だ。それを超えた先に、まだ花京院が同じ思いを燻らせているのなら、アイツはきっと……。





「主人さん!合格おめでとう!」
「ありがとう、花京院くん!」
「経済学部だって?」
「うん。最初はね、雑貨屋さんやりたいなーって思ってたんだけど、色々調べる内に流通そのものに興味がわいてきて。花京院くんも、SPW財団で働くんでしょ?医療関係?」
「僕は医療とはまた別の分野なんだ。だけどちょっと秘密主義が多い職場でね。本当に大切な人にしか喋ることを許されないんだ」
「ん?何か、すごいとこに就職したんだね」
 本当に花京院は何者なのか。知れば知るほど謎が増えていく。だがミステリアスな雰囲気のヴェールを一枚めくると、本当に普通の、歳相応の男子高校生がいる。公子の前でだけ顔を出す、意外な一面。
「……公子、さん」
「……はい」
「君の事がずっと好きでした。これからもずっと好きでいます。僕の気持ち、受け取って欲しい」

 花京院典明が何者であるか。それを語るには一日という単位ではきっと足りない。だけど二人にはこれから先、生涯にわたっての時間が約束される。少しずつ、見えない姿をお互いに確認し合っていこう。
 彼は、冷静で紳士で……だけど時に嫉妬に悶え狂う、花京院典明という、普通じゃないけど普通の少年。

*END


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