ウッドマンに聳える巨大建造物、アパートメント。そこへ至るメインストリートから1本外れた商店街の一角で慎ましく経営されるカフェ。少々年季の入り始めたそのカフェで、ジーナは給仕をしている。ゆくゆくは両親から店を継ぐべく、種々の修行をする見習いでもあるわけだが……今は、単なる給仕・店員・いわゆる顔グラ表示のないモブだ。

リーン……ゴーン………リー…………

昼時を告げる鐘が鳴る。
ということは、だ。ジーナはほんの気持ちだけ耳をすませた。

「……ー!」
「……なくてはぁぁあ!!!!」
「解体しなくてはぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!!」

狂おしいほど熱の篭った絶叫が近付いてくる。それはすぐに店の近くを通り過ぎていく。絶叫の主以外の悲鳴と、キュイン!ガキン!!といったなんらかの機械音も同時に突風として過ぎ去っていく。
ああ……今日も彼は元気に、渇望に囚われている。
ほんのり高鳴る胸と、薄ら染まる頬を持て余しながらジーナは手元の作業を再開した。昼時は稼ぎ時だ。ぼんやりしていられない。親の食い扶持が減ると己も損失を被るのだ。

「憧れは、憧れのままにしなきゃね」

ぽつ、と呟いた言葉は唇を震わせて、ジーナ以外の誰にも届かなかった。



閉店間際になって、しとしと降っていたはずの雨の勢いが増してきた。記念日デートに出かけた両親は帰って来れないかもしれない。天気予報はしっかり確認していたはずだが……もしかしたら狙い通りの展開なのだろうか……
自分以外誰もいない店内の、カウンターに寄りかかってぼんやり外へ向けた視線が一点で留まる。雨音で気付かなかった人影だ。どうやら、誰か不幸な人が雨宿りしているらしい。

(もうじき営業終了時間だけど、知らんぷりできないよね……)

ジーナは迂闊に驚かせぬよう足音を響かせて歩き、ゆっくりとドアを開けた。

「こんにちは。雨宿りしているのでしたらどうぞ店内、へ……」

ザアザア降る雨を眺める長身。陽の光に晒せば煌めく銀髪。心ない人がざわめく白い肌。いくつものベルトで鈍色の工具を留めるコート……
呼びかけに応じて振り向く顔の口元には黒のマスク。柘榴を品よく配置した三白眼を見開いたその人は、ジーナが憧れを抱く……ウッドマンを発展させた巨大ギルド虹の彼方に属するマイスター、解体士ホロウ。交わることのない暮らしをしていると思い込んでいた人だった。

「……あぁ、いえいえ……お構いなく。僕にはこの軒先を貸していただけるだけで充分ですぅ。」

んふ、と他人が怖がる微笑みで遠慮するホロウ。だが、常ならばきちっと立たせている前髪は額に張り付き、そこかしこから水がぽたぽた滴り、端的に言って濡れ鼠の人物が止みそうにない雨を前に遠慮してる場合ではない。時期も悪い。暑い夏が過ぎて涼しく過ごしやすくなってきた秋の雨は……放置すれば体調に影響及ぼすこと間違いないだろう。

「そんなずぶ濡れで遠慮しないでください!?」

ジーナは反射で叫んだ。手で開けていたドアに素早くストッパーをかませ「少々お待ちください!遠慮せず店内に入ってくださいね!!」と声をかけながらバックヤードへ走った。

(生ホロウくんだーーー!!!)
(感激してる場合じゃなーーーい!!!)
(タオル!湯沸かし!着替え……は無理ぃ!)
(洗濯機は空だよね??乾燥機OK!)

バタバタと走り回って目的を遂行する。急がなければ彼は無理にでもこの雨の中、まだ少し距離のあるアパートメントへ向かうかもしれない。

(そんなの絶対風邪ひいちゃうからダメー!!)

ほんの1分程で、先程までのポーズで固定されたようなホロウの元へ戻るジーナ。ふかふかのバスタオル(新品)を抱え、ちょっぴり遠慮がちに声をかける。

「あの……解体士のホロウ様ですよね?どうぞ中へお入りください。そのままでは風邪をひいてしまいます……」

少し無遠慮かもしれないと思いながら、抱えていたバスタオルをホロウの頭に被せつつ手を取り、店内へと促す。内心は鼓動が跳ね回るようで落ち着かないが、現状の心配が勝って冷静に振る舞えている、はずだ。

「よろしければお風呂も用意しますし、洗濯機もお使いください。せめてそのタオルで水気を拭いてください……近頃は冬の足音が聞こえるような冷え方です……」

だんだんと力なく、か細い声になってくるジーナ。手を取ってもバスタオルを被せても1歩も動かないホロウに、どうしたら良いのかわからなくなってきたのだ。困ったような不安げなような情けない顔をして、ホロウの反応を待つしかない時間が長い。取った手の布地の冷たさに晒されて、こちらの指先まで悴む気がしてきた頃に彼は噛み締めるように呟いた。

「…………僕なんかに、すみませんねぇ。」

彼が1歩だけ、店内に入ってくる。その分だけ近付いた距離はどうしてだか離れた方がいい気がして、そっと手を離して下がるジーナ。一拍置いてやんわりと動いた手がタオルで水気を取る動きをし始める。視線は交わらない。

「……タオル、ありがとうございます。よろしければ傘を貸していただけませんか?必ず返却しに参りますので。」

ぽつりと、下を向きながら言うホロウ。膜のような、触れたら壊れてしまいそうな、薄い壁。穏やかな紳士へ、もちろんです、と返答しながらジーナは後悔の念を膨らませ始めていた。
ほんの1秒程下を向いて、傘を見繕いに行こうかと視線を戻したそのとき、ガバっっとホロウが顔を上げてクワっっと目をかっぴらいて滔々と話し始めた。

「ぁぁあ、僕としたことがいけない!名乗りもせずぼんやりしてしまいましたね。ご存知のとおり、解体士のホロウです。お見知りいただき光栄です。あっ、僕は若輩者ですのでどうぞ緩く、軽く、気軽にお話しくださいね!それにしても助かりました。軒先をほんのひととき借りるだけでも僕なんかが佇むと営業妨害だろうと思っていたのに、まさかこのように暖かでお優しい言葉をいただけるとは……貴女の優しさに打ち震えていたら紳士にあるまじき失態をおかしてしまいました……反省しています…………はっっっ!ところで貴女はなんというお名前ですか?」

ぽかん、と口と目を丸くして。一気に増えた情報を咀嚼して。ジーナは言えるだけ言おうと決心した。

「えぇと……ジーナです、ホロウさ……ん。あの、その……つっ、常日頃!応援しています!!!!!」

シュバッ!と直角に頭を下げ、傘を用意しますねと言いながら走り去るジーナ。またもその場に残されたホロウ。このぼんやりする思考が雨による体調不良か、未知との遭遇による衝撃か、はたまた別の事柄か……ごく普通に風邪の超初期症状が始まっている解体紳士は、ふかふかのバスタオルに顔を埋めて思考を放棄した。




・・・
カフェ店員ちゃんとの出会いのおはなし。
ホロウくんはそろそろ諦めて走りますかねぇって思ってたタイミングで声をかけられて(しかも多分年下女性)宇宙猫になってたと思う。ずぶ濡れだからって知らん人の家で厄介になれません。紳士なので。傘は借りる。らっきー。病的な自分への応援の言葉でほんのり好意を察してまた宇宙猫になってそう。
この後、傘の返却とかからゆる…ふわ……と交流が始まって、メインストーリー周りでやきもきして、ヒロインちゃんとはすぐに仲良くなってるなぁって落ち込んで、それでも見ていられたらそれでいいかなって自己完結した頃にやんわり無自覚束縛包囲網してたホロウくんが自覚に陥る事件発生してくっついて欲しい夢
解体紳士に惚れてるカフェ店員めも

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