アリスドラッグ | ナノ


▼ 心が揺れる3


 酒場に戻ると、相変わらず海賊たちは騒いでいた。幸い、問題事は起こしていないようで、店内が荒れているということもなかった。



「……オーランドは?」

「おお、中佐ちゃん。船長なら近くの新聞屋にいったぞ。すぐ戻ってくるからここ座れよ」



 海賊の一人――たしか名前はニコルといった彼はウィルと椛をひっぱって自分の隣に座らせた。この海賊たちに仲間意識など一切もっていないし、むしろ部下を傷つけたことを腹立たしく思っているが、抵抗したところで無駄なためウィルは大人しく従う。ウィルが席に座ったことを発見したほかの船員たちも集まってきた。



「よう中佐ちゃん、この機会に腹わって話そうぜ」

「……その呼び方やめろ」

「ええー、いいだろ、中佐ちゃん。おまえすごいじゃん、そんな細い体してめっちゃ強いし、そんでその歳で中佐だろ? やべえよな」

「……別に」

「なんで海軍に入ったの? っていうかおまえの苗字のマックイーンって、ヴィヴィアン・マックイーン少将のマックイーン? もしかして父親? 親父さんに入れって言われたの?」

「……ああ、俺の義父はヴィヴィアン・マックイーンだ。……べつに、義父さんに入れって言われたわけじゃない。ただ、義父さんに憧れて……誰かを守れる人になりたいって思ったからはいったんだ」

「へえ! かっこいいな!」



 茶化してくるかと思えば、ニコルは感心したという風に頷いて、笑っていた。屈託ない笑顔に、ウィルは思わず拍子抜けする。普通に話していれば、悪事をはたらく人間とは全く思えなかった。

 ――ああ、そうか。

 しかし、ウィルはすぐに気付く。彼らが悪事を働いたのは……椛の声を聞いていたからだ。おそらくここにいる彼らは、オーランドの音楽に惹かれて入団した。毎晩楽しそうに宴をしていることから、それはなんとなくわかった。しかし、人魚の呪いを知り、椛に出逢い、声を聞いてしまい――おかしくなった。元々彼らは、悪い人間ではない。



「中佐ちゃん、好きな歌手とかいない? 俺、生まれ故郷の島で有名だったロゼットっていう人大好きでさ、すごいんだぜ! 町を渡り歩いて歌ってくれるんだけど、女なのにすっげえ声でかいんだ、パワーがある。聞くと元気でるんだよな〜!」

「歌手は……俺の住んでいたところではあまり音楽は盛んじゃなかったから、好きな歌手っていうのはいないかな。だから、オーランドのギターが好きだった」

「うへ〜、船長とラブラブっすねえ。じゃあ好きな食べ物は? 船長のちんこ? 俺は母ちゃんのつくったチェリーパイ!」

「……好きな食べ物は、トライフル」

「お洒落かよ! はいはい、じゃあ好きな体位は? 俺はバックがいいです!」

「……ノーコメント」



 野暮なことを言い始めた彼に、下品だ、とウィルは項垂れる。悪いやつではないが、バカだ。これ以上恥ずかしいことを聞かれたくない、そう思って逃げようとした、そのとき。店内が騒がしくなる。



「なんだァこいつら! もしかして港にとめてあった船おまえらのか?」

「……あれは」



 どやどやと店に入ってきたのは、違う海賊団。海軍のなかでウィルも写真で見覚えのあった者たちだ。彼らは店に入るなりオーランドの海賊団のメンバーたちに喧嘩を売り始める。オロオロとし始めた店員をみて、これは止めなければとウィルは立ち上がったが、その瞬間、船長らしき男がじろりとこちらを睨みつけてきた。



「ああ? おまえもこいつらの仲間? ……らしくねぇなぁ」

「……仲間ではない」

「……ハ、だろうなァ。なんだ、こいつらに買われたのか? こいつらのオンナなの? 」

「……」



 正直腹が立ったが、ここで怒鳴るわけにもいかない。ウィルがぐっとこらえて黙っていると、男がつかつかと歩み寄ってくる。目の前まできたところで男はウィルの肩をぐっと掴み、首筋に鼻を寄せた。



「はぁ……いい匂いすんな、おまえ。こんなやつらのところにいないでさ、俺たちのところにこいよ」

「……侮辱するのも大概に、」



「おいおまえ、いい加減にしろよ!」



 ウィルの周囲にいたオーランドの仲間たちが、男を引き離そうと立ち上がったが――ピタリと動きを止める。そして、ウィルにくっついてきた男も、急に動かなくなってしまった。がたがたと体を震わせはじめたものだから何事かと思ったが……ふと顔をあげて、ウィルは固まる。



「ア……ア……」



 男の腹に、後ろからナイフが突き刺されていた――外から戻ってきたらしい、オーランドの手によって。



「……そいつは俺のだ。汚い手で触れるな」

「――てめえ!」



 それを皮切りに、店内は乱闘騒ぎとなる。オーランド側と、喧嘩を売ってきた海賊たち。こうなってしまっては、ウィル一人で止めることはできなかった。端のほうで震える椛を庇うようにしながら――目の前で男をメッタ刺しにしているオーランドを止めることで必死だった。



「……オーランド、そいつ、もう死んでるから……!」

「こいつ、ウィルに触ったな、許さない、ウィルは俺のだ、許さない……」

「オーランド……!」



 思わずオーランドの手を掴んで、叫ぶ。触れた手のひらに、返り血のぬるっとした感触が伝わってきて寒気がした。オーランドはウィルに気づくと、くるりと振り返って、穏やかな声で言う。



「大丈夫、ウィルに触る奴は俺が全部殺してやるからな」

「……っ」



 ――言葉が、でてこなかった。ぐちゃぐちゃになった男に馬乗りになりながらいつものように微笑んだオーランドの表情に、血の気がひくのを感じた。……こんな風に笑ってほしいんじゃないのに。あの、町で出会った老夫婦のような、あんな……

 騒ぎをききつけた保安官がやってくるまで続けられたその行為を、ウィルは嘆くことしかできなかった。


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