小説 | ナノ

 公子には仲のよい女子が四人いる。一人は学年成績八位の秀才。一人は英語ペラペラで将来海外進出したいという意識(ガチで)高い女子。一人は部活動のエースを務めるクールなスポーツ選手。一人は勉強も運動もできないけどオシャレで仕草もかわいい、女の子。
 じゃあ、公子は?主人公子が人よりも優れているところ、または何かしらの特徴を聞かれてすぐに答えられるところって?それがないから今この状況に困惑するしかない。
「それでも俺は主人を好きになっちまったんだからしょーがねぇだろ」
 四人の友達のいいところを四つ集めて四倍にしたような男が、取り柄を抜いたようなスカスカな公子のことを好きだと言う。勉強も出来て、英語ペラペラで海外にツテもあって、スポーツ万能で、何をやらせても雄雄しいイケメンが、である。
 だが四人の友人にそれなりの劣等感を感じている公子が、それを受け取ることはない。小さくごめんなさいと呟き、異様に接近している体を押し返すとその隙間から体を無理やり出して逃げる。追っては来ないことに安堵し、公子は校舎裏から家路へと戻っていった。
 本日、木曜日。昨日のことがあるから学校に行きづらいが頑張って靴を穿く。
「公子ー。上ゴミ袋が通るぞー」
 しゃがんで頭を下げている公子の頭上を、燃えるゴミが通り過ぎる。が、そのまま玄関扉を開けた父親が、カバンとゴミ袋を持ったまま動かない。
「お父さん?」
 靴を履いた公子も顔を上げると、父の頭の部分に前を開けた学ランが見えた。そのまま更に視線を持ち上げると、朝のさわやかな陽光を後ろから受け、顔が見えない一人の男の姿だと認識出来る。表情は見えないがこの巨体と襟元から垂れ下がる鎖で完全に特定できてしまった。
「おはようございます」
 父に軽く会釈すると、承太郎は道を開けた。
「……公子、お友達か?」
「う、ん」
 家の中に引き返すわけにも行かず、公子は承太郎と一緒に道へ出た。反対方向に向かう父がこちらを何度か振り向きながら歩いている。
「あの、どうしたの急に」
「急じゃねぇだろ。あんなんで納得しろってのは無理な話だ。一日時間をおいてお前も落ち着いたろ。どうしてだめなのか、きちんと説明してもらう」
「あの、家まで来るのはちょっと……」
「悪かった。が、俺も待ちきれなかった。気になって仕方なかった」
「本当、ごめんなさい、これ以上この話したくないの。じゃあ」
 言えるはずなどなかった。自分にないものを持っているあなたが羨ましくて、羨望してしまうほどの強い光が自分の影を濃くするからなど。つまるところ、醜い嫉妬の感情を告白してくれた人物に打ち明けねばならないから。
 だがそれを相談する友人はいない。先述の通りその嫉妬の感情は四分の一ずつ友人に対しても持っているからだ。行き場のない公子の苦痛はゆっくりと精神を蝕んでいく。
 公子は駆け足で大きな手から逃げ出した。運動部ではないからこんなに全力疾走したのは久しぶりだ。体育の授業も手を抜いてダラダラやっていたツケが、呼吸に明確に現れる。ぜーぜーというよりひゅーひゅーと言うような音を立て始めた公子の走りは、承太郎の長い脚が簡単に間を詰めた。
「待てよ」
 間の悪いことにもう大分学校に近い場所で手を捕まれる。大勢の生徒が登校する足を止め、視線を公子に向けて突き立てるのがひしひしと伝わってきた。
「納得のいく説明をしな!俺の何がいけねぇんだ!」
「……こういうところで、そういう風に大きな声をだすところ」
 こうして、公子と承太郎のなんともいえない関係は朝っぱらの正門で大っぴらになったわけである。

 今日という長い一日にようやく訪れた昼休み。公子は今朝からひそひそと周囲の女子に何か噂されており、この針の筵のような教室から一刻も早く飛び出したかった。こういうときに助けてくれるのは、いつだって友達だ。
「公子、お昼あっちで食べよう」
 いつもの四人が公子を誘って教室から出て行く。その姿が消えたのを見て、いつも承太郎に熱を上げている女子が悪態をついた。当の承太郎はというと、もちろんこの教室にいない。二時間目を過ぎた辺りからサボっているのだ。
「で、どうなってんのよ!空条君!」
「いつ?いつ?ねえ、いつこくられたの?」
「公子っちいいなぁ。アタシもー、あーゆー情熱的なカレピッピ欲しいー」
「あんたら、話聞きたいの?自分が何か言いたいだけなの?もう少し聞く体制とったらどう?」
 弁当箱の中身が半分以上減ったところで、ようやく公子も重い口を開いた。
「ん……お付き合いとか、なんか怖い」
「怖いって……」
「だって、今までそういうこと考えたことないし、第一、告白されたってだけでクラス中の女子から殺害対象にされてる気がして。これ以上なんて考えられないよ」
「つまりぃ、公子っちはくーじょーくんへのお返事を周囲の目を気にして出したってこと?」
「……」
「その言い方は悪い」
「んー、公子っちをね、非難したいわけじゃあなくってぇ。公子っちがそんなことするような子じゃないって、アタシ知ってるもん。アタシらに言えない様ななにかがあるんしょ?」
「だから、そこまで分かってるならそこを追求する言い方が悪いって言ってんの」
「ごむぇん。アタシ教室戻るー。ごめんなさい、公子っち」
「う、ううん!気にしないで、ていうか皆でもうちょっとおしゃべりしようよ!」
「コイツは私が教室に送っていくよ」
「あ、じゃあ私もちょっと隣のクラスの子に用事あるから一緒に行く」
 こうして残されたのは公子と勉強が出来るタイプの友人だけになった。彼女は熱いお茶をすすると、俯く公子を眼鏡越しに見た。
「じゃあ私も行くよ。少し一人で考えたいでしょ?」
 弁当箱の入っていた袋からチョコ菓子を取り出すと公子の前に置く。
「考え事には糖分必須だよ」
 教室の扉を閉めて、ふうと彼女はため息をついた。数歩歩いて振り向き、公子だけが取り残された教室を見る。
(空条、もう出てきたか。意外と堪え性のない男ね)
 あの教室には奥に小さな物置のスペースがある。そこに承太郎が潜伏していることを知らないのは、公子だけだった。こうなるように手配を依頼したのも、承太郎の方だ。それらをひっくるめて、堪え性がないと表現したのだろう。
 物置と言えど四畳程度の広さはある。そこから出てきて、驚いて口を開けた公子を見ながら承太郎は肩を鳴らした。パキパキと聞こえてくるそれは、今の公子からすれば不良が喧嘩を始める前に指の関節を鳴らす音のように聞こえた。自分が追い詰められていることくらい、分かっている。
「どうして、その奥……」
「俺のサボりスポットだ。静まったから誰もいねぇと思って出てきたんだがな」
 公子の手が震えながら弁当箱を畳み始めた。しかしその手が一回り以上大きな手に掴まれる。
「だめだ」
「何が……」
「きちんと話してもらう。さっきお前がダチに話してた話は本心か?それとも、指摘されてたように他に理由があるのか?」
(ああ。筒抜けか)
「俺のこと怖ぇっつんなら違うことを証明させてくれ。外野がやかましいっつんなら俺が黙らせる。それとも、他に、何か……」
「……あのね。私、あの子達みんな大好きだし友達だと思ってる。でも、私同時に皆に嫉妬してる。頭もよくない、夢もない、運動も出来ない、顔もよくない。皆何かしら持ってて、私は何も持ってなくて、そんなこと気にしてる私が、全部ひっくるめて持ってる空条君の近くにいたら、自分を卑下することばっかり考えちゃう。だから、イヤなの。だから、話せなかったの」
「……悪かった。だが話してくれて、正直すげぇほっとしてる」
 動きを封じるための手が、優しく公子を包む。公子の細い首に顔を埋めるように抱きしめる。
「怖いか?」
「……」
「沈黙は、告白の肯定だぜ」
 それでも何も言えなかった。緊張が半分、拒否できない程にドキドキさせられている自覚が半分あるから。
 昼休みの終了五分前を告げる予鈴が鳴る。
「一緒に教室入るのはさすがにマズイだろうから先戻ってるぜ」
(……なんで午後の授業律儀に出るの)

 本鈴の二分前に小走りで教室に入る公子を出迎えたのはやはり好奇の視線だった。が、昼休み前のものとは少し様子が違う。
「な、なに」
「公子っちー!なんだかんだでうまくいったんじゃーん!よかったああああ」
「へ?は?」
「私らの中で一抜けが公子になるとはね」
「や、だから……空条君!?」
「抱きしめたのを拒否しなかっただろう。沈黙は告白の肯定と言われても黙ってたんだからそりゃそういうことだろ?」
「違う!そっちも違うけど、そういうことじゃなくて!私今朝言ったよねぇ!?こういうところで、そういう風に大きな声をだすところがイヤだって!!」
 しかしそのセリフの末尾はチャイムにかき消された。この日の昼休み終了後の五時間目が、公子の高校生活で一番苦痛な授業になったし、おそらく一生忘れないだろう。


prev / next
[ back to top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -