小説 | ナノ

 番長、だの、頭(と書いてヘッドと読む)だのという習慣や人物は、自分には縁がないものだと思っていた。この高校にそういった人物がいることは知っていたが、男子が勝手に騒いでいるだけで、三年間の中で自分と関わることはないはずだった。だがその確信に根拠はない。漠然と、自分の性格上そういったことに関わらないと思っていただけだ。
 だが自分がそんな性格であっても、向こう側からやってくる分にはどうしようもないのだ。どれだけ自分が平穏な人生を歩もうとしても、トラブルとはやってくるもの。
「おい」
 退路は蹴りで塞がれた。壁と壁の間にかかる長い足。ポケットに突っ込まれていた手が口元のタバコを取ると真っ白な煙が吐き出された。目にしみたのか公子が少し涙ぐむ。
「テメェのその耳は飾りか?」
 タバコを持っていない手で公子の耳を引っ張り顔を寄せる。承太郎の吐息が耳に吹きかかり全身の毛穴が開くような感覚を覚えた直後、
「待てと言ったんだ」
 低音の声に、さらにぞくりと悪寒を感じた。
「どうして逃げる」
 こうならないよう、出来るだけ避けてきたはずなのだ。トラブルの元、問題の根源、なにか厄介な相手とは友達にならないどころか話すらしないように心がけていたつもりだったのに。
(何故っ!?)
「逃げるな」
「えと、逃げてるというか、私今から用事があって……」
「毎日忙しそうだな。それとも俺が近づくと何か用事を思い出すのか?」
「え」
「気づかれてえねぇと思ってたのか?コソコソ逃げ回って何がしてぇんだ。言いてぇことがあんならハッキリ言いやがれ」
 間近に見る承太郎の顔は、思っていたほど怖くはなかった。長い睫とくっきりと縁取られた目に力強さを感じはするが、口調や所作に見る威圧感はない。むしろ、甘さや優しさを感じるような視線。
(そう、この視線よ……)
 この目に見つめられたのは今が最初と言うわけではない。
「そっちこそ私が気づいてないと思ってるのかもしれないけど、空条くん、私によくガン飛ばしてくるじゃない」
 本当は睨んでいるなんて思っていない。その視線に篭る意味は逆だ。熱っぽい、情愛を感じる視線。
「そこまで気づいてるなら俺が今何を期待しているのかも分かるだろ?本当は俺がガンくれてるわけじゃあないと気づいてるはずだぜ」
 足を下ろし、吐き捨てたタバコをぐりぐりと踏んで火を消す。
「空条くん……」
「なんだ」
「私、人生において揉め事やトラブルなんかを徹底的に排除していくタイプの人間なの。空条くんみたいな目立つ人とあまり関わらないで、極力平穏無事に毎日を過ごそうと思ってるから、これ以上あなたと話していたくないし校内で必要以上に見つめないでほしい」
「ほう。だったら一生一目につかずひっそりと生きてく方法ってのを教えてやるよ。一生俺に匿われてりゃいい」
「は?」
「俺もお前を他の男に見られたくねぇと常々思ってたわけだ。これなら利害が一致する」
「何をむちゃくちゃな……」
「もう俺は足を下ろしてるぜ。行きたきゃ行けよ」
「じゃあ遠慮なく」
 足早に承太郎の脇をすり抜けて家路に着く。これでまた一つ人生と言う道に転がる障害を排除して、平穏な日々を取り戻すことが出来たのだ。
(と、思ってるんだろうがな)
 一人取り残された承太郎はふられたにもかかわらずニヤリと笑う。
(もう遅ぇ。本当にイヤだったのならコソコソ逃げ回らずに一言俺に言やよかったんだ。そうしねぇのは、俺に見つめられて恥ずかしいながらも俺を気にしちまってるからなんだろ)
 制服のポケットから次のタバコを取り出し、火をつける。
(さらに今日のダメ押しで、完全に俺を意識した。もう、逃げるには手遅れだ)
 さて、明日からはどうやって意識させようか。やがて承太郎を欲するようになるまで、その変化に気づかないくらい少しずつ意識をこちらに向けさせる。そして最終的には、
(お前の方から俺を強請るようにさせてやる)
 公子が逃げ回っているのは、周囲を柵で囲まれた場所なのだ。出口のない広場を走り回って、いつの間にか外壁が内側に迫って、身動きの取れなくなったところに唯一差し伸べられる救いの手は、承太郎のごつごつとした大きな手。
 既に包囲されていると知らずに逃げ惑う公子の姿を、明日もまたガンを飛ばすようにじっとりと見つめるのだろう。


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