小説 | ナノ

「承太郎、悪いんだけど、食事中はタバコ控えてくれない?」
「ああ、悪い」
 火をつけたばかりのタバコを灰皿に押し付けて消した。ちらりと公子を見ると、もう気にしていないのか残っている皿の上の料理を口に運んでいる。
「公子、タバコ嫌いなのか?」
「好きではないかな。食事中だけはどうしてもダメだわ。あ、別に承太郎に普段から吸うなって言ってるわけじゃないのよ。まあ、高校生の喫煙を見逃す大人ってのもどうかと思うけど」
「でもライター持ってるよな」
「え、何で知ってるの?」
「前に戦ってるときに荷物ぶちまけただろ」
「あー。あれね。前の彼氏も喫煙者だったんだけどさ、よくライター忘れて不機嫌になるから、私も一本持ってるの。そのまま鞄の底に眠ってたみたいね」
(前の彼氏……)
 押しつぶされたセブンスターから立ち上っていた白い煙は徐々に細くなり消えていった。

 空条承太郎は童貞である。キスもしたことがない。保険医へのアレは自分の中ではキスではないのでノーカウントということにしているらしい。
(中身に噛み付いて引き摺り出すなら簡単だ。だが、キスってのはどうすればいいもんなんだか)
 などとぼんやり考えている間にも周囲を女子に囲まれる。この中の女子に試してしまえばいいんじゃないのか、という考えがないわけではないが、やはり惚れた女がいる時にそういうことはしたくない。
「あれー、ジョジョどこ行くの?寄り道?」
「うるせぇ、ついてくんなよ」
「えーっ」
 徒歩通学の承太郎が地下鉄へ続く階段を下って消えていく。取り巻きの女子は不思議そうにしていたが誰も言いつけをやぶることはなかった。
 東横線の電車に乗り、降り立った先はSPW財団目黒支部の最寄り駅。あの旅を終えたあと、悲しいことに公子と承太郎をつなぐのは男女間のそれではなかった。友人、と呼べるのかどうかも微妙な関係だ。
 そもそもあの旅への同行も公子からすればビジネスの一端なのだ。自分の勤務する財団の半世紀以上にわたる悲願であるDIOの抹殺。ホリィのためと仕事の関係という経緯は違えど目的を同じとする仲間。
 だがそれは公子からすればビジネスパートナーなのかもしれない。
(ポルナレフやアヴドゥルなんかは、ああもあっさり別れたが俺たちが仲間であることは再確認するまでもねぇってのは互いに感じてる。しかし、公子とイギーだけはわからん。女ってのも、犬と同じくらいに違う生き物に感じてしょうがねぇ)
 建物内に入っていくつかドアをくぐると、すれ違った財団員から公子の不在を告げられる。
「お母様の体調経過報告書を受け取りに来たんですか?主人さんなら休憩にいったので多分屋上ですね」
 公子はスタンドの及ぼす肉体への影響を研究している医者だ。ホリィの治療にあたっていたが、根本的治療はやはりDIO討伐以外にありえないと診断し、道中の一行を直接サポートすべくシンガポールで合流した。
 帰国後もホリィの主治医としてスタンド使いの視点から診断を行っている。別に承太郎が診断書を受け取りに来る必要もなく郵送すると何度か言っているのだが、承太郎が近くに用事があるからと無理に理由を付けて公子に会いに来ているのだ。
(道中は、患者の治療を助けるための便利なヤツ。今は、資料を運んでくれる便利なヤツ。としか思ってねぇんじゃねぇか、俺のこと)
 屋上への扉を開けると、寒空に紫煙をくゆらせる公子の姿があった。
「タバコ、嫌いなんじゃなかったのか」
「ああ。吸ってないよ、噴かしてるだけ」
「?」
「臭い、嫌いなんだけどね。承太郎の吸ってたセッタ見たらちょっと、思い出に浸りたくなって」
 柵にもたれかかって天をあおぐ姿が、サマになっていると承太郎は思った。女性らしさを演出するはずのロングヘアーも、なんだか切りに行くのが面倒でそのまま伸びましたという感じのダウナーなイメージを持たせる。かわいい、守ってやりたいというイメージを一切寄せ付けない芯の強さが、屋上で一人タバコに火をつける姿を似合うように見せる原因なのかもしれない。
 好きなところをあげろと言われればそこだ。自分の周囲で黄色い声を上げる子供っぽい「女子」ではない。大人の、一人の「女性」の姿に、恋愛感情を抱いているのだ。
「前の男か?」
「うん。アイツも同じタバコだった」
「どうして別れたんだ」
「飲むとね、暴れることが多くなったんだ。仕事がうまくいってなかったみたいで。でも私ってそういうのに気づいてやれるような女じゃないからさ」
 そう言いながらタバコを灰皿に落とす。中に水が張ってあるタイプのもので、ジュッという音が聞こえた。
「報告書ね。今渡すから。それとも、今日も食事に誘ってくれるのかな」
「珍しいな、そっちから催促たぁ」
「がらにもなくセンチメンタルってやつよ」
「寂しいのか?」
「そうなのかも」
「なぁ」
 日も暮れかけて気温が一気に下がる時間に、上着もなしに外に出てきた公子を温めるように抱く。体の芯から冷えているのが分かった。
「タバコのあとのキスって、どんな味なんだ?俺は自分で吸うけど吸ってる女とキスしたことねぇからよ。味、知らねぇんだ」
「そうね。タバコの臭いは嫌いだけど、実は喫煙後のキスって好きだったんだ」
 それが了承の合図と思い、瞼を下ろそうとした瞬間、承太郎の唇に公子の細い人差し指が当たる。
「あの人の味だから、好きだった」
 するりと自分の腕から逃れた彼女が、もうあんな遠くに行ってしまった。屋上の扉に手をかけ、寒そうに体を縮こまらせながら中へと消える。
「なんだよ……誘ったんじゃねぇのかよ」
 やはり女は何を考えているのか分からん生き物であると、承太郎は舌打ちをした。


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